別に親しいというほどの間柄ではない。そもそも親しくするつもりなんてないだろう。彼の目的は僕の魔力だけなんだから当然といえば当然。どこかで顔を合わせればすぐにでも戦いを挑んでくるような奴だ。それ以上でもそれ以下でもない。
 でも、そんなことを何度も繰り返していればただの他人から徐々に距離が縮まっていく。だからって友達かといえば返答に困るけれど。まあ、向こうはきっと友達な訳がないとばっさり否定してくれるだろう。


「ねぇ、シェゾ」


 呼べば視線だけをこちらに向けられた。何だ、用があるならさっさと言えとでも言いたげな蒼い瞳。


「僕達って友達かな」

「何を馬鹿なことを言っているんだお前は」


 ああやっぱり。彼は友達ではないと即答してくれた。それに対して悲しいとかそういった感情は特に湧かないけれど、それじゃあ何だろうなとぼんやり考えてみる。
 友達というほど親しくはない。けれど他人というほどお互いのことを知らないような間柄でもない。知人、といえば知人。だけど知人という言葉で片付けられるほど薄い関係でもない気がする。


「じゃあ何だと思う? 他人? 知人?」


 どれもしっくりはこなかったが一応当人にも意見を聞いてみることにした。突然何だと聞かれたけれど、良いから答えてよと先を促せば少しだけ考える素振りを見せた彼は予想通りの回答を口にした。


「お前は俺の獲物だ」


 多分こんな答えが返ってくるような気がしていた。シェゾにとって僕は魔力を奪い取る対象でしかない。今まで何度も挑んできて全部失敗してるけど、僕達が出会ったのは彼が僕の魔力に目を付けたから。
 そうしていくうちに、こうやって普通に話しをする間柄になったのは彼にとって誤算だったりするんだろうか。敵同士であるはずの僕達がこんな風に話をしているなんて冷静に考えればおかしいけれど、別に今のこの状況をおかしいとは思っていない。勿論、彼が僕を狙って勝負を仕掛けてきたら受けて立つけれど。


「なら君は僕の魔力以外には興味ない?」

「当たり前だ」


 この答えも聞く前から分かっていた。今までに何度も戦い、命を狙われたことだってあるんだ。その度にシェゾはいつだって僕の魔力が欲しいと言う。
 ここまで全部予想を裏切らない回答をしてくれているけれど、そこに歪があることくらいシェゾだってとっくに気付いているだろう。僕にだって分かるんだ。今までの回答が嘘だと言っている訳ではないけど、本当にそれだけならおかしいんだ。今こうして話していることも。


(最初からこうだった訳じゃないけど)


 それでも、今はこうして話をすることをおかしいなんて思っていないだろう。僕は始めから思っていなかったけど――というより、そもそも彼に話し掛けるのはいつも僕からだ。勝負を挑んでくるのは向こうから。それだけで僕達の関係も分かるだろう。


(いつの間にか、これが普通になってたんだよね)


 付き合いを重ねていくにつれ、知らずのうちに変わっていったのだろう。シェゾにしても僕にしても、最初は本当にただの敵でしかなかったというのに。
 でも、変わったというよりは敵として見なくなった……でもないか。敵だけど敵じゃない。矛盾しているけれど言うならそんな感じだろうか。悪い奴だけどそこまで悪い人でもないと思ったんだ。自分でもおかしなことを言っている気がするけど、それがこうして話していることの答え。


(でも)


 それはあくまでも僕の出した答え。シェゾがどう思っているかなんて僕には分からない。今この瞬間も僕の魔力を奪いたいと思っているのかもしれないし、もっと違うことを考えているのかもしれない。
 戦闘を吹っ掛けられなかった時点で前者ではないと思うけど、それはこの状況とは関係ない根本的なことのような気もする。


「シェゾって変だよね」

「……貴様、喧嘩を売っているのか」


 思ったままに声に出したら彼の眉間に皺が寄った。だけどいきなり変だと言われれば誰でも怒るだろう。
 勿論僕に喧嘩を売るつもりなんてないからそうじゃないと否定したけど、それならどういう意味だと問われた。どういう意味と言われても、そのままの意味としか答えようがない。
 返答に困った僕を見てやっぱり喧嘩を売っているんだろうと言われたのにもちゃんと否定したけど、どうも納得はしてくれてなさそうだ。


「まあほら、細かいことは良いじゃない」


 先程まで考えていたことを説明するのは面倒で、たとえ説明したとしても「くだらない」の一言で終わらされると思った僕はそう言って誤魔化した。
 お前から言い出して何を言っているんだというシェゾのもっともな発言に苦笑いで返し、深い意味はないと言えばそれはそれでどうなんだと呆れられる。そして最後は溜め息を吐かれた。


「……で、用がないなら俺は行くぞ」


 付き合ってられないというような態度でシェゾはくるりと背を向ける。そんな彼に「待ってよ」と引き留める声を上げれば、彼は律儀に「まだ何かあるのか」と振り向いてくれる。

 彼は気付いているだろうか。
 前ならわざわざ一言掛けたりもせずにこの場を去っていたということ。
 もっと前はそもそもこういった雑談になど付き合ってくれなかったこと。

 変わった、というより気を許されたというべきか。その辺は分からないけれど、シェゾの態度は出会った頃と随分変わった。それは悪いことではなく、僕に言わせれば良い変化だと思う。
 だけど彼の主張は変わらないまま。それがこの歪を作っている原因だ。


「僕これから帰ってお昼にするんだけど、よかったら食べていかない?」


 その歪に気付いていながら見て見ぬ振りをしている。多分そういうことなんだろうけど、そこにあるものから目を背けていても歪はなくならない。彼のような人なら分かっているはずだけど、いつまで見ない振りを続けるつもりだろうか。


「俺は忙しいんだ」

「ご飯くらい良いじゃん。その分食費も浮くよ?」

「余計なお世話だ」


 どうやら今日は駄目そうだ。誘って了承してくれることもあるけれど、何か用事があったりすると断られる。いや、用事がある時は食べてさっさと行っちゃうから彼の気紛れといった方が良いかもしれない。


「君って付き合い悪いよね」

「そういうのは他を当たれ。サタンあたりは喜んで付き合ってくれるだろうぜ」


 シェゾの付き合い悪いなんていつものことだ。もともと馴れ合いを好まないタイプだし。逆にサタンなんかは、シェゾの言うように誘えばすぐにでも飛んできてくれそうだ。
 けど、そういうことじゃないんだよなと出かけたそれは言葉にする前に飲み込んだ。仮にそれを口にしたとして、その意味が伝わる可能性はほぼないんだろうけれど。


「そんなことしたら後でルルーに何されるか分からないよ」

「なら他の奴を誘えば良いだろ」

「ここで君に会ったから誘っただけなんだけど」


 どうせ伝わらないだろうなと思いつつも言ってみれば、シェゾは「は?」と素っ頓狂な声を上げた。やっぱり通じる訳ないよななんて思いながら、とりあえず「何でもない」と言っておいた。腑に落ちないって顔をされたけど、この歪がある限り僕等の関係は変わることはないだろうから。


「言いたいことがあるならはっきり言え」

「だから何でもないって。それともお昼ご飯食べてく気になった?」


 僕に話す気がないことを悟ったのだろう。ちっと舌打ちした彼は今度こそ背を向けた。
 そんなシェゾの後ろ姿が見えなくなったところで僕もこの場を離れる。家ではカーくんも待っているはずだし、帰ったらすぐにご飯の支度かなとこの後の予定を立てながらふと空を見上げる。


(いつまでも見ない振りは出来ないと思うよ、シェゾ)


 そうやって逃げ続けることは出来ない。だって、君はもう変わってしまったのだから。君が見ないようにしているものは、僕には見えてしまっているから。
 それがどっちに転ぶかは分からない。それを選ぶのは君だ。僕はこっちを選んで欲しいと思うことしか出来ない。けど。


(けど、僕は君を追い掛けるよ)


 僕の望む答えを選んでくれるように。君がそっちに行ってしまわないように。
 だって僕は今の君とのこの関係が好きだから。振り出しに戻るなんて御免だ。一度リセットしてゼロに戻すのではなく、このままの関係に色々なものを足していきたい。

 これまで色々なものを積み上げてきたように。
 これからも君の隣に並んでいたいから。










fin