キスをしないと出られない部屋に閉じ込められた
- 白快編 -
家具もなければ扉も窓もない部屋。そんな場所にどうやって入ってきたのかは分からない。気がついたらこの場所にいた。
何故自分がこのような場所にいるのか。そしてよりにもよってどうしてこいつと一緒なのか。夢なら覚めて欲しいが、残念ながらこれは現実らしい。
「手がかりは見つかったかい?」
壁にも床にも仕掛けはない。残るは上だが、この様子では何もないのだろう。本当にどうやってこの場所に入ってきたのだろうか。
「それを見つけるのはオメーの仕事だろ」
「君の方がこういうのは得意じゃないか?」
「何でオレが」
まあいいさと白馬は視線をこちらに向けた。快斗と同じく部屋を調べていた彼が出した結論もおそらく同じだったのだろう。
「心当たりは?」
「だから何でオレに聞くんだよ。お前がどこかで恨みでも買ったんじゃねーの」
自分たちを捕らえた目的は何だろうか。探偵である白馬はともかく、快斗はごく普通の男子高校生だ。
――ごく普通の、というと語弊があるかもしれないが表向きはそうだ。もしも裏の事情を知っている人間の仕業だったとしても白馬が巻き込まれる理由がない。同時に、白馬の事情であるのなら快斗が巻き込まれる理由もない。自分たちはただのクラスメイトでそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
「僕の方も心当たりはないのだけど……」
白馬がそう答えたところで突如ポンッという音が部屋に響く。反射的にそちらを見ると、そこにはさっきまでなかったはずの紙が一枚落ちていた。
「……黒羽くん」
「オレじゃねーよ」
呼ばれた意味を察して答える。快斗だって巻き込まれた側だ。
とりあえず現れた紙を確認するためにそちらへ向かう。拾い上げた紙を見たあと、念のために裏も確認する。しかし裏には何も書いていなかった。ちなみに紙はどこにでもあるコピー用紙で、表には印刷された文章が一つあるだけだった。
マジックには種も仕掛けもある。だがこの紙はさっき部屋を調べた時にはなかったはずだ。見落とした可能性がないとはいえないが、二人で調べて二人ともが見落としたとは考え難い。それならどうやって、と結局思考はそこへ戻る。
訳が分からねぇと心の中で呟きながら快斗は拾った紙を無言で白馬に差し出した。
受け取った白馬はそこにあった文章を読んで僅かに目を開き、それから紙を裏返したり確認したりした。そうして表にあった文章以上の成果が得られなかったところで再びその瞳は快斗を映した。
「君はこれが本当だと信じるのかい?」
さっきから質問ばかりだなと思う。次々に疑問ばかりが生まれるのは快斗も同じだが、探偵ならそれを解き明かしてくれないだろうか。
「信じるもなにも、今のところ手がかりはそれしかないだろ」
「それなら試してみると?」
「オレとしてはこの密室のトリックを解いて欲しいところだけど」
「残念ながら手がかりが何一つないこの状況では難しいね」
「探偵なのに?」
「探偵は超能力者ではないからね」
それはそうだ。相手の目的を考えようにも唯一ある手がかりからは何も読み取れない。そこに書かれていたのは「ここはキスをしなければ出られない部屋です」という文章だけだ。全く意味が分からない。自分たちにそんなことをさせて誰に何の得があるのか。
嫌がらせにしてはやけに手が込んでいる。第一にキスをすれば出られるというのも謎だ。キスをすれば壁に隠された扉でも出てくるというのだろうか。一体どんな仕組みだ。誰かが監視しているのだとしてもこの部屋にカメラらしきものはない。それも隠されているのだろうか。
「それで、どうするんだい?」
聞かれたことの意味を理解しかねて白馬を見る。その手には先程の紙がこちらに見えるように向けられていた。
「試してみる?」
「オレとお前が?」
「他にいい考えでも思いついたなら聞こうか」
あの紙が現れてから部屋に変化はない。こんな方法でここから出られるのかは分からないが、調べられるところは一通り調べた。理由も原理も分からないものの残された可能性はただ一つ。
「さっきも手がかりはそれしかないって言っただろ」
「それが君の答え?」
「お前はオレに何を言わせたいんだよ」
一向に進まない話に堪えかねて尋ねると「深い意味はないよ」と白馬は笑った。本当かよ、と心の中で零したところで白馬の声が耳に届く。
「ではどうしようか」
「何が」
「キスにも色々あるでしょう」
少し前と然程変わらない質問の意図を白馬はそのように補足した。確かにそれはそうだが、その意味を考えた快斗の眉間に皺が寄る。
「……それは今、ここで考えることか?」
「今だから考えることだと思うけれど」
どうでもいい、というか出られるなら何でもいい。
そう思った快斗は間違ってはいないだろう。こんなものは事故のようなものだ。この謎の空間からの脱出手段でしかない。それについて深く考える必要がどこにあるのか。むしろ深く考えず、さっさと終わらせてしまうべきだろう。
「んなモンどうでもいいからさっさと終わらせようぜ」
思ったままに口にした快斗を白馬が見つめる。目の前のこの男が何を考えているのか、快斗にはさっぱり分からなかった。
「まだ何かあんの?」
さっさと終わらそうにもこうも見られているとやりづらい。目的のための手段に何を求めているのか。他に方法がないことで意見は一致しているはずだが。
「いや、何でもないよ」
そう言って彼の瞳が瞼の裏に消えた。何も引っ掛からないわけではなかったけれど、これについても深く考えることではないだろう。そう片づけた快斗はさっさと終わらせようとその手を取った。
あの紙に書かれていたのはこの部屋から出るにはキスをする必要があるという文章だけ。どこにしろとは書かれていない。それなら無難に指先にでもすればいいだろうと唇を寄せた。
カチ、という音とともにどこからともなく扉が現れたのは間もなくのことだ。
壁にでも隠されているかと思われた扉はいつの間にかその壁にはめ込まれていた。それを見た快斗は閉じ込められた理由も目的も考えることをやめた。どうせ答えは出ない。
「君らしいね」
不意に聞こえてきた声に顔を上げる。目が合うと「何でもないよ」とまた誤魔化された。追求するより早く「行こうか」と白馬が歩き出したので開きかけた口を閉じて快斗もそのあとを追った。
こうして突如二人の身に起こった不思議な出来事は幕を閉じた。
fin