愛情を注いで
「あれ、シルバー」
外を歩いていると偶然赤髪を見掛けた。見慣れたそれは同じジョウトの図鑑所有者のもの。こんな所で会うなんて珍しいこともあるもんだ。コイツとは約束でもしない限り滅多に会えないのだ。
どうやらさっきの声が届いたらしく、銀色の瞳がこちらを見た。オレの姿を捉えると足を止めて振り返る。
「ゴールドか」
「珍しいな、どうしたんだよ」
疑問をそのまま尋ねる。「別に」という適当な返事を聞きながら、その腕に抱えられている物に気が付いた。
これもまた不思議というか。滅多にないような組み合わせだ。
「それは?」
今度は腕に抱えられている物について問う。何とは言わなかったけれど何を指しているかはすぐに分かったらしい。ああ、と言いながらシルバーは視線を落とした。
「姉さんに渡された」
「あーブルー先輩。それでお前が持ってるってワケか」
言われれば納得だ。ブルー先輩に頼まれたのならシルバーは断ることなんてしない。だからタマゴをこうして持ち歩いている状況なんだな。
「何のポケモンのタマゴなんだ?」
「いや、聞いていない」
「なら生まれるまで分からないのか」
まぁ、何か分からないタマゴも結構あるよな。ブルー先輩のポケモンとかなのかな。でもどうなんだろう。シルバーに聞いても何のタマゴかも分からないんだから知る訳ないよな。別にそこまで気にするようなことでもないだろうし、考えるのは止めよう。
何のポケモンが生まれるか分からないタマゴ。生まれるまであとどれくらい掛かるのか。シルバーが図鑑を開けばすぐに分かるだろうけれど。
「ゴールド?」
そっと、タマゴに触れる。
温かな熱が手から伝わってくる。静かな鼓動を感じる。このタマゴからポケモンが生まれるまで、あともう少しぐらいだろうか。
「ちゃんと孵してやれよ」
手を離してシルバーに言えば、銀色がじっとこちらを見ている。外れる様子のない視線に、変なことでもしたかと考えるが特に思い当たる節はない。
ずっと見られているだけっていうのも辛いもので、仕方なく「何だよ」と銀色を見た。けれど「いや」とだけ言うものだから答えるまで待つことにする。はぁと一息吐いて、諦めたのかゆっくりと口を開いた。
「お前らしいと思っただけだ」
「は? 何だよそれ」
どういう意味なのか分からない。そう言っても「そのまんまの意味だ」なんて返される。だからつまり何だというのか。もう一度繰り返せば、短い単語が返ってくる。
「孵す者」
それは、図鑑所有者の持つそれぞれの能力の名前。シルバーは換える者、同じくもう一人のジョウトの図鑑所有者であるクリスは捕える者。そして、オレの能力がシルバーが言っていたソレ。
ああ、そういうことか。漸く何を言いたかったのかが分かった気がする。
オレは孵す者で、育て屋の手伝いをしたりすることもある。タマゴに対しては特別なものがあるのかもしれない。否、孵化を手伝っている時に思うことならある。
「そんなにらしいか?」
「あれだけ大事にしていればな」
そんな風に見えるのか。自分ではあまり分からないけれど。そういえば、シルバーの前でも預かっていたタマゴの孵化をさせていたことがあったっけ。
「お前の方がこういうのは得意だろ」
「別に得意ってワケじゃねーよ。こういうモンは愛情を持って接すれば良いんだよ」
「愛情、か」
妙な間があいていた意味は容易く理解出来る。コイツの今までの生き方を考えれば無理もない。けれど。
「考えなくても平気だろ? お前は一人じゃないんだしな」
ブルー先輩やクリス。オレも含めて多くの仲間が周りには沢山居るんだから。それがどういうものなのか、なんて言わなくてもシルバーも分かっているはずなんだ。
「何だったら、オレが教えてやろうか?」
冗談混じりに笑えば、シルバーも口角を上げる。
「素直じゃないな」
「どっちがだよ」
そう言って笑みを浮かべる。どちらが素直じゃないかって、きっとオレ達はどっちも素直じゃないんだろう。それでも、だからこそ。分かり合えることもあるのかもしれない。
「どんなポケモンが生まれるか気になるからな」
一歩踏み出して隣に並ぶと金と銀が交差した。更に先に足を進めると、意図を理解したのかシルバーも歩き始める。
「それならお前も手伝え」
「良いのかよ。ブルー先輩に頼まれたのに」
「大丈夫だろう。孵せば良いのだからな」
まあそれもそうか。その後どうするかは知らないけれど、とりあえずはタマゴを孵せば良いんだろうし。オレが手伝ったからって何か言われたりもしないだろう。これでも孵す者という代名詞を貰っているんだ。
言われなくても一緒にポケモンが生まれるのを見るつもりではあったけれど。
「じゃあ、早く行こうぜ」
行く先はシルバーの隠れ家。多分、この近くにあったはずだから元々コイツもそのつもりだっただろうしな。普通に歩いているから間違いないだろう。
数歩分前に出てクルリと振り返る。それから小さく笑みを浮かべて。
「いっぱい愛情をやらないとな」
見つめた先の銀色は一瞬開かれて、それから優しく微笑んだ。
同じように数歩進んで「そうだな」と言った唇がそっと頬に触れる。そして。
「愛情があれば良いらしいからな」
少し前にオレが言った言葉を繰り返す。その表情はどう見ても確信犯で。
あー……くそ、アイツのが一枚上手かよ。
オレの言った意味は通じたらしいけれど、その分余計に返してくれた。タマゴに、と言わないのはどちらも同じ。
「ほら、行くぜ」
赤くなっているだろう顔を見られないように逸らしながら、今度こそ目的地に向かって歩き出す。
シルバーの腕に包まれたタマゴが静かに鼓動を鳴らす。
オレ達の居るこの世界を知るまで、あともう少し。
fin