持ち込めて




 春の陽気に包まれた四月。暖かな気温は丁度良い。肌には心地よい風が触れる。
 そんな過ごしやすい日に片手にポケギアを取ると見慣れた名前を選ぶ。そのまま外に出てモンスターボールを宙へ投げる。ボールから出てきた相棒に乗り、目指すのは連絡をした相手の元。


「よ!」

「意外と早かったな」

「お前と話しながら、移動してたからな」


 ジョウト地方の人気の少ないこの場所に、二つの少年の声が響く。一人は跳ねた前髪に金色の瞳を、もう一人は深紅の髪に銀色の瞳を持っていた。
 ポケットの中には、同じ形をした図鑑が入っている。彼等はこのジョウト地方の図鑑所有者だ。


「とりあえず、コガネにでも行くか?」

「此処に居ても仕方ないからな」


 そう決めると、ひこうタイプのポケモン達を出す。向かう先は、ジョウトでも大きな街であるコガネシティ。行きながら、色々な会話が飛び交う。その中で出てくるのは、もう一人のジョウトの図鑑所有者の名前。今は此処に居ない彼女の話をしているようだ。


「それで、どうするんだ」

「そういうお前は?」


 問いの後に訪れる静けさ。それを「行ってから決めようぜ」という一言で、話しは中断された。コガネに着くと、二人で街中を歩く。
 コガネシティは沢山の人が行き来をしている。それも、デパートなどが集まる大都市なのだから当然だろう。昼間から賑やかな街だ。


「珍しいわね」


 声を掛けたのは、髪を二つに結って水晶の瞳を持った少女。その声に、二人は声が聞こえた方を振り返った。その姿を捉えると、一瞬驚きを見せたもののすぐに平然を装った。
 彼女こそが、残りのジョウトの図鑑所有者だ。


「クリス! こんな所で何してるんだ?」

「買い物よ。もうすぐこどもの日でしょ?」


 後に続いた言葉で、クリスの買い物の目的が分かった。
 相変わらずだ、と思ったのは二人共。研究所での手伝いに、塾のボランティア。いつも何かと忙しそうである。


「そういうアナタ達は?」

「ちょっと用があってな」


 具体的には答えなかったが、それ以上追求する必要もないと、話は一区切り。続いて口を開いたのは、ゴールドだった。


「あ、そうだクリス。三十日は開けとけよ!」

「三十日?」

「そう! 絶対だからな!」


 答えを聞くよりも先に約束を強引に取り付ける。ゴールドらしいといえば、その通りであるが。隣に居たシルバーは、一つ溜め息を吐いてからクリスに向き直った。


「何か予定はあるか?」

「その日は、何もないわよ」

「それなら空けておいてくれ」

「分かったわ」


 先程とは違い、確認してから約束を取り付ける。二人のやり取りに、ゴールドはなんだか不満そうだ。
 けれど、三人はもう長い付き合いだ。第一印象は、あまり良いとは言えなかっただろう。でも、今では信頼できる大切な仲間。そして、互いの性格も扱い方も分かっているのだ。


「オレが言ったんだから、二度も言う必要ねぇだろ」

「お前のは強制だろ」

「シルバーの言う通りね」


 二人が揃って言えば、ゴールドも押し黙る。だが、二人の発言は正論である。
 それから数分程話して、クリスと別れた。その様子を確認してから、チラと隣に視線を向けた。


「気付いてねぇみたいだな」

「そうだな」

「まぁ、予想通りだけどよ」


 クリスの後姿を見ながら、一息つく。同じジョウトの仲間なのだから、どこで会ってもおかしくはない。けれど、そんな偶然の可能性を考えてはいなかったために予想外だったのだ。何も気付かれなくて良かったと内心でほっとする。
 一通りコガネでの用事もなんとか無事に終えることが出来た。これで、今日ここに来た目的は十分に果たせた。


「さてと、あとは三十日だな」


 偶然とはいえ、クリスに約束を取り付けることもできた。元々後で連絡を入れるつもりだったので、一つ手間が省けた。もしかしたら気付かれないかと冷や冷やもしたけれど、案の定それはなかった。気付いていないのは、予想済みのことだ。


「分かっているだろうな?」

「当たり前だろ!」


 そう言って口元に笑みを浮かべる。
 約束の日まで、あと数日。四月は残り僅か。



□ □ □



 天気も良く気持ちの良い一日が幕を開けた。同じ図鑑所有者である仲間と約束をしたのは、記憶に新しい出来事だ。ただ、具体的な内容までは聞いていないので何の為に空けるように言われたのかはクリスにはさっぱり分からなかった。
 家のチャイムの音が聞こえると、すぐに玄関へと向かう。訪問者は大方予想が出来ていた。


「よぉ、クリス」


 そこに居たのは予想通りの人物。二人の名前を呼べば、微笑みが返ってくる。


「二人とも、今日はどうしたの?」


 続けて、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。何か用があるから約束をしたのは分かるけれど、その先は全く知らないのだ。
 その質問に、ゴールドとシルバーが顔を見合わせた。それから二人して笑い出すのだから、クリスは一人訳が分からずに「何よ」と声を上げた。


「いや、すまない」

「気付いてないのは知ってたけど、まだ分かってねぇのかよ」


 ますます意味が分からない、と言いたげなクリス。それを見たゴールドは、問いを投げかける。


「今日が何日かは分かるよな?」

「三十日でしょ」

「そうそう。四月三十日。何か、思い当たることはねぇの?」


 四月の最後の日。思い当たることといえば、真っ先に出てくるのは空けておいて欲しいと言われたことだ。けれど、そのことについて聞いているのだから何か理由があるのだろうと分かる。
 暫く四月三十日という単語が頭を巡り、それから「あ」と何かを思いついたような声が漏れる。その声に目の前の二人は、漸く気付いたかと話す。


「自分のことには疎いな」

「仕方ないじゃない。忘れてたんだもの」

「こどもの日は知ってんのに。本当、仕事に熱心な奴だよな」


 今日と云う日に何があるか。二人がわざわざ空けて欲しいと言った理由。絶対とまで言われた訳が、漸く理解できた。それを確認して、ゴールドとシルバーは同時に口を開いた。


「「誕生日おめでとう、クリス」」


 綺麗にハモった言葉。金と銀は、真っ直ぐに水晶の色を瞳に映していた。そんな二人に、クリスも応えるべく笑顔を向ける。


「ありがとう」


 四月三十日。今日はクリスの誕生日だ。だからこそ、この日を空けて欲しいと事前に約束をしたのだ。大切な仲間の、大切な日だから。
 それから、「これ」と言って小さな箱を渡される。空けても良いかと聞けば、すぐに了承の返事が返ってくる。その中には、星の飾りがついたブレスレットが一つ。


「お前、イヤリングも星の形してるだろ? だから、星が好きなのかなって思ってさ」

「色々と探してそれにしたんだ」


 それを聞いて、クリスはこの間のことを思い出した。コガネに行った時に偶然会ったあの日、珍しいとは思ったけれどその目的が自分の為だったのだと今更ながら気付く。二人がコガネを見て回っていたことを想像して、思わず笑みが零れた。
 今も二人で何やらああだこうだと言い合っている。仲が良いのか悪いのか。こんな風に揉めながらも、結局は仲が悪い訳ではないだろうことはクリスにも本人達も分かっている。仲が良いと第三者が言えば当然のように否定されるだろうけれど。


「ゴールド、シルバー」


 クリスが名前を呼ぶと、二人の言い争いも止まる。視線が彼女の元へと集まる。


「二人共ありがとう。とても嬉しい」


 貰ったプレゼントをギュッと握りしめて、満面の笑みを見せた。クリスの笑顔に、二人とも自然と笑みを浮かべる。


「よし! んじゃ、そろそろ行くとするか」

「行くってどこに?」

「姉さん達がクリスの誕生日パーティーをすると集まっている」

「先輩達が!?」

「先輩だけじゃないぜ。後輩も皆集まってんだ」


 突然知らされたことに、クリスは驚きを隠せない。同じジョウト地方の二人が祝ってくれたことにも驚かされ、嬉しいと思ったばかりなのだ。それがまさか他の地方の先輩や後輩までもが自分の誕生日を祝ってくれるとは、思いもしなかった。


「皆オレ達が行くのを待ってるぜ」

「オレ達というより、クリスをだろ」

「まぁ良いじゃねぇか」


 主役が来なければパーティーは始まらない。二人は、クリスの誕生日を祝いプレゼントを渡すと同時に、パーティーの会場まで案内する役でもあるのだ。
 プレゼントは後でも良かったのだろうが、それは先に渡したいという気持ちが二人にあったから。同じジョウトの大切な仲間のことを少しでも早く祝いたかったから先に渡したのだ。


「準備は良いか、クリス?」

「えぇ、大丈夫よ」

「よしゃぁ、行くぜ!」


 ボールに手を掛ければ、そこから出てくるのは各々の飛行手段であるポケモン達。そのポケモン達と目的地に向かって同時に飛び立つ。


 今日は仲間の誕生日。いつも周りを手伝って忙しそうな彼女も、今日は主役。そんな彼女に沢山の気持ちを込めてお祝いしよう。

 ハッピーバースデー。大切な彼女へ。










fin