秋も深まり、冬の訪れを感じ始める十一月。
 朝晩は大分冷え込むようになってきたが、今日の天気は晴れ。カフェテラスの席は太陽の日差しがほどよく当たり、なかなか過ごしやすい場所になっていた。


「御幸先輩!」


 そのためか、昼過ぎにも関わらずカフェテラスの席もそれなりに埋まっていた。意外と人がいるもんだなとのんびりと辺りを眺めていたところで元気のいい声が御幸を呼ぶ。振り向くと、お待たせしましたと沢村は持っていたトレイをテーブルの上に置いた。


「おう、サンキュ」

「これくらいお安いご用ですよ」


 にこにこと嬉しそうな沢村は今朝からずっと機嫌がいい。理由は今日、十一月十七日が御幸の誕生日だから。
 自分の誕生日でもないのに――と最初こそ思った御幸だったが、今年の五月。自分が沢村の誕生日を祝った時のことを思い出してそういうものかと納得した。もっとも御幸は沢村と違って自分の誕生日をすっかり忘れていたわけだが、恋人なんだから誕生日を祝いたいと思うのは当然でしょうと相変わらずのストレートでぶつけられたのは昨日の練習後のことだ。そして今も誕生日という理由で沢村は自らカウンターへ注文に行ってきた。


(恋人だから、か)


 先輩後輩、相棒、そこに新たに加わった自分たちの関係。
 恋人だから一緒にいたい、相手の喜ぶ顔が見たい。そう思うのは世間一般的にも普通のことだろう。恋愛経験が豊富ではない御幸自身もそうだし、多分沢村も同じだ。
 その恋人の誕生日に何かしたいと考えた沢村の答えが今日、こうしてデートをすることだというのだから可愛くて仕方がない。


「なに一人で笑ってんすか」


 ストローから唇を離した沢村がカップを置きながら尋ねる。そのあどけない表情も可愛いと思ってしまうのだから相当だ。しかし、それも好きなのだからしょうがないだろう。


「いやー、沢村にも可愛いところがあると思って」

「な、なんですかいきなり!」

「だってお前からデートに誘ってくるなんて初めてじゃん」


 いつも俺からだろ、と暗に伝えれば沢村はぐっと言葉に詰まった。それから右から左へ、視線が流れる。


「それはいつもあんたが先に誘ってくるだけで……」


 同じ大学の野球部に所属していれば、オフの日が重なるのは必然だ。俺だって……と呟いた沢村はやがて、琥珀の瞳に御幸を映した。


「だから今日は、あんたのことを誘ったんだろ」


 誕生日に一緒に過ごしたいと思ったから。
 そんな沢村の真っ直ぐな想いに御幸の口元は自然と緩む。


「それじゃあこの後も期待していいの?」

「当たり前でしょう! 今日は一日、この沢村栄純にお任せください!」


 約束だけ取り付けた沢村は今日、どこに行くつもりなのかまだ御幸に教えていない。聞いても秘密だとはぐらかされた。
 まずはお昼にしましょうと近くにカフェに連れてこられたが、一体いつから今日の予定を立てていたのか。きっと、今日のために色々と考えてくれたのだろう。そういうところにまた、愛しさが募る。


(そう言われると本当に“期待”したくなるけど)


 相手はあの沢村だしな、とできたてのサンドイッチに手を伸ばす。
 誕生日を覚えていてくれたことも、恋人として祝おうとしてくれたことも。沢村の気持ちの全てが嬉しい。だから別に焦る気はない。何よりも、焦らなくても大丈夫だという自信がある。


「沢村」


 恋人と一言で表現しても付き合い方は人それぞれ。誕生日の過ごし方だって十人十色の考え方があるだろう。


「その予定、夕飯はどうなってる?」


 だから御幸は、沢村に尋ねた。


「一応よさそうなお店は幾つか探してきましたけど、どこか行きたいお店があるんですか? それなら……」

「そうじゃないけど、お前がよければウチに来ないか」


 えっ、沢村が驚きの声を上げる。
 この恋人が誕生日を祝うために準備をしてくれたことは分かっているけれど、何が嬉しいかはやっぱり人それぞれだ。もちろん、沢村が見つけてくれたお店で食事をするのも楽しいと思う。ただ、それ以上に。


「俺、お前が美味そうに俺の料理を食べてくれるの、結構好きなんだよ」


 誕生日が特別な日だというのなら、自分の作ったものを食べるこいつを見たい。ぱくりと大きな口でサンドイッチを頬張る沢村を見てそう思った。


「今日は先輩の誕生日なのにいいんですか?」

「俺がいいって言ってんだからいいだろ」


 料理は好きだし、と言えば沢村はふわっと顔を綻ばせた。


「それなら先輩の炒飯が食べたいです!」

「別にいいけど、今日休みだしもっと凝ったものでもいいぜ」

「俺、御幸先輩の炒飯好きなので! それはまた今度お願いします!」


 ちゃっかりしてんなと呟くと「でもなんだかんだで作ってくれる先輩が好きです」と屈託のない笑顔を向けられた。そんな顔をされたら断れない。元から断る気もないけれど。
 そう思いながら「分かったよ」と答えてやれば「約束ですよ」と沢村が笑う。期待に応えられるようにしないとなと頭の片隅にメモをしながら御幸はコーヒーのカップを傾けた。


「そうと決まれば、夕飯までにいっぱい体を動かさないとですね!」

「一体どこに行くつもりだよ」

「それは着いてからのお楽しみです」


 野球でもするつもりかと思ってしまうが、それはそれでいいかと思ってしまうのは仕方がない。自分たちにとって野球は切っても切れないものだ。
 バッティングセンターに行くよりは球を受けろと言われそうな気がするけれど、少しくらいなら付き合ってもいいかもしれない――なんて言ったら本当に球を受けろと言われそうだ。でもそれもいいかもなと思うくらいには野球も、こいつとする野球も好きなのだ。


「じゃあほどほどに期待しておく」

「そこはどーんと期待しててください!」


 胸を張って言う沢村に御幸の頬は自然と緩んだ。それから先程の発言を訂正すると、沢村は満面の笑みで「はい」と頷いた。
 さて、沢村はどんなデートプランを考えてきたのか。楽しみだなと思いながら二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。










fin