学校といえば勉強をする場所。教室といえば普段生活する場所。屋上といえばサボりの定番、なんていったら怒られるだろうけれど。そんな風にどこがどんな場所なのかというのは皆大体似たような感じに捉えているだろう。
 そう、保健室には美人の養護教諭なんていうのはどこの学校の生徒もきっと考えている理想の定番だ。




い世





 今年から保健室の先生が新しくなる、と言われればやっぱり美人が良いと話すのはクラスメイト同士の会話。始業式と同じ日に行われた新任式でその先生の発表があり、そこに現れたのは期待以上の人だった。


「だからサボりに来ちゃダメだって言っただろ?」


 それから数ヶ月が経ち、場所は保健室。授業が面倒だなと思った時には大概屋上でサボっていたオレだけど、今年になってからはこの保健室を訪ねることが増えた。まぁ、流石に授業中は程々に主に休み時間に来てるんだけどな。そもそもサボることが問題って、細かいことは気にすんな。


「具合が悪いからって先生に言ってありますよ」

「本当か?」

「生徒のこと疑うんスか」


 だってお前だしな、なんて言われるくらいにはオレはこの保健室に通っている。この新しい養護教諭であるレッド先生は若くて生徒とも年が近い。だから話しやすく生徒からも人気がある。休み時間に生徒が居ないことは少ない。それでも時間の流れと共に数は減って行ったが、最初の頃は興味本位で来る生徒の数の多かったことといったら。
 かくいうオレは、始業式のその日に保健室に行った。半日だったことを良いことに、時間の許す限り色んなことを聞いた。それから毎日一回は顔を出してるから、結構親しくなったんじゃないかと思う。


「酷いっスね。オレだって体調崩すことだってありますからね」

「それはそうかもしれないけど、ゴールドって風邪とかもあまりひかなそうだし」


 それってどういう意味ですか。別にそんなにひくわけじゃないけど、オレだって風邪ぐらいひく時はひく。どんなイメージなんだって言いたいけど、こう言われたのはレッド先生が初めてじゃない。今までにも何度もある訳で、オレってそういうイメージでもあるのだろうか。全然嬉しくないけど。


「ねぇ、センセー。この時間はずっと保健室に居んの?」


 此処に来てから気になっていたことを聞いてみる。養護教諭だからって、当たり前だけど一日中ずっと保健室に居る訳じゃない。職員室に居たり用があって席を外していることだってある。この時間はどうなんだろうと思っていたけれど「多分そうじゃないか」と返ってきた。その答えに気持ちが踊る。
 授業中に保健室に来るなんて、レッド先生が優しくてもかなりの頻度であれば注意もされる。それでもオレが休み時間だけではなくこの時間にも来るのには理由がある。


「じゃぁ、やっとセンセーを独り占め出来ますね」

「ば、馬鹿なこと言うなよ!」


 頬に赤みがさすのを可愛いなと思っていることは口に出さずに心の中だけに留めておく。そう、オレはこの先生のことが好きなんだ。初めて見た時に綺麗な人だなって思って、それからこうして沢山話をしていくうちに惹かれていった。
 わざわざ授業中にもやってくる理由? そんなの決まってる。休み時間は他の生徒が居ることが多いから。二人っきりになれるとすれば、こういう時間しかない。ただそれだけの理由。


「だって休み時間は、色んな子と楽しくお喋りしてるんでしょ?」


 含みのある言い方をしてみても、先生は「せっかく皆保健室に来てくれるんだからな」と通常運転で返してくれる。多分オレの言いたいことなんて何一つ通じていないんだと思う。
 この数ヶ月で先生が鈍いんだなということは良く分かった。だって、明らかに女の子がそういう目で見ていても全く動じないんだもんな。その子も報われないっていうかその方が良いような気もするけど、結局オレの気持ちも何にも通じてないんだからプラマイゼロだ。
 まぁ、それに気付いたから一度はっきり言ってみた訳で、その結果が少し前の反応なんだけどな。お陰で少しは意味を理解してくれるようになったみたいだけど、そう簡単にいくものではないようだ。


「そういえば、具合悪いってどこが悪いんだ?」

「なんていうか、今更な質問スね」

「聞いてないなと思ってさ。でも、その様子を見る限りサボりの口実っぽいけどな」


 先生の言っていることは間違っていない。サボりの口実というより、先生に会うための口実っていう方が正しいけれど。とりあえず、変に追及されるより前に話を逸らしておくことが賢明だろうか。


「もうすぐ夏休みですけど、センセーは予定あるんですか?」


 季節は夏。始業式はついこの間だった気がしていたけれど、もう一学期も終わるんだな。いつもよりも早く時間が流れた気がする。それも全部先生と出会ったからだろう。それ以外に理由なんて思い当たらないし。
 去年までは長期休みっていえば楽しみで仕方がなかった。学校でダチと遊ぶのは楽しいけれど勉強は嫌いだから、長期休みといえば色んなことをして過ごせる。それが待ち遠しかったというのに、今は逆にまだこなくて良いのにと思う。だって、長期休みに入ったらその間は先生に会えなくなるということだから。


「別に特にないな。オレはもう学生じゃないから仕事だってあるし」

「そうなんですか」


 夏休み、っていっても教師は学校に来てたりするもんな。オレ達生徒のように自由に遊んで過ごしたりは出来ないのは当たり前か。でも、それはつまり。


「なら、学校に来ればいつでもセンセーに会えるんですよね?」


 二学期まで会えないなんて寂しいと思っていた。けれど、そういうことなら学校に来れば先生に会うことは可能なはずだ。部活がある生徒や図書室にやってくる生徒だって居るのだろうから、夏休み中に学校に来ることは問題ない。それで保健室に入り浸るのはどうなのか、という意見もあるかもしれないけれどオレの知ったことじゃない。立ち入り禁止って訳でもないんだから、見つからない限りは他の教師に怒られることもないだろう。


「またお前はそうやって……」

「ダメっスか?」

「そうは言ってないけど、せっかくの夏休みだろ?」


 保健室にやってくるよりも、もっと楽しいことが沢山あるだろう。先生が言いたいことくらい容易に想像することが出来た。そりゃぁ、長期休みなんだから色んなことが出来るけれど。楽しく過ごすにはオレ自身がそう思えることをするってことなんだから。


「だからこそ、センセーに会いに学校に来たいんです」


 オレにとってはそれが何より一番だ。先生と一緒に居る時間が幸せで、そうして過ごせることが嬉しい。
 楽しいと思うことは人それぞれで、オレにとってはこれが楽しいと思う時間。それこそ、夏休みなら他の生徒が保健室を尋ねて来ることなんて殆どないだろうし、先生を独占出来る。……なんてことは、流石に口にはしないけれど。


「まぁ、ゴールドがそうしたいんだったら、オレは大歓迎だけどさ」

「じゃぁ夏休みも保健室に来ますね!」


 ニコッと笑みを浮かべながら伝えると、「楽しみにしてるな」と先生も笑い返してくれた。これで夏休みも先生と会う約束をすることが出来た。先生に会えないのならまだ来なくて良いと思ったけれど、二人きりで過ごせる時間が増えるのなら早く夏休みが来てほしいと思う。そんな風に考えるあたりオレも単純だな。相手が先生だから、だけどさ。
 そうこう話しているうちに、校舎内にはチャイムの音が鳴り響く。授業の時間ってこんなに早かったんだ、と思うのは何度目だろうか。今年に入ってからよく思うことだから回数なんて数えていない。


「ほら、もう休み時間だぞ。次はちゃんと授業に出ろよ?」

「分かってますよ。また後で来ますね、センセー」

「あぁ、待ってるよ」


 他の生徒が来るよりも前に保健室を後にする。教室に戻ればまたサボりかと友人に言われたけれど、適当に話を流してはいつものようなくだらない会話を繰り広げる。
 さて、次はいつ保健室を訪ねようか。
 始業のチャイムが鳴り授業が始まると、黒板の上にある時計に目をやる。あと数時間くらししたらかな、と考えると今度こそ授業を受ける。サボってばかりだと先生にも怒られてしまうから。


 新しく保健室にやってきた養護教諭。オレ達の学校生活はまだ始まったばかり。
 夏休み明けにはどれほど進展することが出来るのだろうか。二人きりの保健室で一歩ずつ距離を縮めていこう。










fin