と 3




 時は流れ、年は変わり行く。
 中学校を卒業し、更には高校までも卒業をした。時間というのは意外と流れるのが早い。否、遅い気がしていたが、いつの間にか高卒の年まできていたのだ。
 そして、今は春。
 進路をどうするかと悩んだのは一年前。結局大学進学を選んだので今年から大学生だ。


(もう大学生か)


 あまり実感が湧かないような気がする、と思う。
 それも、ついこの間までは高校生だったからだろう。大学の大きな敷地に校舎を目の前に、行き交う人々は在校生か新入生か。


(教室に、と言っても教師はいつ来るんだ)


 なかなか現れない教師に疑問を持つ。だが、時計を見ればまだ移動完了時間まで余裕があるのだから当然かもしれない。
 ぼんやりと窓の外を眺めていると、時間は過ぎる。もうそろそろ時間になるだろう頃に、ドタバタと廊下を走る音が聞こえる。


「ここの教室、で間違えねぇよな……?」


 肩で呼吸をしながら、教室のプレートを眺める。その次の瞬間には、「あ!」と声が漏れた。
 続けて出てきた言葉は、予想もしていなかったもので。


「シルバー……?」


 突然出てきた自分の名前に、シルバーは驚く。同じ高校の知り合いがいるわけではない。
 でも、どこか知っているような声。記憶よりも幾らか声は低くなっているが、聞き覚えがある。
 振り向いてみれば、金色の瞳とかち合う。


「やっぱり、シルバーだよな!?」


 特徴的な前髪に独特な金色の瞳。
 背丈は大きくなり、記憶の中の彼とは少し違うけれど。面影はそのままに、過去の姿と重なる。


「ゴールド、か……?」


 ゆっくりとその名を並べれば、彼、ゴールドは笑顔を見せた。


「久しぶりだな! 何年振りだ? っていうか、お前もこの大学だったんだな」


 ゴールドはシルバーの傍までやってきて、数年振りに会話を交わす。
 つらつらと並べられる単語に、どこから返せばいいのだろうか。悩むだけ無駄かと思うと、小さく微笑んだ。


「久しぶりだな」

「まさか同じ大学で、同じクラスなんてな」

「そうだな」


 お前が大学に通うなんて。
 続けるように言えば「酷ェな」と、ゴールドは苦笑いをした。


「まぁ、オレも最初は大学なんて考えてなかったけどな」


 それならば、なぜ。
 疑問を尋ねようとすると、いつの間に時間になっていたのか教師が教室に入ってくる。何というタイミングなんだろうか、と思っても仕方のないことだ。
 続きはまた後でと小声で話すと、教卓の前で教師が話を始めた。

 一通り全てのことが終わり、やっと帰れることになる。数年ぶりに二人は隣同士に並んで歩く。教師も遅れてくれば良かったのに、などと文句を言いながら。話に戻ることにする。
 疑問を浮かべたシルバーに、ゴールドは彼の銀色の瞳を見据えて、先程の話を続けた。


「オレが勉強嫌いなのは知ってるだろ? だから高校までで勉強なんてもういいと思ったんだ、最初はな」


 ゴールドの勉強嫌いは、シルバーもテストがある度に付き合わされた程だから覚えている。ちゃんとやっていればと何度言っても、面倒だからやりたくないと返された。
 その結果、結局はシルバーに頼んで一緒に勉強をしたのは懐かしい話だ。数年程前のテストの度の出来事。


「でもさ、大学に行くかなって思い始めて。その時、お前はどうするのかなって考えてさ」


 その言葉にシルバーは目を見開いた。まさか、そこで自分の名前が出されるとは思っていなかったのだ。
 そっと微笑んで、ゴールドは話を続ける。


「シルバーなら、大学行くだろうとは思ってて。同じ大学じゃなくても、離れていたとしても。一緒に並んでいたい」


 そう思ったんだ。
 笑うゴールドの表情は昔のまま。予想外の理由には、毎回驚かせられるとシルバーはこっそりと思う。それと同時に、そんな理由を持ってくれたことを嬉しくも思う。
 そして。大学では偶然にも同じ学科の同じクラス。まさか、そうなるとは予想外であったけれど。


「本当に一緒に並べたのは、嬉しい誤算だったぜ?」


 遠くの地方に住む者同士、いくら大学に選択肢が沢山あるとしても、学べるものは多種多様。それでもってこんな偶然が重なるとは、全く思いもしなかったことだ。


「会いたかったぜ、シルバー」


 ずっと。また会おうと約束をしたあの日から。変わらぬまま思っていた。それはシルバーも同じで。


「ああ、会いたかった」


 別れたあの時は今より子供だった。年を重ねて、仕方ないと分かっていても。成長したところで気持ちはそのままに。
 会いたかった。大切な友に。


「絶対に会おうって。約束は必ず守るって決めてた」

「最後にあんな約束をな……」


 迷惑だったか?
 ゴールドが尋ねると、シルバーは首を横に降った。


「嬉しかった」


 あの時、あの瞬間。溢れた涙はゴールドのその温かな言葉のせい。別れが悲しくなって、同時に温かさに包まれて。
 また会おうという約束はシルバーを支えてくれていた。その言葉があったからこそ、ここまでこれたといっても過言ではないとシルバーは思う。


「約束、ちゃんと守れたな」

「だな。ここで会えたなんて、運命かな?」

「……そうかもな」


 肯定されたことに少し驚きを持ちつつも、隠さず出てきた肯定を嬉しく思う。
 「もし」、と声を発したシルバーに気付くと、ゴールドはシルバーを見た。


「もし、ここで会えなかったら。お前はどうしたんだ?」


 偶然という名の運命が、そうは導かせなかったけれど。もしそうなっていたのなら。
 頭に過った疑問をぶつけると、ゴールドは微笑んで伝えた。


「決まってるだろ? オレはお前に会いに行ったぜ」


 たとえ、それがどんなに遠い地だとしても。なかなか見つからずに困難な道であっても。
 絶対に。必ず。約束を果たすため、に会うために。シルバーを探し続ける。


「オレには、お前が必要だからな」


 迷いなく伝えられる気持ち。真っ直ぐなその気持ちに、シルバーは頬が熱くなるのを感じた。
 いつだって、自分の気持ちをちゃんと伝えるゴールド。欲しい言葉をすんなりと言ってくれるゴールドの存在は、シルバーにとっても大切であり。


「オレにも、お前は必要だ。ゴールド」


 なくてはならない存在。それが、二人にとっての互いの存在なのだ。
 気持ちを伝え合う。空白の数年間を埋めるかのように。


「シルバー」


 名前を呼んで、触れるだけのキスをその唇に落とす。
 そして、まだ伝えていなかった気持ちを伝える。


「オレは、お前が好きだ」


 いつからか抱いていた感情。それがいつなのかは、もうとっくに忘れてしまったけれど。伝えたいと思っていたこの気持ちを漸く伝える。
 ゴールドの言葉を聞いたシルバーは、驚きながらもそれに勝る気持ちを感じた。そして、さっきゴールドがしたのと同じようにそっとキスをして。


「オレもだ、ゴールド」


 優しい笑みは、心を真から温めてくれる。幸せな時間は、まだこれから。

 長い、長い、空白の時間。
 必ず守ると誓った約束は、偶然という名の運命によって二人を再び巡り会わせ、思いを通わせ新たな生活が始まる。

 ずっと思っていた。会いたいと。
 ずっと想っていた。お前のことが好きだと。

 気持ちを通じ合わせて僕等は進む。
 一緒に並んで、この道を。










fin