こんな天気の良い日に外に出てきたのは、この前使い切ってしまったアイテムを買う為だった。
 一歩外に出た時に感じた日の眩しさに目を細めながらも、アイテムを切らしてしまったとなれば買いにいかないわけにもいかない。別にわざわざ日を改めるようなことでもないし、とりあえずそれだけのつもりで出てきたのが数時間前。


「君も飽きないよね」


 そこで栗色の髪をした少女に会ったのはただの偶然だった。顔を合わせれば剣を抜く、というような相手ではないけれど自分と彼女は敵同士。それがどういうわけか、いつの間にか随分と親しくなってしまっているが、今日も一戦交えたところである。
 こちらは彼女の魔力が目的なのだが、最初こそあった敵という認識がいつの間にか薄れている気がする。今だって、彼女はご丁寧に回復魔法を唱えてくれたところである。余計なことを、と言わない俺も俺かもしれないが。


「たまには普通に現れても良いと思うんだけど」


 どこからそういう話になったのか。彼女の言葉には時々耳を疑いたくなるようなものがある。
 別に今日は彼女を狙ってここに居るわけではない。それでも、敵であるはずの自分に言うような台詞でないことは間違いない。


「……お前、自分でおかしなことを言っている自覚はあるか?」

「君にだけは言われたくないよ」


 それはどういう意味だと問い掛ければ、そのままの意味だと返される。全く失礼な奴だ。そんな彼女は空を見上げている。雲一つないほどに晴れた空を。


(買い物に出ただけの時にまで戦う必要はないが、そう考えることがまずおかしいな)


 これも目の前の少女の影響だろうか。それとももっと他の、例えばこの穏やかな世界のせいだろうか。何にしても、冷静に考えればおかしなことだ。いつから自分達はこのような関係になったのか。分からないけれど、少なくともすぐには思い出せないくらいの時間が流れているらしい。
 しかし、問題はそれを悪く思わない自分自身だろうか。勿論、少女の魔力はとても魅力的だ。それでも、不思議と今の日常を悪いとは思わない。
 ――といっても、彼女の日常と自分の日常は大きく違っているだろうが。


(いつからこんな日常が当たり前に)


 なったんだろうか。

 思ったところで考えても分からないことに労力を使う程無駄なことはない。決して永遠ではない日常だとしても、これが今の自分達の日常であることは紛れもない事実だ。
 これ以上は用もないことだ。さっさと行くかと足を進めようとしたところで「あ、そうだ」と、傍に立っていた彼女がこちらを振り向いた。


「よかったらウチに寄って行かない?」


 またしてもどうしてそんな話になったんだとは思ったが、疑問形で尋ねられているから「なぜ俺が」と思ったままに返してやる。すると、彼女は昨日カレーを作りすぎたんだと続けた。
 だから食べて行ってよ、と話す彼女の提案を断る理由はこれといって思い当たらない。むしろ食事を提供してくれるというのは有り難い話だ。生きている以上、食事は必要不可欠なものなのだから。

 そこまで考えて俺は彼女の提案を受け入れた。俺から了承の返事を貰えたことが嬉しいのか、ニコッと笑った彼女は「それじゃあ行こうか」と歩き始めた。俺も彼女に合わせるようにして同じ方向へと足を進める。


「そういえば、シェゾは何でこんなところに居たの?」


 出会ってから随分経ってからの質問になるが、出会ってそのまま一戦交えたのだから聞く暇がなかったともいえる。
 その質問に買いたい物があったから出てきたのだと答えてやれば、そうだったんだと彼女は相槌を打った。そんな彼女にこちらも同じ問いを返す。


「そういうお前はこんなところで何をしていたんだ」

「僕? 僕は天気が良かったから買い物に行こうとしてたところだよ」


 別に彼女がここに居ることに疑問はなかったが、どうやらそっちも買い物のために外に出ていたらしい。話しようからして買い物は済んでいないようだが、彼女から食事に誘ってきたのだからそれほど重要な用でもなかったのだろう。どちらかといえば、その前に付けられた言葉が理由で出てきたようにも聞こえる。


「天気が良いから、か。呑気なものだな」

「君だって買い物をするために出て来たんでしょ」


 否定されなかったということは、それが一番の理由だったのだろうか。俺は買い物のために出てきたのであって、天気が良かったからなどという理由ではない。まず、天気なんてきにしても仕様がないことだ。天気というものは自然現象であって、人がどうこうしようとしたところで変えられるものでもない。
 ……膨大な魔力を持っているどこぞの魔王なら、それも可能かもしれないが。


「それって何か勿体なくない?」


 天気なんて気にしていないと答えたところ、彼女はそのようなことを言ってきた。言葉の意味が分からず、何がだと疑問を投げ掛ければ「何がって……」と言葉を付け加えられた。
 確かに天気は変えられるものではない。けれど、こんなに晴れて気持ちが良い日なのだ。それを理由に出掛けたくなったり、出掛けた方が楽しいのではないかと。彼女はそのようなことを話した。
 それが彼女の考え方なのだろう。考え方は人それぞれだし、俺がそれを否定する理由はない。だが。


「……お前はそれを闇の魔導士である俺に求めるのか?」


 闇の魔導士だから光が苦手というわけではない。太陽だって苦手ではないし、苦手だったらこんな日に外に出たりはしない。
 苦手ではないが、好き好んでそこを歩きたいとも思わない。かといって雨の方が好きかと言われれば、それはそれで服も塗れるし厄介だ。つまるところ、天気なんて気にしていないし、いちいち気にすることでもないだろうという先程の発言に繋がる。

 それは今し方の発言は正しくないということにもなるが、それで納得してくれれば話が早いと思っただけだ。実際、光よりは闇の方が過ごしやすくはある。何も嘘を言ったわけではないから良いだろう。
 彼女もそれもそうかと納得してくれたようだし、これでこの話も終わり。……そう思ったのだが、納得したように見えたそれは違っていたらしい。


「うーん、でもやっぱり勿体ないと思うな。こんなに晴れてるんだから、そういう時くらい外に出ないと」


 余計なお世話だと思いながら、それは俺の自由だろうと答えて今度こそこの話を終わりにする。いつまでも引き延ばすほどの話題でもない。
 それが通じたのかどうかは分からないが、彼女は空を見上げて「勿体ないな」とだけ最後に呟いた。何故そこまで勿体なさがるのか俺には理解出来ない。
 ……まあ、俺が彼女を理解するなんて無理な話だろうが。生まれも育ちも、生きてきた時間も何もかも違い過ぎるのだ。普通に考えても同じであるはずがないけれど。


「…………お前は」


 言いかけて口を閉ざした。こんなこと、今この場で口に出す必要もないことだ。何より、言ったところで何かが変わるわけでもない。言う必要のないことだと気が付いて、その先は声に出さなかった。


「何?」


 けれど、僅かに声に出たそれを拾った彼女は首を傾げてこちらを見る。それに「何でもない」とだけ答えて、俺は僅かに歩くスピードを上げる。すると彼女は小走りで後を追い掛け、また並ぶ頃には自然と速度も同じになる。
 再び隣を歩く彼女は、顎に手を添えて何かを考えているようだった。そして次の瞬間。顔を上げて琥珀の瞳をこちらに向けたかと思うと、またも唐突な提案を口にした。


「やっぱり、天気も良いからご飯を食べた後もちょっと付き合ってよ」


 何を考えてそのような発言になったのか。全く分からないまま「は?」と間抜けな声が漏れた。だが、彼女はこちらなど気にせず「まずは帰ってカレーだね!」などと一人で言っている。


「おいアルル! 俺は付き合うなんて言ってないぞ!!」


 何やら勝手に話を進めている彼女に静止を掛けるべく声を上げれば、口角を持ち上げるように笑った彼女は言った。


「諦めなよ、僕に会ったんだから」


 これで今日の予定はほぼ決まりだろうか。律儀に付き合わずに飯だけ食って帰るという手もあるが、向こうが誘ってきたとはいえ食事をご馳走になるのだから話くらいは聞いてやるべきか。思いながら溜め息を一つ。
 それを了承と受け取ったらしい彼女は「ねぇ、シェゾ」とこちらの名前を呼ぶ。まだ他にも何かあるのかと目で問えば、小さく笑った彼女の口から次に出てきたのはとりとめのない話。いつものように「この間さ」と始まった話は、彼女の家に着くまで続けられるのだった。




好きなのに、どうして傷つけてしまうの

(友達ではない。俺はアイツの魔力だけが目的で、俺達はこれからも戦いを繰り返す)
(その中で少しずつ変わっていく関係と、少しずつ変わっていく自身の感情と)
(それでも戦いを繰り返し、傷つけ合い。自分達の関係はそれ以上でもそれ以下でもない)

(だが、その関係が変わる時が来るのなら)
(その時は――――)