「皆で遊園地に行こうぜ!」


 天気は快晴。キラキラと輝く太陽が空に昇っているそんな日。いきなり遊園地に行こうと提案したのはレッド。続けて「良いっスね!」と乗ったのはゴールドで、「面白そうね」と賛成したのはブルー。「楽しそうですね」と笑ったのはイエロー。
 「たまには皆で出掛けるのも良いですね」とクリスが了承し、残った二人にブルーが振り返る。


「グリーンもシルバーも行くわよね?」


 既に決まりつつある流れだが、それでもしっかり確認を取る。シルバーは「姉さんが言うなら」と折れて、グリーンに至っては「好きにしろ」溜め息を零した。
 かくして、遊園地に行くことが決定し、休みである今日。皆で遊園地にやってきたのだ。




しさ





「やっぱジェットコースターは良いよな!」

「センパイ、今ならアレすぐ乗れますよ」

「じゃあ行くか! ほら、皆も行こうぜ」


 元気な先輩と後輩コンビである。周りは呆れ顔に苦笑いだ。
 遊園地といえばジェットコースター、から始まってこれで何個目か。既にこの遊園地にある分は回りきって、これは何度目になるのか。いくらなんでも、二人以外のメンバーにそんな元気は残っていない訳で。


「もう、行きたいなら二人で行きなさいよ」

「え? ブルー達は行かないのか?」

「あのね、いくら絶叫系が好きな人でもここまで乗らないわよ」


 周りを見渡せば、同意見だと言いたげに二人を見る。そもそも、どうしてこんなにスムーズに乗れるかといえば、今日が創立記念日で平日だからだ。そのお陰で空いていて回り易いのだが、流石にこれには付き合いきれない。ブルーの言うように、絶叫系が好きだとしても限度はある。これ以上乗りたいというのなら、止めはしないけれど二人で行ってきてくれというのがブルーを含めたメンバーの本音だ。


「うーん、でもただ待たせるのもなぁ……」

「なら、一度休憩ってことで昼飯にするのはどうっスか?」

「お前は絶叫系以外には、食べ物だけか」

「別にそんなことねぇよ!」


 今度は言い争いでも始めそうな勢いの二人にクリスが「止めなさいよ」と間に入る。そうすれば二人共、ばつが悪そうにしながら視線を逸らした。どうやら喧嘩は回避出来たらしい。
 そんな一年生を眺めつつ、近くにある時計を見れば時刻は十一時過ぎを示していた。開園からずっとジェットコースターを回っていたのかと思うと何とも言えないが、昼食には丁度良いかもしれない。


「今なら混んでいないだろうし、少し早いけどお昼にする?」

「そうですね。休憩にも丁度良いですしそれが良いと思います」


 昼食にすることで意見が纏まると、一年三人にそれを伝えて園内を歩く。遊園地の中には幾つもの店があり、どのお店にしようかと話しながら足を進める。最終的に「この店が良い」と言い出したゴールドの意見で店は決まった。どうやらこの遊園地の名物が食べられるらしい。他に希望がある人もおらず、一行はそこで昼食を済ませた。
 ゆっくりとは言い難いが昼食を終えると再び太陽の下に戻る。元気よく「行くか!」と声を上げたレッドの隣でグリーンは「ジェットコースターはもう止めておけ」と釘を刺した。結局午前中はジェットコースターばかりだったのだ。いい加減それは止めろと言われることは予想していたのか、苦笑い交じりに「分かってるよ」とレッドは答えた。


「せっかく遊園地に来たんだから他にも色々乗りたいしな」

「それなら近くのアトラクションから順番に回って行きますか?」

「お、それ良いな!」


 下手に遠くのアトラクションに行くよりもその方が効率的だ。どうせなら一つでも多くのアトラクションに乗りたいと思っているレッドは、イエローの提案に乗る。周りも同意見のようで、マップを広げて近くにある場所から順に制覇していくことにする。

 どれもあまり待ち時間に並ぶこともなく、順調に園内を回って行く。コーヒーカップの目の前に着いた時には、全員が例の先輩後輩コンビを見てアンタ達は二人で乗ってと言いたげな視線を送った。理由は言わずもがな。
 この調子で次のアトラクションへと向かう所で、不意に足を止める。吊られるように立ち止まると、シルバーは金色を振り返った。


「どうかしたのか?」

「え!? いや、その……ちょっと疲れたなって」


 立ち止まって話している二人に気が付くと、他のメンバーもその場で止まる。ゴールドを見ながら呆れたように口を開いたのクリスだ。


「午前中、あんなに乗り回るからよ」


 正論過ぎるその言葉にゴールドは何も言い返せない。あれだけジェットコースターに乗り回れば気分が悪くなっても仕方がないというもの。自分の体調のことを考えて乗りなさい、とは今更遅いだろう。ゴールドと同じくらい一緒に乗り回ったレッドはピンピンしているが、これは流石というべきか。それだけ体力があるということだろう。ゴールドも体力がないという訳ではないけれど、レッドと比べれば一年生のゴールドの方が少ない。


「大丈夫か? ゴールド」

「まぁ……。でも少し休みたいんで、回ってて良いっスよ」


 心配をして声を掛けたレッドにそう答えると、近くにあったベンチを指差してあそこで休んでいるからと伝える。周りも心配はしたものの本人が少し休めば大丈夫なので行ってきてくださいと言うものだから、それなら行ってくるかと話が纏まる。
 では、次は何のアトラクションだっただろうかと確認してから向かおうとしたところ。ブルーが何かを思い付いたかのように楽しげな笑みを浮かべた。


「ゴールド、アンタもしかしてホラー系苦手なんでしょー?」


 ブルーの言葉にゴールドは「違いますよ!」と即否定した。けれどその表情が硬い辺り説得力なんてあったものではない。とはいえ、それに気付いたのは極一部だけ。顔色が優れない様子からしても、午前中に限度を考えずに行動していたせいだろうと考える者が大半だった。
 次に向かうアトラクションはホラーハウス、所謂お化け屋敷だ。お化けが苦手だから嫌なんじゃないかと予想したブルーだったが、こうも否定されるとその可能性も外せない。だが、午前中が午前中だっただけに本当にそれだけかもしれないとも思いもした。


「ほら、時間も勿体ないですし皆で行ってきてくださいよ」


 こうして話している間にもアトラクションに行った方が多く回れる。そう言って、少しばかり強引に皆を送り出した。気にならないといえば嘘になるが、本人もこう言っているのだから大丈夫だろうと判断してとりあえず次のアトラクションに向かうことにした。
 全員が歩き出したところで、シルバーは「姉さん」とブルーに声を掛ける。どうしたのと振り返ると、シルバーは短く用件だけを伝えた。一瞬驚いたような表情をしたものの、ブルーはすぐに優しく微笑んで宜しくねとだけ言った。

 レッド達が行ったのを確認して、ゴールドは近くのベンチに腰を下ろした。ぼんやりと空を見上げれば、白い雲が一つ一つと風に乗って流れていくのが見える。どれくらいで戻って来るんだろうなと考えながら雲を眺めていると、急に頬に冷たい物が当たる。


「具合が悪い訳ではなかったか?」

「シルバー!? 何でお前ここに居るんだよ」


 頬に当てられたのはペットボトル。渡されたそれを素直に受け取りながら、ゴールドはシルバーに疑問を向ける。先輩達と一緒に行ったんじゃなかったのかよ、と付け加えれば戻ってきたのだと答えられた。いくらゴールドとはいえ、具合が悪いという奴を一人にしておくのは良くないだろうと言われればどういう意味だと言いたくなる。そんな気力もなく、何も言い返さない代わりにペットボトルを開けて水を一口飲んだ。


「お化け屋敷が怖いとは意外だな」

「だ、誰も怖いだなんて言ってねぇだろ!」


 その反応が既に怖いと言っているようなものだろう。顔が強張っているぞ、と告げればすぐに顔を逸らされる。全く分かりやすいことだ。これでお化け屋敷が怖くないだなんて言われても説得力なんて何もない。


「誰にだって苦手なものくらいある。隠す必要はないだろ」

「そうは言うけどよ、レッド先輩やブルー先輩にバレたら絶対からかわれるだろ」

「……無理に連れて行ったりはしないと思うが」


 暫し間を置いてからの回答に、お前もそう思ってるんじゃねぇかとゴールドは突っ込む。なんだかんだで長い付き合いなだけあって、それくらいのことは二人共分かっている。絶対に嫌だと言えば無理に連れて行きはしないだろうが、からかわれると言ったゴールドの言葉は正しい。そういう人達なのだ。あまりにも酷ければグリーンやイエローも止めに入るだろうが、からかわれるのはまず間違いない。
 それにしても、ゴールドがお化け等の類が苦手だったとは意外だった。ホラー映画も面白がって見そうなものだというのに、お化け屋敷が駄目なのならそういう類全般が苦手なのだろう。


「言いたいことあんなら聞くけど」

「別にないが、何か言って欲しいのか?」


 そんなこと言ってねぇよ、とゴールドは吐き捨てるように言った。だが、何か言われるような気がしての発言だ。何かというのは、先程述べた通り。先輩達に限らず、シルバーも少なからずからかうのではないかと思っていた。だから誤魔化そうと一人この場に残ったのだが、結果的に無駄になってしまった。


「あーくそ、何で皆ああいうのが好きなんだろうな」


 自棄になって投げ掛けられた言葉に、シルバーは「さあな」とだけ返しておいた。お化け屋敷やホラー映画等が好きな人は世の中に沢山居るだろうが、その理由なんて多種多様だ。シルバーは好きという訳ではないが嫌いでもないければ苦手とまではいかない。お化け屋敷も所詮は作りものだろうと思うタイプだ。
 逆にお前はどうして苦手なんだと尋ねると、苦手なものは苦手なのだと濁された。というよりは、他に答えが思い浮かばなかったのだ。お化け屋敷で驚かされれば普通に驚いてしまうし、それっぽい音が聞こえただけでも恐怖心を煽られる。要するに、根本的にそういう類のものが駄目なのだ。


「相当苦手なようだな」

「だから今ここに居んだろ。お化け屋敷とか本当にダメなんだよ」


 ベンチに座っているだけなのにどこか疲れたような表情をしている辺り、本当に行きたくなかったのだなとシルバーは察する。まさかお化け屋敷に行かずにこんな話になるとは思っていなかったのだろう。もう分かったんだからこれ以上は良いだろと言いたげに金の瞳が訴えている。
 ゴールドが気になって戻ってきたシルバーにからかうつもりはない。戻ってきたのは純粋に気になったからであって、これらの会話は普段通りの二人のやり取りなだけである。苦手な本人が隠せてはいないとはいえ普通に振る舞おうとしているのだから、それに合わせてやるべきだろうと思ったのだ。


「まぁ、お化け屋敷を怖がるお前を見るのもおもしろそうだがな」

「…………性格悪いな」

「お前に言われたくはない」


 勿論シルバーは冗談で言っている。ゴールドもそれくらいは分かっているだろう。若干、疑っているかもしれないが。そこまで性格は悪くない。おもしろそうであると少なからず思っているのも事実だが、ここまで嫌がっている奴を強引に連れて行こうと思うような性格はしていない。仮にそんな性格なら、この事実が分かった時点で引きずって行っただろう。


「あーあ、後どれくらいで先輩達帰って来るかな」


 なんとなく思ったことを呟いた。別行動をしている二人には向こうの状況は分からないが、今日の混み具合から考えればそう遅くはならないだろう。数十分もすれば戻って来ると思われる。それまでは、二人で適当に時間を過ごす。
 一人で過ごすつもりだったんだけどなと横目に様子を窺うと、何だと聞かれたので何でもないと答えておいた。そういえばコイツが戻ってきた時の問いにまともな返答貰ってないなとゴールドは思う。一応答えは聞いたけれど、具合が悪くないと思っていたくせに本当に具合が悪いなら誰か一緒の方が良いだろなんて答えにもならないだろう。だからどういう意味だと言い返そうとしたのだ。あの時点で言わなかったのだから、今更聞くことも出来ないけれど。


「暇でも大人しくしていろよ」

「分かってるよ。ここで他のアトラクションなんて行ってすれ違ったら最悪じゃねぇか」

「分かっているなら良い」


 ゴールドの聞けなかった問いの答えは、シルバーの胸の内に留められている。シルバーともう一人。彼の姉は弟が戻ると言い出した時にその理由を見透かしていた。口では心配の欠片も見せないのだろうけれど、友人が気になるから戻ると言い出したことに。
 たまには素直になってみれば良いのに、とブルーはこっそり思う。こちらが珍しいことをすれば、向こうもそれなりの反応をするだろうと。その様子を見てみたいわね、と思うだけにして彼女は今頃お化け屋敷を存分に楽しんでいることだろう。


(素直に怖いと言えば可愛げもあるものを)


 声には出さずに思う。だが、それもそれでゴールドらしくないかと思い直す。まぁ、そんな一面があっても良いとは思うけれど。なんて、本人には言わないが。
 一方でゴールドも思うのだ。


(心配して戻って来た、ってのは流石にねぇよな……)


 相手はあのシルバーだし、と些か失礼なことを考える。お互いに相手がそんなことを考えているなんて微塵にも思わず、結局は普段と変わらずゴールドが適当に話を振ってクリスや先輩達が戻って来るのを待つのだ。この場に第三者が居たのなら、どっちも素直になれば良いのにと突っ込んだかもしれないが生憎ここには二人しか居ない。
 ちらりと視線を向けてぶつかる金と銀。小さく笑った金色が「先輩達が戻ってきたら次は何に乗るか」と述べたのに「ジェットコースター以外だな」と銀色が微笑む。仲が良いという自覚はないけれど、これだけの付き合いがあれば少なからずお互いのことは分かっている。喧嘩は今でもしょっちゅうするが、相手を大切な友人の一人に数えているのも事実なのだ。


「あ、そこの売店で限定のデザートあるんだけど」

「行きたければ一人で行って来い」

「どうせすぐなんだから良いだろ。甘いモン以外にもあるんだし、行ってみようぜ」

「…………全く」


 アトラクションに並ぶのではないからすれ違うこともないと判断してベンチから離れる。既に行く気になっているゴールドを見て溜め息を吐きながら、シルバーもゆっくりと立ち上がった。

 人には誰にも苦手なものの一つや二つくらいある。遊園地に来たとして、絶叫系が苦手な人、高いところへ上るものが苦手な人、お化け屋敷の類が苦手な人、全部が全部好きではないという人も居るだろう。
 けれど、それは全体のほんの一割。その分、残りの九割を思いっきり遊んで楽しもう。九割の楽しいことを満喫して、この一日を過ごす。その一割なんて忘れるくらい、十割分の楽しさを味わおう。










fin