新年を迎え、初詣に行こうと約束をしたのは数日前のことだ。面倒だとか言う意見もあったけど、せっかくなんだしと行くことになった。
 待ち合わせは、家のすぐそば。オレ達の家が元々あまり離れていないからだ。約束の時間は、刻一刻と迫ってくる。








 何時に約束したのか。なんて忘れたわけではない。けど、オレは未だに家にいた。
 別に好きでいるんじゃない。オレは出掛けたい。だけど、それを許してくれない人がいた。


「もう良いだろ!?」


 このままじゃ、約束に間に合わなくなる。そう思って言ったんだけど、全然聞く耳を持って貰えない。というよりは、分かっていながらスルーされている感じ? オレの言葉なんて全く気にしていないらしい。
 どんな状況かといえば、オレはクリスにされるがままにされている。最初は文句を言ったんだけど、聞き入れてもらえなかった。だから諦めて大人しくしていたけれど、時間が時間だ。


「あと少しで終わるわよ」

「これで良いから! 時間もねぇし」


 本音を言えば、もう止めて貰いたい。そもそも、どうしてこんなことになっているんだ。
 事の始まりは昨日。クリスが明日は予定があるのかって聞いてきたんだ。それにオレは初詣に行くとだけ答えた。オレが誰と行くかは分かっていたようで、クリスは何か思いついたように明日の朝に家に来るって言ってきた。
 まさかこんなことをされるとは思ってなかったけど。


「大丈夫よ。待ち合わせはすぐ近くなんでしょう?」

「そうだけど、まだ準備もしてないんだから」


 何をされているのかって? クリスが人の意見を無視してオレで遊んでる。オレは着せ替え人形でもなんでもないっていうのに。
 百歩譲って服選びをしようとするのは良いとしてもだ。なんでこんな格好をさせられなくちゃいけないんだ。正月だからって、わざわざ着物なんて……。


「言っておくけど、その格好で行くのよ」


 オレの心の内でも読んだのかよ。着替えてから行こうとしていたことを見事に当てられた。
 クリスには悪いけれど、オレはまずこんな格好は似合わないんだ。それにこういう服は着慣れていない。何より、この姿でアイツに会うなんて出来ない。
 反論しようとするけれど、それはクリスによって拒まれた。


「可愛いじゃない。何も心配なんていらないわよ」


 そんなこと言ったってな……。絶対おかしいって自分で思う。ひらひらとした振袖を着て出掛けるなんて。
 いくらクリスにそう言われたって、オレにこの服を着て出掛ける勇気なんてない。


「無理だって。絶対笑われる」

「そんなことないわよ」

「あるって!」


 無いなんて言いきれる訳ないだろ。そりゃぁ、クリスみたいな奴が着れば似合うだろうとは思う。
 一応オレだって女とはいえ、可愛い服とかは似合わないタイプなんだ。昔から女物はあまり着ないから、変なんだよな。


「アンタ、そんなに言うほどじゃないわよ? 似合ってるわ」


 全然そうは思えない。まず、自分からこんな格好をしようとすら思わないっていうのに。今日だって、別に普段と同じようは服で行けば良いと思ってたんだ。それが、クリスの思いつきでこうなって。でも、このままでは行けない。
 言い争っている間にもどんどん時間は流れていく。本当に時間がなくなる。


「とにかく! オレは着替えるから!!」


 はっきりと言えば、クリスから不満の声が上がる。せっかくお洒落をしたのに、と。
 でも、無理なものは無理だ。さっさと着替えようと服に手を伸ばすと、遠くから母さんの呼ぶ声が聞こえた。


「ゴールド! シルバー君が来たわよ」


 その言葉に慌てて時計を見た。確かに、もう約束の時間が過ぎている。あれだけ気にしてたのに、オレは何やってるんだろう。
 とりあえず、分かったとだけ返事をして急いで着替えることにする。……はずが、クリスは突然オレの腕を引いた。そのまま歩いて行く先は、容易く理解できる。


「ちょっ、クリス!!」


 なんとかクリスを止めようと声を出したものの、何も変わらない。それどころか、オレに着替えさせないつもりだ。
 部屋から玄関まではあっという間で、数十秒で辿り着いた。ただし、最後まで抵抗しながら。


「本当に無理だって! クリス!!」

「何よ今更。大丈夫よ!」


 ギリギリ玄関から見えない位置での攻防。これ以上はダメだ。ここが最終ライン。ここでクリスを説得しないといけない。


「何をしている……?」


 呆れたような声は、約束の時間になっても来ないオレを迎えに来たシルバー。やたらと聞こえるオレ達の声に抱いた率直な疑問だろう。
 すぐに何でもないと返すが、着慣れない服のせいか。ちょっと力を緩めた瞬間に、クリスに思い切り引っ張られた。


「シルバー、明けましておめでとう」

「あぁ、おめでとう。それで、何をしていた……」


 先に出たクリスが挨拶をすれば、シルバーも挨拶を返す。その後の言葉が続かなくなったのは、オレがクリスに引かれて出て行ったから。
 あー、これをどうしろっていうんだよ。だから嫌だったっていうのに。


「えっと……明けましておめでとう、シルバー」


 なんとかそう言えば、シルバーも先程と同じように挨拶をしてくれた。
 だけど、どうすれば良いんだよ。なんか妙に沈黙になって気まずいし。何でも良いから話すこと考えないと。


「時間、ごめんな。わざわざ来てくれて」

「いや、別に大丈夫だ」


 いつもと大して変わらない会話なのに、次が出てこない。もうオレの頭の中はいっぱいいっぱいで。


「あ、すぐ着替えて準備してくるな!」


 逃げるように言ったオレを止めるように、クリスは名前を呼んだ。でも、これ以上はオレも堪えられない。
 家の中に戻ろうとした時、また腕を捕まれた。ただ、そのしっかり捕えられた感覚は、さっきとは違うことに気付いた。


「シルバー?」


 今度オレを引き止めたのは、シルバーだった。真っ直ぐに銀色の瞳がこっち見てきて、思わず足を止めた。


「着替えるのか?」


 出てきた言葉に、オレは意味を理解できずに首を傾げた。こんな格好で出掛けられないから、着替えようとしたんだ。似合わないし、恥ずかしい。何より、新年早々から気まずい空気なんて真っ平ゴメンだ。
 けど、シルバーは何かを言いたそうにしている。何だろうかと思っていると、隣でクリスが靴を履き出した。


「ゴールド、私は帰るわね。お母さんの手伝いがあるから」

「あ、うん。気を付けてな」

「二人も仲良くね」


 それだけ言い残して、クリスは帰って行く。クリスの奴、わざわざオレにこの格好をさせるためだけに来たのかよ。
 残ったのは、オレとシルバーの二人。


「シルバー、オレ着替えてきて良いか?」


 未だに掴まれたままの腕を見ながら尋ねてみる。やはり銀は揺れることがない。そのまま少し待ってみれば、シルバーが口を開いた。


「そのままで良いだろ」

「え?」


 そのままって、この格好のままってこと? でも、これで出掛けるなんて……。


「だって、変だろ? 似合わないし……」

「そんなことはない。似合っている」


 思ったまま口にしたら、シルバーから出て来たのは予想とは正反対の言葉だった。
 似合ってるとか、絶対言われないと思っていた。女らしい服とは無縁のオレがこんな格好をして、おかしいだけなのに。


「でも…………」

「せっかく着たんだろ。着替える必要はない」


 まさかそんな風に言われるなんて思っていなかった。こういう服を着るのは自分では似合わないと思うし、恥ずかしいから着たいとも思わない。
 だけど。
 滅多にこんな服は着ないけれど、シルバーがそう言ってくれるなら着てみるのも悪くないかもしれない。たまには、女の子らしい服も。


「じゃぁ、すぐ用意してくるから」


 今度は着替えるわけではなく、持ち物を取りに行く。パタパタと部屋に戻って、必要な物を手に取る。


「お待たせ」

「行くか?」


 シルバーの言葉に、オレは頷いた。
 約束の時間から結構経ちながらも、漸く出掛ける。慣れない格好で出歩くのはやっぱり恥ずかしいけれど、大好きな人が似合ってると言ってくれたから。女の子らしく過ごしてみようか。


「シルバーは何をお願いする?」

「さぁな」

「教えてくれたって良いじゃん」

「そういうお前はどうなんだ?」


 同じ質問を返されて秘密と答えれば、結局お前も教えないじゃないかと言われる。それを笑って誤魔化して、早く行こうと足を速めた。

 何を願うのか。
 教えられないのは、それが一番近くにいるアナタのことだから。

 大好きなアナタと一緒にいられますように!










fin