ひらひら、風に乗って葉っぱが揺れる。ゆらゆら、細長い紙も笹の葉と一緒に踊る。
幾つも繋がる四角い折り紙に丸い輪っか。商店街のど真ん中に現れた一本の笹にガッシュの目は釘付けになっていた。
「清麿!」
ありがとうございました、という声が聞こえてきたところでガッシュは待っていましたといわんばかりに清麿を呼ぶ。程なくしてその瞳にはガッシュの顔が映る。
「清麿! あれは何なのだ!?」
「あれ? ――ああ、七夕か」
七夕? と今しがた聞いたばかりの単語を繰り返したガッシュにあれはそのための笹飾りだと清麿は説明した。笹飾り、とまたも復唱すると「ああ」と頷いた清麿は笹飾りとやらを見て続ける。
「元は中国から伝わった逸話なんだが、七夕伝説っていう話があるんだ」
昔、織姫と彦星という働き者の二人がいたらしい。彼らはやがて恋に落ち、結婚をした。
だが結婚をした二人はいつしか仕事をしなくなり、そのことに怒った神様は二人の間に天の川を作って彼らを引き離した。そして年に一度、七月七日にだけ会うことを許した。
その日を人々は七夕と呼ぶようになった、というのが七夕伝説らしい。
「一年に一度しか会えぬとは、悲しいの……」
「七夕伝説には諸説があるけど、一般的にはこれが有名な話だな。そこに中国の行事の乞巧奠が伝わり、日本の棚機が合わさったのが今の日本の七夕だといわれている」
続々と清麿の口から飛び出してくる知らない言葉にガッシュの頭上には幾つもの疑問符が浮かぶ。
キコウデン。タナバタ。
これらは一体どういうものなのだろう。棚機というのはさっきの七夕伝説とはまた違うのだろうか。それに七夕伝説と笹飾りの繋がりもまだ見えない。今の話にはそれらしいものが出なかったように思うのだが。
そんなガッシュの疑問を清麿は見透かしたのだろう。乞巧奠は七夕伝説にあやかって裁縫や機織りが上手くなるように祈っていた中国の七夕であること、棚機というのは着物を織って神様に捧げる日本の伝統だと教えてくれた。
また、棚機は着物を織るための機械の名前らしい。これがそのまま七夕の読み方になったそうだ。
「笹を飾るのは日本の風習で、笹竹は神聖なものとされていたところからきてるんだ。この笹に織り糸を掛けたのが七夕の始まり」
「ウヌゥ……何だか奥が深い話だの……」
「まあ古くから伝わる話だからな。単純に織姫と彦星が会う日で短冊に願い事をする日ってイメージだけの人も多いだろうな」
「願い事?」
「ほら、短冊に色々書いてあるだろ? ああやって短冊には願い事を書くんだ」
言われて短冊をよく見てみると、そこには様々な願い事が書かれていた。
サッカー選手になりたい。テストで百点が取れますように。
他にもたくさん、漢字が使われているものも多いためガッシュには全てを読み取ることはできなかったが、皆がそれぞれ自分の願いをこの短冊に込めていることは十分に分かった。
「これも元は物事が上達するように願い事をするものだったんだが、現代ではどんな願い事を書いてもいいことになってるんだ」
「清麿! 私も短冊を書きたいのだ!」
皆と同じように、願いを掛けたい。
そう主張したガッシュに「それなら」と清麿は笹飾りの横に置かれていた台からペンと短冊を取った。
「これに願い事を書いてこの笹飾りに吊るせばいい」
「おお! ありがとうなのだ!」
差し出されたペンと短冊を受け取ったガッシュは早速その台の上に短冊を置いて願い事を考える。どんな願い事でもいいのだ。それならば何を書こうか。
ふと、清麿の持つ買い物袋が目に入る。食べ物、というのもいいかもしれない。ブリをお腹いっぱいになるほど食べたい。なかなかいいのではないだろうか。
――いやでも、と思う。
何でもいいというのならもっと他の願い、たとえば、強くなりたいとはガッシュが常々考えていることである。強くなって、この戦いを勝ち抜き、やさしい王様になる。それがガッシュの夢だ。短冊はそういった夢も叶えてくれるのだろうか。
「あまり難しく考えなくていいんだぜ」
ううむ、と悩んでいたところへ清麿の声が降ってくる。ぱっと顔を上げたガッシュの目は優しい色をした瞳とぶつかった。
「さっきも言ったが本来の短冊は自分が上達したいことを書くんだ。強く願っていることは現実になる。それを紙に書くってことが大切なんだ」
「上達したいこと……」
そういう意味なら、ガッシュの願い事は決まっている。
きゅぽっと音を立ててペンのキャップを外すと、そのままペンを紙に走らせる。自分が現実にしたいと願っていること、なおかつ上を目指したいこと。そのために必要なこと。
短冊に書いて叶えてもらうのは少し違うのではないかと思ったそれは、そもそもの考え方が間違っていたのだ。短冊が願いを叶えてくれるわけではない。そう考えれば短冊に書くべき願いは一つ。
途中、短冊は言い切る形で書いた方がいいというアドバイスを受けて「なりたい」と書こうとした部分を「なる」に変えてガッシュは短冊を書き終えた。
「清麿、吊るすのはどこでもいいのか?」
「ああ。届くところで大丈夫だ」
大きな笹竹には既に上から下まで、多くの短冊が吊るされている。どこかよい場所はないかと笹を眺めたガッシュはちょっと背伸びをすれば届くところに丁度いい葉っぱがあるのを見つけた。
ほんの少しだけ爪先に力を入れたガッシュは手を伸ばしてそこに短冊を掛ける。それから一歩、後ろに下がってみると新たに赤色の短冊が他の短冊と一緒になって揺られていた。
「できたのだ!」
なかなか上手く書けたのではないかと思ったところへ「いい感じだな」と清麿からも褒められて嬉しくなる。これで短冊はばっちりだ。
「よし、それじゃあ帰るぞ」
「ヌ? 清麿は書かなくてよいのか?」
「オレはいいよ」
そう言うなり清麿はさっさと歩き始めてしまう。笹飾りと清麿を交互に見たガッシュはその背を追い掛けながら後ろを指差す。
「せっかくの七夕なのに勿体ないではないか!」
「いいんだよ。もう願い事はしたから」
どういうことだろう。知らない間に清麿も短冊を書いていたのだろうか。
首を傾げながらも早くこれを届けないと夕飯が作れないだろという言葉にガッシュは小走りで清麿の隣に並んだ。
その帰り道。歩きながら清麿に七夕のことを聞いてみると「そうだガッシュ、今夜織姫と彦星を見てみるか?」という意外な提案をされた。
それでつい願い事の話を聞きそびれてしまったのだが、約束通り織姫と彦星を二人で眺めながらガッシュは清麿の願い事も叶うことを心の中で願った。
短冊に願いを込めて
赤色の短冊に込められた意味
秘められた願いとともに二つの想いは空へ