例えばそう。オレ達が双子じゃなかったとしたら。
「それって普通に兄弟ってこと?」
質問の意図を分かりかねて聞き返す。言った本人も特に深い意味があった訳ではないのか「そういうことかな」なんて答えてくれる。それならばどうしてこんな質問をしたのかといえば、なんとなく頭に浮かんだからなのだろう。そんなことは聞かずとも分かっている。
「それでも何も変わらないんじゃね?」
「まぁそうか。双子でも兄弟であることには変わりないしな」
そういうこと、と話がひと段落したところでごろんと寝転がる。金色の瞳に映るのは青く広い空。鳥が一羽飛んで行ったなとぼんやり思いながら、双子の兄弟が言った先程の言葉について考える。
双子である自分達は何も言わずとも大体考えていることが分かる。だが、年の離れた兄弟だったとしても同じ血が繋がっているのだからそこはあまり変わらないのではないだろうか。同い年だから勉強も一緒に出来るけれど、学年が違っていたら逆に教えたり教えてもらっていたのかもしれない。でもそれなら今のように同じ問題に二人で取り組んだ方が良さそうだなという結論に辿り着く。それは二人が双子だからいえることだろう。
「やっぱあまり変わらない気がするな。変わるとしたら呼び方ぐらいか」
今はお互いに愛称で呼び合っているが、年が違っていればそこは変わるのではないか。上の方はそのままかもしれないが、下が上を呼ぶときには「お兄さん」なり「お兄ちゃん」なりになるだろう。分かりやすい違いといえばそれがまず一つ。
「ゴーのことを兄さんって呼ぶのか。でも年が違えばそうだよな」
「双子でも一応兄とか弟とかあるけど気にしたことなもんな。同い年だからそっちのが良いんだけどさ」
「今更兄さんとか呼ばれても変な感じだろ」
「だな」
片方が兄でもう片方が弟。双子だろうとそれはあるのだが、今まで気にしたことなんて一度もない。なんせ同い年だ。それで兄も弟もないだろうという話である。少なくとも二人の間ではそうだった。
あとはやはり年齢が違えば服の着回しくらいは出来たのではないだろうか。昔から身長も大差なかった二人は服の着回しをしたことがない。これが着られなくなったからということがなくいつも着られなくなる時は一緒。お下がりというものがないけれど、年が違ったら年齢差にもよるだろうがそういうことも出来たのではないだろうか。
そういったものはなかったが、服を入れ替えてお互いが相手の振りをしたりしたことならある。これが案外気づかれないものだ。一卵性の双子だからこそだろう。とはいっても、幼馴染にはすぐにバレるけれど。
「そういやさ、なんでアイツはオレ等が入れ替わってもすぐに分かるんだろうな」
アイツというのは勿論幼馴染のことである。普段でさえ見た目がそっくりなせいで周りに間違われることがあるくらいだ。服をチェンジして相手の振りをしていれば騙すことも難しくない。元の性格も似ているが、それでも別の人間なのだから違いはある。お互い一番近くにいる相手なだけあって性格は分かりきっているからこそ、余計に傍目から見分けがつかなくなるのだろう。
しかし、幼馴染にだけはどんなに兄弟そっくりに振舞おうとバレてしまう。どうしてお前が来ているんだと教師も他の友人も気付かないのにこっそり指摘してくれる。あまり入れ替わることなんてないのだが、その度に気付いてくれるから凄いよなと感心さえする。
「付き合いが長いからっていうのが無難なところだろうけど、シルバーだから?」
「結局そこだよな。でも実際シルバーだからだよな」
幼馴染――シルバーにバレなかったことがない。まずシルバーが二人を間違うこともないのだが、それは付き合いが長いからであり彼曰く「双子でも違うだろ」ということらしい。そんなことを言うのはお前くらいだと双子が揃って思ったことを本人は知らないだろう。
「っていうかゴー。シルバーに呼ばれてたんじゃねぇの?」
彼の話題が出てきたことで思い出す。どうしてそれを双子の兄弟が知っているかといえば、ここで昼飯を食べる前にそう言ったのを聞いていたからである。いつもならそのシルバーもこの場に居るのだが、今日は姉さんに呼ばれているからと三年の教室に行っている。だからいつもは三人で食べるお昼が今日は二人だった。
だが、それとは別にゴールドには用事があるらしく昼を食べ終わったら来るようにと呼ばれていたのだ。具体的にいうと生徒会の仕事があるから戻って来いと。要するにその仕事を昼休み中に片付けてしまおうという話である。
「あー……そういやそうだったっけ」
「行かないと怒られるぜ。さっさと行って来いよ」
もし知っていたとバレたらオレまで怒られるし、とは心の中だけに留めた。が、おそらくこの兄弟にはバレているだろう。以心伝心。言葉にしなくても伝わるから。そうはいっても全部が全部わかる訳ではなく、言葉にしてくれなければ分からないことだってある。けれど大体のことが分かるのも事実である。
「書類整理とか面倒なんだよな。ゴーも行かねぇ?」
「オレは生徒会じゃないし。面倒でもやらなくちゃ溜まるだけだぜ」
「それは分かってるけど、なかなかやる気にならないっつーか」
言いたいことは分かる。けれどそれも生徒会役員なのだからやらなければいけないことだ。ここでやらなかったところで兄弟の言う通り、これからどんどん仕事が増えていくだけである。そうしたら余計にやりたくなくなるだろう。後で苦労するのは自分だ。それなら今からこつこつやっていくのが最善なのだ。
それが分かっていてもなかなか動く気にはならない。昼休みに屋上にいることはバレているのだからここに居たところでバレてしまっているのだが。
そんなことを思っていたところでドアを開ける音。噂をすればというやつだ。
「ゴールド。昼を食べ終わったら生徒会室まで来いと言っただろ」
ドアの前に立つ赤髪を見て分かりやすく表情を変えた兄弟にもう一方は苦笑いを浮かべる。だから言ったのにと。まだ昼休みが終わるまで三十分もあるのにと言いたげだが、逆にいえば三十分しかないのだ。書類整理をするにはそれでも少ない時間である。
「大人しく行って来いよ」
「他人事だと思って…………」
「実際この件に関しては他人事だぜ?」
シルバー、ゴーのことよろしくな。
そんな風に言えば隣ではよろしくされるようなことなどないと、少し離れた先では溜め息が零れた気がした。まぁだがよくあるやり取りである。
「シルバーを騙せるならゴーが行ってもバレないのに」
「人に押し付けんなよ。それ以外のことなら協力してやるけど」
「お前もあまりコイツを甘やかすな」
「それ、ゴーもシルバーも大概だと思うんだけどよ」
二人のやり取りを見ながら当事者が言う。それよりもお前は生徒会の仕事だろうと二人に口を揃えられて、面倒ではありながらも仕方なく腰を上げる。
それじゃあまた後でなと言って二人は屋上を後にした。きっと扉の向こうでは「食べ終わったら来いと言っただろう」「さっき食べ終わったばかりだっつーの」などと言い争いをしていることだろう。あれでもそれなりに仲は良い。ただの腐れ縁というのかもしれないけれど。きっと生徒会室ではもう一人の幼馴染も待っているのだろう。
(なんだかんだ仲は良いし大丈夫だろ)
遅いと怒られはするのだろうけど、と思いながらポケットの携帯を取り出す。そのままメールを送信すると数分も待たずに返事が来る。わざわざ返さなくても良いのにと思いつつ携帯を開けば、予想通りの人物からのメールだった。だが、先にわざわざ言わなくても良いことを送ったのはこちらだ。結局はどっちもどっちということか。
『生徒会頑張れよ』
『おう。あ、放課後はないから先に帰るなよ』
そんな短いやり取り。ちょっとのメールは幼馴染達も許してくれたらしい。
チャイムが鳴るまでの昼休み。兄弟や幼馴染が仕事をしているのを心の中でそ応援しながらこちらは何をしようか。白い雲が流れるのを見上げながら残りの時間の過ごし方を考える。
青空の下で過ごす昼休み