「終業式まで遅刻とか、後でクリスがまた五月蝿いんだろうな……」


 静かな教室でぽつり、呟くと「自業自得だ」とすぐ傍から声が聞こえてくる。


「って、お前も一緒だろうが」

「元はといえばお前が悪い」

「遅刻してんのは変わりねぇだろ」


 二人は今、普段ならほぼ全員が席についている教室に二人きり。むしろ普段であればこの二人がいないことの方が多いのだが、今日は二学期最後の登校日。クラスメイト達は今頃体育館で行われている終業式に出ている最中だ。


「どうせ遅刻していなくてもサボったんだろう。文句ばかり言うな」


 言われてゴールドは返す言葉に詰まった。だがこれはこれ、それはそれだと言い始めた友人にシルバーははあと溜め息を吐いた。どうせそう返ってくるだろうことは予想していた。なんだかんだで付き合いは長いのだ。こうも長く付き合っていればお互いの性格もある程度分かるようになる。とはいえ、シルバーも人のことがいえる立場でもないのだが。


「けど教室でサボるとかあんまねーしなんか新鮮だな」


 移動教室や学校行事でもなければ基本的に教室では授業が行われている。尤もそれは当たり前のことだが、だからこそ教室でサボることは滅多にない。大抵は屋上だ。屋上もサボるための場所ではないとはどこかのクラス委員長の言葉だ。
 ふと見上げた時計は九時三十分を指している。終業式が終わるのはあと数十分ほどだろうか。


「なあ」

「何だ」


 返事が来たところでゴールドは鞄から何かを取り出すとそれをそのままシルバーに向かって投げた。軽く放られたそれは緩い放物線を描きながらシルバーの右手に収まった。


「ナイスキャッチ!」


 見事に受け取ったシルバーに言えば、いきなり物を投げるなと至極全うなことを返される。ちゃんと取ったんだから良いだろうと言う友人はまあ細かいことは気にすんなと相変わらずだ。
 一体何を投げてきたのか。反射的に受け止めたそれはコンビニでよく見掛けるお菓子。安くて美味しいと一時期流行っていたこともあったそれだ。今でも定番商品としてコンビニやスーパーでも大抵置かれている。大方登校中に寄ったコンビニで買ったのだろうが。


「どういうつもりだ」


 値段でいえば決して高くないものだが理由もなくこういうものを渡したりはしないだろう。何かあるのかと言いたげな視線を向けられて今度はゴールドがはあと大きく溜め息を吐く。


「シルバー、お前今日が何日か知ってるか?」

「二十四だろ」

「じゃあ十二月二十四日は何の日だよ」

「……クリスマスイブか?」


 クリスマスとこのお菓子に何の関係があるのか。クリスマスといえば、どちらかといえばケーキやチキンのイメージだろう。それもテレビのCMや街中で配られているチラシの影響が大きいが、やはりこのお菓子の意味は分からない。
 シルバーの答えを聞いたゴールドはといえば、再び大きく溜め息を吐いた。確かに今日はイブだけど他にもあんだろと銀色を見つめる。だが他と言われても終業式くらいしか出てこない。そう口にしたシルバーに金色の瞳は呆れた色を浮かべた。


「お前なぁ、自分の誕生日くらい覚えとけよ」


 言われてシルバーは漸く今日が自分の誕生日でもあることを思い出した。そういえばそうだったなとどこか他人事なのはついさっきまでその日を忘れていたからだ。
 何で毎年忘れてるんだよと思わず溢したゴールド。逆に毎年誕生日を覚えている上に周りに主張するお前の方が分からないとはシルバーの意見だ。別にシルバーも忘れようとしているわけではないのだが、クリスマスイブと重なっていることもあってそちらのイメージが強くなってしまう。だからって忘れるか? というこのやり取りはいつまでも平行線を辿るのだろう。お互いに悟ってとにかくそういうことだとゴールドが纏めた。


「誕生日おめでとさん」


 漸く告げたその言葉に銀色は暫し宙をさ迷い、やがてありがとうと言う小さな声がゴールドの耳に届いた。おうと短く返したゴールドはこれでやっとシルバーも十七かと呟く。
 学年が同じなのだから年も一緒とはいえ、誕生日が離れている分だけ年齢が違う時間もあるのは当然だ。ゴールドとシルバーのそれは約五ヶ月。たかが数ヶ月の話ではあるが違うものは違う。そう話すゴールドはふっと口元に笑みを浮かべた。


「もしお前が来年も再来年も自分の誕生日を忘れていたとしても、俺がちゃんと祝ってやるよ」


 そうしたら絶対忘れないだろ?
 忘れていたとしても思い出させてやるから、そんな風に話すゴールドに「それは楽しみだな」とシルバーの顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「プレゼントも期待して良いのか?」

「そこはお互い様だろ」


 学生の財布事情はなかなかに厳しいのだ。大人になれば余裕も出来るかもしれないがそこは過度な期待をされても困ると先に言っておく。
 だがそこで何かを思いついたのか。あっ、と声を漏らしたゴールドはそのまま立ち上がるとつかつかとシルバーの元まで歩き。


「こういうのなら毎年でも良いぜ?」


 言ってネクタイを引っ張るとゴールドはそのまま唇を重ねた。楽しげな金の双鉾に口角を持ち上げたクラスメイト兼恋人は、そっと黒髪に手をやると今度は逆に自分から唇を寄せた。


「安上がりだな」

「お前もな」


 毎年期待しても良いのかと先程と同じ問いを繰り返され、それはお前次第じゃねーのと挑戦的な目を向ける。それにシルバーも小さく笑みで返すと、遠くからがやがやとした声が聞こえ始める。


「やっと終わったみてぇだな」


 いずれクラスメイト達も教室に戻ってくるだろう。おそらく二人を見た委員長あたりには怒られるのだろうがまあいつものことだ――なんて言ったりしたら更に怒られそうなものだが。


「シルバー、放課後空いてるか?」

「特に予定はないが」

「じゃあちょっと寄り道して帰ろうぜ」


 いつもだろう、とは言わずシルバーは了承だけを返した。それは今日が終業式だからではなくシルバーの誕生日だから。はっきりと言葉にせずともゴールドの考えそうなことは分かっている。
 安上がりのお菓子をプレゼントとして渡してきたこの友人は、自分の誕生日だけでなく周りの人達の誕生日もしっかり祝うタイプなのだ。その気持ちはありがたく受け取ることにする。それらのお返しは半年と少し先の彼の誕生日に。どうせ自分から主張してくるのだから忘れることもない。尤も、そのせいもあってかシルバーはゴールドの誕生日を記憶しているのだが。


「じゃあ忘れんなよ」


 忘れるも何も大抵帰りも一緒だろう。
 そう思いながらもシルバーはそんな彼の言葉に「ああ」と頷いた。







世間はクリスマスイブで賑わう今日
大切な君の誕生日を目一杯お祝いしよう