突然携帯に着信が入り、相手が警視庁のお馴染みの警部であることは実によくあること。今日も無機質な携帯の着信音が鳴ったかと思えばやはり事件の捜査協力を頼まれた。そのこと自体は探偵である新一にしてみれば有り難い申し出であり、警部からの電話に二つ返事で頷いて場所を聞き電話を切るまでは実に慣れた行動である。そして一緒にいる友人に謝りながら現場に行くというのも毎度のことだ。
 だが、いつもと違うことが一つ。無事に事件を解決へと導き、家に帰宅すると奥からお帰りと声が聞こえてくる。自分と同じような声質のそれにただいまと返しながら家に上がれば、その声の主はリビングのソファに腰を掛けていた。


「お疲れ。意外と早かったな」

「お前が待ってるって言ったんだろ」

「つまり、オレの為に事件を早く解決してくれたワケ?」


 快斗の問いに新一は人を待たせているのだから当然だとだけ答える。それ以上の理由もそれ以下の理由もないとでもいうように。
 だがその為に今回の事件を出来るだけ早く解決しようと思いながら新一が行動していたのもまた事実である。その甲斐もあって夕方近くから現場に向かって日付が変わる二時間前には帰宅出来たというわけだ。加えて現場がそう遠くなかったのも早めに帰宅することが出来た理由の一つである。


「けど今日はオレが勝手に待ってたいって言っただけだぜ?」


 事件の捜査協力を頼まれたから行ってくると謝罪と共に言われたそれに、じゃあ家で待っていても良いかと聞いたのは快斗だった。事件を解決するまでにどれくらい掛かるかなど現場も見ていない新一に分かるはずもなく、何時になるか分からないんだぞと言ったが快斗はそれでも構わないと言った。一人暮らしである新一が自分以外の人間に許可を得る必要もなく、そんなに待っていたいのなら好きにしろと了承したのが夕方のこと。


「それでも待たせてることに変わりねーだろ」


 たとえ快斗が好きでそうしたのであっても新一が待たせているということに変わりはない。別に快斗はそんなつもりで待っていたいといったわけではないのだが、素直でないこの探偵が自分の為に急いで戻って来てくれたことは確かである。


「そりゃどーも。で、飯は済ませて来たのか?」

「いや。適当にあるもので……」

「じゃあそっちはオレがやっとくから、お前は先にシャワーでも浴びてこいよ」


 言うなりさっさとキッチンへ向かう快斗。既に何度もこの家に来たことのある快斗にとっては勝手知ったるといったところだ。このキッチンを使ったことも一度や二度の話ではない。
 そんな友人に「何か用があって待ってたんじゃないのかよ」と後ろから声を掛けると、まあそれは後で良いからと適当に流される。わざわざ待っていたのだから何かしらの用事があるのは間違いないが、同時に今すぐでなければならないような急用でもないのだろう。それならと彼の言うようにシャワーだけでも浴びに新一は風呂へと向かうのだった。



□ □ □



「それで、結局何の用で待ってたんだよ」


 軽くシャワーを浴びて戻るとテーブルの上には簡単な食事が用意されていた。白米に味噌汁、それから冷蔵庫にあったであろう肉と野菜を炒めたもの。本当は他にもおかずをもう一品くらい作ろうかとも思ったのだが、冷蔵庫の中身が殆どなかったのだから仕方がない。元々は今日の帰りにでもスーパーに寄るつもりだったのだ。
 だがそれでもこの短時間で作ったにしては十分だろう。箸を進めながら聞きそびれている話について投げ掛けると漸く快斗が口を開いた。


「ああ、それね。明日ちょっと付き合って欲しいところがあって」

「明日?」


 今のところ特にこれといった用事は入っていない。となれば、新一に快斗の誘いを断る理由はない。
 しかし、たったそれだけの用事なら自分を待つ必要などなかったはずだ。メールで一言連絡をすれば済むような話である。または今日の別れ際にでも聞けば良かっただろう。わざわざ何時間も待つ理由が思いつかない。


「それは別に構わねーけどよ、まさかそれだけの為に待ってたのか?」


 流石にそれはない、と思えないのがこの相手だ。案の定、目の前の男は新一の問いに頷いた。やっぱりそうかと思う反面、下手をしたら日付を越えるまで帰って来れなかったことを考えると待っていなくても良かっただろうと思ってしまう。だからといって、快斗が待っていたことが嫌だったというわけでもないのだけれども。


「最初に言っただろ? オレが待ってたかっただけだって」


 あれはそういう意味かと今更ながらに納得する。否、薄々そんな気もしていたのだ。特に用事がなくても家に行って良いかと聞いてくるこの友人のことだから――などという言い方をしたら快斗に不満を言われそうではあるが、先程も述べたように新一もそれを嫌だと思っているわけではない。むしろその逆といった方が正しい。勿論それを素直に口に出来るような性格ではないものの快斗も新一の性格は承知しているから問題ない。


「まあいいけど、泊まってくのか?」

「そのつもり。つーか、まだちょっと早いしな」


 何が、と聞き返せば後でのお楽しみだと言われる。一体何なんだと疑問は浮かぶが、そっちが本当の目的かと新一は頭の中で考える。明日の約束をしたかったというのも嘘ではないのだろうが待っている必要性という点で考えれば自然とそう導き出せる。まだちょっと早い、ということは時間に関係しているのだろう。現在の時刻はもうすぐで午後二十三時になるといった頃だ。これより先の話だとすれば二十四時、即ち明日という日付に意味があるという可能性も考えられる。


「新一、手止まってるぜ」


 呆れ顔の快斗に指摘されて新一は止まっていた箸を動かす。どうせ今さっきの自分の発言からこちらの用事を推理し始めただろうことくらい快斗には容易く想像出来た。何せ彼と出会ったのは一年と少し前、正しくはそれ以上前からの決して短くない付き合いをしている。新一の性格くらいお見通しというわけだ。
 だが、推理したところでこの探偵に答えは分からないだろうと快斗は踏んでいる。根拠は新一が毎年その日を覚えていないという話を聞いたからだ。実際、去年も彼はその日のことを綺麗さっぱり忘れていた。聞けば昔からそうだという。となれば、いくら考えたところで答えに辿り着けるとは考え難い。


「ちゃんと後で分かるんだから今は飯を食えよ。せっかく作ったんだし」

「今じゃ駄目なのかよ」


 どうせ分かるなら今でも後でも一緒だろと言いたげな新一の言葉に快斗は駄目だと否定する。それに新一は不満気な顔を見せるが、いつでも良いのならわざわざ今夜事件の捜査協力に出向いた新一をここで待っているなんて言わなかった。


(ま、いつも一緒にいたいとは思ってるけど)


 でも今日は特別だ。どうしても今日、正確には明日になった瞬間に伝えたい言葉がある。
 たかが一言くらい、それこそメールや電話でも済ませられる。しかし、快斗はそれを直接言葉で伝えたかった。もしかしたら事件で家に帰ってくるのは日付を変わってからだったかもしれないが、たとえそうだったとしても出来るだけ早くに伝えたいと思ったのだ。明日は目の前の彼が、快斗にとって特別な人が生まれた日だから。おめでとうのその一言を誰より早く伝えたかった。


「あ、そうだ。新一が前に見たいって言ってた映画のDVD借りといたけど見る?」

「…………見る」


 不満を隠そうとはしないあたりが新一らしい。それでも快斗に教えるつもりはないが、それもあと一時間もすれば分かることだ。その時の反応が楽しみだと快斗はこっそり笑みを零す。
 日付が変わったその時、一番に伝えるその言葉に彼はどんな反応をしてくれるのか。そんな彼と明日はどんな一日を過ごそうか。日付が変わるまで残り一時間と七分。








お祝いと感謝と、沢山の言葉を君に