ぴゅう、と一陣の風が通り過ぎる。
 それはほんの僅かな時間のことだったが、それでもこの季節の風は辛いものがある。いくら制服の上にコートを着ていようとも肌の出ているところへ当たる風は防ぎようがない。思わず寒いと呟けば、隣からは冬なんだから当然だと正論が返って来た。


「それはそうだけど、寒いんだからしょうがないじゃん」

「寒いと言ったところで何も変わらんだろう」


 それも全くその通りなんだけれど、と言えば溜め息が零される。だけど仕方がないじゃないかとアルルは思うのだ。頭では分かっていても寒いものは寒い。だからこそこうして着込んでいるわけだが、それで防げる寒さにも限りがある。ついひと月ほど前は、色鮮やかな紅葉を綺麗だなと眺めながら歩いたこの道の木々も今ではすっかり葉が落ちて枝だけとなってしまった。


「そういえば、もうすぐ冬休みだね」


 とりあえず話題を変えようとぱっと頭に浮かんだそれをアルルは口にした。期末テストも終わり、そのテストの返却も徐々に始まっている。あと一週間もすればやってくる長期休みは、学生である自分達にはそれなりに嬉しいものだ。同時に出される宿題の数々はあまり嬉しくないが、冬休みにあれこれ予定を立てているクラスメイトも少なくない。休み時間の話題にもちらほらと上がってくる時期だ。


「シェゾは何か予定とかあるの?」

「寒いのにわざわざ外に出る気にはならん」


 なんともシェゾらしい答えである。彼なら本当に必要最低限しか外に出ないだろうことも容易く想像出来る。この寒い中を好き好んで出掛ける奴の気が知れないと続けられた発言が全てを物語っている。


「せっかくの冬休みなのに」


 予想通りの返答ではあったけれど勿体ないなと思う。それに対して「遊ぶための休みでもないだろ」とシェゾは言うけれど、それもそれで如何なものだろうか。俺の勝手だと言われてしまえばその通りなのだけれども。


「あ、それじゃあ初詣とか一緒に行かない?」

「……お前、さっき俺が言ったことをもう忘れたのか」

「寒いのは冬だから当然だって言ったのはシェゾだよ。何も除夜の鐘に行こうなんて言ってないんだし」

「それは他を当たれ」


 だからそうは言っていないと言い返すとまた溜め息を吐かれた。そんなに溜め息ばかり吐くこともないだろうと思うのだが、おそらくシェゾは初詣だけでも面倒だとか思っているんだろう。
 寒い上にあんなに人が集まる場所にどうして行かなければならないのか、と。人混みが好きではないシェゾがそう言ってくることは予想出来た。案の定そう口にした彼に年に一度のことなんだからと言ってみるけれど、他の奴を誘えと答えは変わらず。


「君と行きたい、って言ってもダメ?」


 家族と行く人、友達と行く人。初詣に一緒に行く相手は人によって様々だ。毎年恒例だからと家族で参拝する人も少なくないだろうし、一緒に行かないかと声を掛ければ付き合ってくれるであろう友達だっている。
 だけど、そういうことではないのだ。確かに一緒に初詣に行かないかという案を思いついたのはついさっきだが、相手は誰でも良いかと言われればそうではない。シェゾと行きたいから言っているのだと、言えばいい加減に伝わってくれるだろうか。

 じっと蒼の瞳を見つめる。暫しの間交わっていたそれから先に視線を逸らしたのはシェゾ。そして、分かったよとぶっきらぼうな返事が耳に届く。


「行けば良いんだろ」


 そう言ったシェゾに思わず「本当?」と聞き返したら、お前が言い出したんだろうと呆れた顔で言われてしまった。だが、その後に小さく笑みが浮かべられているのを見つけてつられるように笑みが零れる。


「約束だよ。やっぱり寒いから嫌とか言うのはなしだからね」

「分かったから、場所はお前が決めておけよ」


 シェゾの言葉にアルルは嬉しそうに頷いた。一緒に行ってくれるのなら場所なんてどこでも良かったけれど、近くの神社を挙げられなかったということはその日は一日付き合ってくれるということなのだろう。
 どうやら、さっきの言葉の意味はきちんと伝わったらしい。家族や友達と行くのも勿論良いけれど恋人と一緒に出掛けたいという、そんな気持ちが。


「しかし、クリスマスより正月か」

「お正月だって日本の伝統的な文化じゃないか。それとも、クリスマスも付き合ってくれるの?」

「人混み以外なら考えてやらんこともないがな」


 あれ、と思って隣を見上げる。すると丁度こちらを見たらしい蒼とかち合う。
 てっきり断られるんだとばかり思っていたからこの反応は意外だった。けれど、シェゾにしてみればアルルの発言の方が意外だったらしい。言われるならクリスマスの方だと思っていたと彼は言う。


「まあ、実際はクリスマスより正月だったわけだが」

「そ、それは、君が断ると思ったから……」


 アルルの発言にシェゾは眉間に皺を寄せた。クリスマスは断られると思ったのに対し、初詣なら良い返事がもらえると思ったから後者を選んだというのか。
 その基準は一体どこにあるんだと思ったままに零すと、こういうイベントは好きじゃないと思ったからとの答えが返される。こういうイベント、というのは所謂恋人達にとってのイベントのことだ。別にクリスマスは恋人限定のイベントというわけではないのだが、世間一般的に恋人の間では大きなイベントの一つに数えられるだろう。否、恋人に限らずともクリスマスは大きなイベントではあるのだが。


「どっちも大して変わらんだろう」


 根本的なところは全く違うけれど、一緒に過ごすという意味ではクリスマスも初詣でも同じだ。要は二人で出掛けないかという話なのだから何をそこまで気にする必要があるのかとシェゾは疑問に思う。


「そんなことないと思うけど」

「出掛けるならどっちにしろ混んでるし、たかが一週間程度では寒さも変わらないだろ」


 否定したところに加えられた説明でアルルは漸くシェゾの言いたいことを理解する。クリスマスや初詣といったイベントも彼にとってはそこまで大差がないのだと。もともとイベントごとに関心がないことは知っていたが、人が多いことや寒いからといった理由でそれらを同じだと言われるとは流石に思わなかった。だけど言われてみればああ成程と納得もしてしまう。


「で、どうするんだ」


 彼の発言に一人納得したところで不意に問い掛けられたそれにアルルはクエッションマークを浮かべる。どうするって何がと尋ねれば、短くクリスマスとだけ言われて「え?」と間抜けな声が出てしまった。


「お前が言ったんだろ。いいなら別に構わんが……」

「待って待って、いいなんて言ってないよ!」


 慌てるアルルにシェゾは笑う。それから銀糸を揺らした蒼は琥珀を見て続ける。


「それなら、二十四日は家に来るか?」


 さらっと言われたそれには一瞬アルルはドキッとした。しかし、彼のことだからおそらく深い意味はないのだろう。数刻ほど前に人混み以外でならクリスマスも付き合っても良いと言っていたのだ。だからきっとそういう意味だ。
 ――と、思って頷いたであろう彼女にシェゾは内心でどうしたものかと考える。無論それも理由の一つではあるのだが、これでも一応恋人という間柄である。好きでなければ告白にOKなどしないし、こうして付き合っているということは気持ちの一方通行でもない。時々、それをコイツは分かっていないんじゃないかとシェゾは思う。


「言っておくが、家には何もないからな」

「そこは初めから期待してないよ」


 それはそれで失礼なようにも聞こえるが、一人暮らしであるシェゾの家に行ったことのあるアルルにしてみれば分かりきっていることだ。誘っておいてそれはどうなんだと思わなくもないけれどいつものことである。尤も、彼の家を訪ねる時は大抵アルルの方から行って良いかと聞いているわけだが。


「じゃあ二十四日は買い物してから帰ろうよ。それくらいなら良いでしょ?」

「そうだな」


 クリスマスイブの日は二学期の終業式の日でもある。まだ人の少ないお昼に買い物を済ませてからその日は二人でゆっくり過ごそう。そして年が明けたら一緒に初詣に行って、真っ白だった冬休みの予定に一つ二つと予定が追加されていく。
 こういうのも悪くはないと、そんなことを思いながら歩く帰り道。今年の冬はいつもより少しばかり楽しみな気持ちが大きいかもしれない。










今この瞬間だけの思い出を二人で作っていこう