「おい、ゴールド」


 呼ばれて振り返れば、そこには見慣れた銀色。クラスメイトでありルームメイトでもある相手。
 ソイツの銀を見返して「何だよ」と短く問えば、何だじゃないと返された。けれど、そう言われたところでこちらに思い当たるようなことはない。だから何なんだと目で訴えれば、今度は溜め息が零された。


「また喧嘩をしたらしいな」

「ああ、そんなことか」


 オレの発言に目の前の友人は溜め息を零したけれど、お前だって逆の立場だったら同じように言うだろう。オレの方が頻度は多いかもしれないが、コイツだって喧嘩をしないわけじゃないのだから。
 まあ、オレの方がしてるけど。だけど一応、喧嘩をしたくてしたわけではないと言い訳くらいはさせてもらう。


「しょうがねぇだろ。向こうが吹っかけてくんだからよ」


 別にこっちから吹っかけているわけではない。向こうが喧嘩を売ってくるから買ってやっただけだ。好き好んで喧嘩をしているわけじゃない。
 ……と、言っても納得されるかは分からない。だけどオレをよく知らない奴ならともかく、コイツなら分かってくれるだろうとは思う。これでもそれなりの付き合いなのだ。


「そうやって相手にするから噂を聞きつけた奴がまたお前の所に来るんだろ」

「んなことオレに言うなよ」


 お前以外の誰に言えば良いのかと言われても困るけれど、オレから喧嘩を売っているわけでもない。かといって、喧嘩を売る相手に言ってくれとも言えないが。

 つーか、そもそもどうしてこんな話になったのか。まずどこから聞いてきたんだよ。今回はコイツと一緒に居なかった時のことだし――なんていうと、普段からコイツと一緒に居るみたいだがそういうわけではない。
 オレがコイツと一緒に居ることが多いのは認めるけれど、それはクラスメイト兼ルームメイトだからだ。自然と一緒に居る時間が多くなるのだから仕方がない……ではなくて。


「オレがどうしようがお前には関係ないだろ」

「オレには関係ないが、今回のことはクリスも知ってるぞ」


 げ、と思わず声が漏れた。
 何でアイツも知ってるんだよと聞き返せば、オレが他校の奴と喧嘩をしたらしいという話を聞きつけた奴がいたらしい。ソイツが話したことを偶然クリスもコイツも聞いていたというのが冒頭の台詞に繋がるようだ。


「誰だか知らねぇけど余計なことしやがって……」


 これは絶対明日会った時に何か言われる。喧嘩なんてするなとか説教されると分かっていて教室に行きたくはないが、あまりサボりすぎると今度は単位が危なくなるからそういうわけにもいかない。サボったらサボったで授業をちゃんと受けろとか言われるんだけどな。


「で、それが言いたかったのかよ」

「いや」


 他に珍しくもない喧嘩の話題を振ってきた理由が思い当たらずに問えば、ソイツは首を横に振ってつかつかとこちらに歩み寄ってきた。そして目の前にやってきたところで立ち止まる。


「……っ!?」

「お前が喧嘩を売ったんでないにしろ、それで怪我をするなんて馬鹿みたいな話だと思ってな」


 何で分かったんだよ、とは聞かなかった。聞くだけ無駄な気がしたから。
 それなりの付き合いであるというのは良いのか悪いのか。分からないけれど、それなりの付き合いだからこそバレたのは間違いない。


「それこそお前には関係ないだろ」

「そうだとしても、怪我なんてしない方が良いと思うが」

「誰もしたくてしてねぇよ」


 なんだか同じようなやり取りを繰り返している気がする。そりゃあ、怪我はしないにこしたことはないだろう。誰だって好きで怪我なんてしないし、健康体でいられるならそれが一番に決まっている。
 コイツは一体何が言いたいのか。喧嘩をしない方が良いとはいえ、するなとは言わないだろう。喧嘩だって好きでやっていることではないし、それをコイツは分かっている。それなら何だというのか。


「つーかよ、結局お前は何が言いたいんだよ」


 しょっちゅう喧嘩をするような奴に怪我をしないように気を付けろと言いたいわけでもないだろう。念の為に言っておくが、怪我は頻繁にしているわけじゃない。掠り傷程度ならよくあるが、腕を痛めたりするのは極たまにだ。
 というか、それが言いたいなんて言われたらそっくりそのまま同じ言葉を返してやりたい。オレより数は少ないとはいえ、同じく喧嘩をしているコイツには言われたくないことだ。


「別に」

「は?」


 短くそれだけを言われて間抜けな声が零れた。それならさっきまでの話は何だったんだと思ったが、言うなり掴んでいた腕もあっさりと放してくれる。


「お前に喧嘩を止めろと言うつもりはない」

「おい、さっきと言ってることが真逆だぞ」


 さっきまでも止めろとは言われていなかったけれど、どちらかといえば喧嘩はしない方が良いという話ではなかったのか。


「言ったって止めないだろ」

「元々好き好んでやってねぇよ」

「そうだな」


 本当に何なんだ。もう一度これまでの話を思い返してみたりもしたが、コイツの言いたいことがさっぱり読めない。言うつもりがない、というわけではないだろうけれど。オレに何かを求めているわけでもないだろうし。
 そう思っていたところで赤い髪が揺れる。自分の椅子に腰掛けたソイツは、せめて湿布くらい貼っておけと言った。


(心配、されたのか?)


 その頭には一応と付くのかもしれないが、少なからず気に掛けられたと思って良さそうだ。分かり辛いけれどそういうところもある奴なのだ。


(ちょっと派手にやりすぎたか)


 喧嘩に派手じゃないものなんてないかもしれないが、今回はそれなりに名前を聞くような奴等に喧嘩を売られて買ってしまった。こっちから仕掛けたわけではないにしろ、心配をかけたのかもしれない。
 だからといって謝ったり、礼を言ったりはしないけれど。でも、コイツのそういうところに助けられている部分もある。勿論、言わないけど。




依存

(この温かさを心地良いと思ってしまうのは、どうなんだろうな)