アナタにとって、自分がどんなポジションにいるかは分からない。希望はある。けれども、それを伝えたことはない。今の関係が崩れてしまうことが怖いから。
 それでも気になってしまう心理。それが人間なのだろう。
 ねぇ。アナタにとって……。








 友達、クラスメイト、仲間、幼馴染み。
 関係を示す言葉なんて幾らでもある。これだけに限らず、他にも山程の数。その内の何個かが自分達に当て嵌まることぐらいは分かっている。でも。


「なぁ、楽しい?」

「まぁな」


 返事は返ってくる。ただ、その前に“一応”と付くけれど。
 どうしてかって? 簡単な話だ。コイツは、本と仲良くしているから。オレは同じ部屋に一緒に居るだけ。


「あのさ、暇なんだけど」

「そうか」


 また三文字。短い返事はいつものこと。それは、本を読む読まないは関係がない気がする。だけど、こういう状況だと普段以上にそう感じてしまう。


「他に何かねぇの?」

「何かすれば良いだろ」


 何か、ね……。  仮にも、此処はオレの部屋であって。ついでに二人で一緒に居るのであって。それでいて別々のことをわざわざしなくても良いんじゃないかって思う。
 別にそれが悪いっていう訳じゃない。今までだって良く別々のことをすることはあったから。


「シルバー、構って」


 遠回しに言っても伝わらないのなら、あえて直球。これなら流石にオレの言いたいことも伝わるだろう。伝わった後のことは、別だけど。


「何かないのか」

「ない」

「……もう少し待て」


 あー、丁度良い所だからったヤツ? それか話のキリがもう少しでつくか。幼馴染みだし、付き合いは長いからな。その少しが終われば、シルバーが本を置いてくれることくらい分かっている。  分かっているけど、待てないことってあるよな。ガキじゃねぇけど、相手は幼馴染みだしさ。


「あのさ、シルバー」

「何だ」


 返事だけは、待ってろと言っていたけども返ってきた。まぁ、返ってくると思ってオレも話してるんだけどさ。


「聞きたいことがあるんだけど」

「宿題は自分でやれ」

「宿題じゃなくて」


 そりゃぁ、良く借りるけどさ。借りる度に文句は言われるけど、何だかんだで貸してくれる。でも、オレだって自分でやることもあるんだからな。
 ……聞きたいことって言ったら、宿題が連想されるらしいけど。


「シルバーって、オレのことどう思ってんの?」

「急にどうした」

「なんとなく、気になったから」

「友達だと思っている」


 そうなんだな、と思う。やっぱり幼馴染みなんだなと頭に浮かんだ。当たり前だけど。それをそのまま口にした。


「オレとお前は幼馴染みだもんな」

「そうだな」

「大事とか思ったりすんの?」

「当たり前だろ」


 それもそうか。オレにとってもシルバーは、大切な友達であり幼馴染みであり。そういえば、昔も似たような話をしたことがあった気がする。大切な友達だから、と話したことが。
 あの頃は良かった、と思いはしない。けれど、あれからの年月は人を成長させるには十分な時間だ。迷いなく思ったままに話していたあの頃の自分が羨ましい。今は色々と考えてしまうから、踏み込めないなんて。昔のオレが知ったら笑うだろうな。


「じゃぁさ」


 先を想像してしまうなんて、どこで覚えたのだろうか。お陰で怖くて進めない。なんてオレが言った所で信用性なんてなさそうだけど。たまには思い切って、あの頃のように踏み出してみようか。


「オレがお前のこと好きって言ったらどうする?」


 ピタリ、とシルバーが止まるのが分かった。さっきまであった返答はどこかに消えたらしい。
 聞こえなかった?
 なんて、そんなはずがないのは分かっている。


「もしも、の話な」

「……そうか」


 この間は何だろう。何か言いたいことがあるなら言えば良いのに。……それはオレも同じだけど。
 はっきり言うつもりで結局逃げたのはオレ。逃げなかったのなら、真っ直ぐ返ってきただろうか。言葉のキャッチボールは。それは分からない。けれど、オレの心は決まっていた。


「シルバー」


 呼んだら、本に向けていた頭をこちらに向けた。銀色の瞳とかち合う。声は低くなって、いつの間にか背は伸びていて。成長するんだから、当たり前に変化をする部分は沢山ある。
 でも、その瞳だけは変わらない。どこまでも透き通るような銀が、輝いている。


「冗談抜きで、オレはお前が好きだぜ。大事な友達だからな」


 共に過ごしてきた相手。誰よりも大切だと思える存在であり、大事な友達。好きには色んな種類があって、家族愛に友情、それから恋情。オレの言った好きは、友情と捉えるのが無難だろう。
 だけど、それに。


「私はシルバーが好き」


 あまり使うことのない一人称。それをあえて使うのは、この気持ちを伝えるため。  昔から女の子らしいことは全然してこなかった。女友達も居るけど、男友達と外で遊ぶのが好きだった。だからかな。女の子と意識して見られることも少ない。むしろオレは、それを望んでいたからそれで良かった。
 けど、それでは伝わない気持ちがある。友達ではなく、私は一人の女の子としてシルバーが好き。


「言っておくけど、もしもの話じゃないから」


 シルバーがモテることは知ってる。最初は大切な友達だと思っていた。でも、いつしかそれは恋に変わっていた。同じ学校の女の子達が、シルバーが好きだからと告白出来るのが羨ましかった。その反面で、シルバーがいつ付き合うか気になっていた。
 もし、シルバーが誰かと付き合うのならそれで良いと思う。だけど、何も言わないのは後悔すると思ったから。


「私は、シルバーが好き。友達としても、恋って意味でも」


 友達だから、伝えるのが怖かった。もしかしたら、このたった一言で何かが崩れてしまうのを恐れていた。何も伝えなければ、少なくとも友達のままで居られるから。
 けれど、一度恋心を自覚してしまうと今まで通りのつもりが何だか上手くいかない。変に気にしたりしてしまう。幼馴染みは、近すぎる関係。気付かなかったなら何の問題はなかったけれど、自覚した今はこの関係がもどかしい。
 もし、そのせいで今の関係が崩れてしまったら。それでも、もう自分の心に気付かぬ振りをしていられそうにない。


「アナタが大好きです」


 心の内を表に出す。否定は怖い。でも、後悔はもっとしたくない。勇気を振り絞って伝えた言の葉の数々。それは全てが本心。


「ねぇ」


 答えを聞かせて?
 最後の文字が形になった時、シルバーの手にあった本は机に移動していた。何もなくなって宙に浮いた手は、赴くままに伸ばされた。


「…………後悔しても知らないからな」


 その手がそっと頬に触れた。優しい手付きに口元に弧を画くと、シルバーの手に自分の手を重ねる。


「するわけないじゃん。相手はシルバーなんだから」


 自信を持って答えれば、シルバーも笑みを浮かべた。


「その根拠はどこからくるんだ?」

「長年の付き合い」

「成る程な」


 伊達に幼馴染みはやっていない。今まで一緒に過ごしてきて、誰よりも互いを分かっているつもりだ。それでいて、選んだんだ。後悔なんて、するはずない。
 後悔をする日が来ることはない。現に、シルバーと一緒に居て後悔をしたことはないのだから。擦れ違うこともあった。喧嘩もした。泣いて笑って、喜怒哀楽を共にした。沢山の思い出全てが宝物。かけがえのない、何より大切な人。


「逆に、お前は後悔しないの?」

「しないな」


 その理由は?
 答えは、とても甘かった。甘い、甘い、蜂蜜のよう。


「オレには、初めからお前しか居なかった」


 柔らかな唇が触れた後に、奴が言った。出会いは、とうの昔なのに。それを初めと言うのなら、何十年越しで抱えていたのか。
 自覚と気持ちは時にリンクしないと、自身も知っているけれど。


「馬鹿。オレにだってお前だけだよ」


 慣れない一人称は止める。女らしくしろとも言われるけれど、やっぱりオレはオレだから。それを一番理解してくれているのは、シルバーだ。一人称を戻した時に浮かべた笑みが、それを肯定してくれる。

 自覚したのは、数ヵ月前。だけど、多分もっと前から好きだった。幼馴染み、友達、親友。次々に増えていく、関係を示す言葉。そこに新たに書き加えよう。
 今日からの新しいポジション。アナタの恋人。










fin