同窓会のお知らせ。
そう書かれた葉書が届いたのは一ヶ月ほど前。中学校時代の友人から届いたそれに参加の返事を出して迎えた成人式。懐かしい友人達と「久し振り」「元気にしてたか?」と話ながら過ごしたその日の夕方。再び彼等と顔を合わせたゴールドは料理やお酒を楽しんでいた。
互いの近況からそういえばと誰からともなく切り出される昔話にも花が咲く。みんなでわいわいと盛り上がっていると時間の流れもあっという間で、楽しい同窓会はそろそろ終わりを迎えようとしていた。
「よーし、このまま二次会に行こうぜ!」
一人が声を上げれば良いね行こう行こうと幾つもの同意が飛び交う。そんな中で「ごめんなさい」と謝る声がゴールドの耳に届く。
「私は明日ちょっと早いからここで帰るわ」
「そうなの? 残念」
「気を付けて帰ってね」
それは少し離れた場所にいた元クラスメイトの女子達の会話だった。ありがとうと言った黒髪の女性が一人抜ける様子を目で追った金色は「ゴールド、お前も行くだろ?」と当然のように尋ねた友人に悪いと謝罪を口にする。
「明日朝から大学に行かなくちゃいけねーんだ」
「呼び出しかよ。何やったんだ?」
茶化す友人に「何もやってねーよ」と答えたゴールドはそういうわけだからと挨拶をそこそこに仲間達の輪から抜けた。
あの頃も今も
「クリス!」
聞こえて来た声にクリスは足を止めた。くるりと振り返れば、そこには懐かしい友人の姿があった。
「ゴールド? どうかしたの?」
「帰るんだろ、送ってく」
え、と水晶のように透き通った瞳が丸くなる。次いでこれから二次会ではなかったのかと尋ねられるが、先程と同じようにオレも明日用があるからとだけ答えた。
本当は用事などなく、勿論大学にだって行く予定はない。けれどクリスは「そうだったの」と特に疑いもせずに信じてくれた。だからそのついでに送っていくとゴールドは数刻前の言葉を繰り返す。どうせ途中までは一緒だしな、と言えば口元を緩めた彼女は「それじゃあお願いするわ」と今度は頷いてくれた。
「こうやってお前と帰るのも久し振りだな」
二人は中学校は同じだが高校は別。大学も違う学校へと進学し、会うのも中学卒業以来となる。当時は携帯も持っておらず、学校が違えば自然と会うこともなくなって今日まで過ごしてきた。今日もお互い女子グループと男子グループの中に混ざっていたからまともに話すのはこれが初めてかもしれない。
「お前も大学に通ってるんだったか?」
「ええ。アナタも大学生なのよね」
遅刻とかしていないかと聞いてくる元学級委員長に「してねーよ」とゴールドはぶっきらぼうに答える。そんな友人にクリスはくすっと笑う。
当時は遅刻ギリギリに飛び込んで注意をされることも少なくなかった。実際に遅刻をした日なんかはそれ以上に怒られた。だけど優しい彼女は宿題を忘れたから貸して欲しいと頼むと自分でやらなければ駄目だと言いながらも最後には溜め息を吐きながら貸してくれた。テスト勉強もしょうがないわねと言いつつ付き合ってくれたり、中学時代は彼女に怒られたことも多々あったが助けられたことも沢山あった。
「そういうお前は相変わらず周りの世話を焼いてるのか?」
「みんな自分のことは自分でやるわよ」
当たり前のことだけれどという風に話すクリスにばつが悪そうに金色が逃げる。その様子にまた笑みが零れたのはお酒が入っているからというのもあるかもしれない。高校でも大丈夫だったかと聞かれて当然だと答えたゴールドも彼女の笑顔に顔が綻ぶ。
真面目な学級委員長と不真面目な男子生徒。喧嘩まではいかずとも怒ったり怒られたりの言い争いは日常茶飯事だった。クラスメイトにもまたかと呆れられるレベルではあったが、だからこそそれなりに親しくもあった。
「……私ね、実は中学生の頃。アナタのことが好きだったのよ」
クリスからの突然の告白に金の瞳が丸くなった。
自分とは正反対の相手。最初は問題ばかり起こす彼に手を焼いていたけれど、共に過ごしているうちに彼の良いところにも少しずつ気がついていった。お調子者で不真面目で、だけど優しいところもあれば意外と真っ直ぐなところもある。そうしていつからかあの金色に惹かれていた。
「どうしてアナタなのかしらって考えたこともあったけど、気が付いた時には好きになっていたの」
知らなかったでしょ? といたずらっ子のようにクリスは笑う。
そんな彼女の発言にゴールドの思考は驚きで一瞬止まった。まさかクリスが自分を好きだったなんて。だが頭の中でそれを復唱することでゆっくりとその事実を飲み込んでいく。
彼女は自分が好きだった。中学の時に。
中学生だった頃は……?
「…………オレは今もお前が好きだけど」
漸くクリスからの告白を理解したゴールドが言う。その言葉に今度はクリスの透き通った瞳がこれ以上ないくらいに開かれる。
「えっ……?」
「だから好きなんだよ」
お前のことが、ともう一度先程の言葉を繰り返す。好きだった、のではなく好きなのだと。
中学生だった頃、ゴールドにも好きな人がいた。きっかけは何だっただろうか。確かある時ふと見せた彼女の笑顔に胸がドキッと鳴ったんだ。あれ、と思ってから彼女のことが好きなのだと自覚するまではそう時間は掛からなかった。
どうしてアイツなんだろう、と最初はゴールドも思った。けれどクリスだから好きになったのだ。気が付いた時には好きになっていた、ゴールドも正にそんな感じだった。
「お前はもう好きじゃねぇのか?」
好きだった。クリスは先程過去形で話していた。だがゴールドのそれは現在進行形だ。
「なあ、クリス」
真剣な色で真っ直ぐに見つめる金色。珍しい彼だけのその色にクリスの胸がドクンと鳴る。それは、クリスの答えだった。
「…………好きよ」
ぽつり、呟くようにクリスは零す。水晶のような瞳に金が映った。
「私も今でもアナタのことが好き」
その彼女の言葉にゴールドの胸がいっぱいになる。けれどそれはゴールドだけではない。ずっと好きだった人からの思いもよらなかった告白に驚いて、喜びが込み上げてきたのはクリスも同じ。
「……ねぇ、アナタの連絡先。教えてくれる?」
鞄から携帯電話を取り出したクリスが問う。おうと頷いたゴールドはポケットから携帯を手にするとそのまま赤外線通信で連絡先を交換した。そして電話帳に一つの名前が追加される。
「ありがとう」
送ってくれて。連絡先を教えてくれて。
楽しい時間が過ぎるのは早いというけれど、いつの間にか二人はクリスの家の前までやって来ていた。本当はまだもう少し一緒にいたいけれど今日は時間も時間だ。それに、今日ここで別れたら一生会えなくなるというわけでもない。
「家まで気を付けてね」
「分かってるよ。……家に着いたらまた連絡すっから」
ゴールドの言葉にクリスは頷いて待っていると答えた。
そんな彼女にゴールドは「またな」と言って歩き始めた。クリスも「ええ、また」と言って彼の姿が見えなくなるまで見送るのだった。胸に溢れんばかりの幸せを感じながら。
fin