「君も飽きないよね」
何が、とは言わないけれど。本当に飽きずによくやるなと思う。唐突に目の前に現れたかと思えば勝負をしかけられ、その結果がどうであるかは見ての通りだと答えれば十分だろうか。
「たまには普通に現れても良いと思うんだけど」
「……お前、自分でおかしなことを言っている自覚はあるか?」
君にだけは言われたくないよ、と受け流しながらなんとなく空を見上げる。太陽が燦々と輝いている空には雲一つ浮かんでいない。今日は良い天気だなと思いながら外に出てきたというのに、どうしていきなり戦う羽目になったのか。
理由なんて考えなくても分かりきっている。たまたま彼と鉢合わせてしまったから。それ以外の理由なんてない。本当なら、もっと穏やかな一日になるはずだったのに。
(まあ、彼に会ったことを不運だとは思わないけれど)
当初の目的とは違ってしまったが、これも日常の一つだ――と言ったら彼は眉間に皺を寄せるかもしれないが。ばったり会って勝負をして、そんなやり取りがよくあることの一つになっているのは僕だけの認識ではないだろう。時には戦うこともせず共に過ごすこともあるくらいだ。
最初は敵同士だったというのに、いや、彼にしてみれば今でも僕達は敵同士なのかもしれない。それでも僕等は、こんな風に戦いを終えれば普通に会話のやり取りをするのだ。
「あ、そうだ。よかったらウチに寄って行かない?」
「なぜ俺がお前の家に行かなければならんのだ」
「昨日カレーを作りすぎちゃったんだよ」
安売りをしていたからって買い過ぎるのはよくないなと痛感したのは昨晩のこと。つい作りすぎてしまったそれを食べて行ってくれるとこちらも助かるんだけど。
言えば、少し考えるようにしてから良い返事をくれる。さっきまでは命のやり取りをしていたというのに、戦いが終われば穏やかな日常に元通りだ。
もっとも、命のやり取りなんて言っても僕は彼の命を奪うつもりはない。向こうだって魔力が欲しいと言ってはいるけれど、命に関わるようなことはしてこない。つまりはそういうことだ、なんて彼が聞いたら否定されそうだけど。
「そういえば、シェゾは何でこんなところに居たの?」
今更だけどそんな質問を投げ掛ければ、ちょっと買いたい物があって出てきたところだったとか。それはまた珍しいところに遭遇したものだ。別に買い物くらい誰だってするだろうけれど、そういった目的の彼と会うことはあまりない。どこかの森の中、遺跡の中で鉢合わせる事の方がよくあることだ。
「そういうお前はこんなところで何をしていたんだ」
「僕? 僕は天気が良かったから買い物に行こうとしてたところだよ」
その途中で彼に会ったため、当初の目的は果たされずに家に帰ることになったけれど。急ぎで欲しいものがあったわけでもないし、天気が良かったから買い物にでも行こうかなと思っただけで深い理由もない。ここで彼に会ったのも何かの縁だろう。
「天気が良いから、か。呑気なものだな」
「君だって買い物をするために出て来たんでしょ」
「俺は天気なんか気にしていない」
彼らしいけれど、こんなに天気が良いのにそれはちょっと勿体ない気もする。俺の勝手だろうと言われればそれまでだが、せっかくのお天気なのに。
「それって何か勿体なくない?」
「何がだ」
何がって、確かに天気は気にしたってしょうがないものだけど、今日僕が考えたように思うことがあっても良いんじゃないかって。その方が楽しいんじゃないかと思うんだ。
思ったんだけど、それを聞いた彼に「闇の魔導士にそれを求めるのか」と言われて、それもそうかと思った。これでも彼は闇の魔導士で、苦手ではないにしても太陽を好まないのかと。一度は納得しかけたけど、やっぱり勿体ないよと首を横に振った。
「こんなに晴れてるんだから、そういう時くらい外に出ないと」
いつもは遺跡に潜ったりして碌に太陽の下なんか歩いていないんだろうし、というのは心の中だけに留めたけれど「俺の自由だろ」と、先程予想したような言葉を返された。それなら一緒にどこかに行こうよ、とまでは僕も言わないけれど。
「勿体ないな」
こう言うくらいは構わないだろう。彼にしてみれば、どうしてそんなことを言われなければいけないのかと思うかもしれないけど、勿体ないと思ってしまったのだから仕方がない。
「…………お前は」
何かを言い掛けて彼はそのまま口を閉じた。その先に続く言葉が気になって「何?」と聞き返しては見たが、何でもないと言った彼からその先を問い質すのは難しそうだ。
ただ、一瞬蒼の中に見えたその色が答えであることはほぼ間違いない。そこに含まれる意味を僕は知らないけれど、時々見せるその色の意味をなんとなく理解はしている。理解、という言葉を使えるほど彼を理解出来てはいないだろうけれど、それでも僕達の付き合いは決して短くはない。
「やっぱり、天気も良いからご飯を食べた後もちょっと付き合ってよ」
「は?」
「よし、まずは帰ってカレーだね!」
「おいアルル! 俺は付き合うなんて言ってないぞ!!」
ぽんぽんと話を進めていけば、流石に彼も声を大きくして否定をしてきた。彼の言い分はもっともかもしれないけれど、僕が彼に出会ってしまったことで戦うことが避けられなかったように。彼もまた僕に会ってしまったんだ。
「諦めなよ、僕に会ったんだから」
戦いを終えたら何でもないようなやり取りをして、そのままご飯をどうかなんていうのも初めてではないやり取りで。僕が彼と会ったら戦うことが避けられないことを諦めているように、君もそこは諦めるべきなんじゃないかななんて。思ったから少々強引な言葉と笑みを向けた。
それを見た蒼は複雑そうな顔をしながらも、最後は溜め息を吐いた。言葉は発しなかったけれど、それを答えと受け取って良いということだろう。
「ねぇ、シェゾ」
呼び掛ければ、蒼の双眸はこちらに向けられる。まだ何かあるのかと言いたげな瞳に思わず笑みを零しながら、僕はいつものようなとりとめのない話題を彼に振るのだ。
好きなのに、どうして傷つけてしまうのか
(戦うことが避けられないのなら、それを乗り越えて行けば良いんだ)
(いつか、傷つけることなく傍に居られたら)
(それは幸せなことだと思う)
(そして、その時は――――)