出会ったのは偶然だった。同じ学校の生徒、けれど別の学年。同じ部活に所属している訳でもなければ、近所に住んでいる訳でもないし知り合いでもない。同じ学校に通っているというだけあって、お互いに顔を知らなかった訳ではないけれど。
 ちょっとした出会いをしてから、先輩の方は何かと声を掛けてくるようになった。そしていつからか、自然と一緒に居る機会も多くなっていた。




に身





 放課後になって帰ろうとしたところで、いつもの先輩に会った。否、会ったというより向こうがわざわざ二年の教室までやってきているだけの話なのだけれど。「一緒に帰ろうぜ」と笑って誘いに来た先輩に断る理由もなく、二人で帰り道を歩く。


「もうすぐ期末か。この前中間だったのに、テストばっかりで嫌になるよな」


 七月に入り、テスト期間ということでどこの部活ない。歩いている途中に同じ制服を着た人達を何人も見掛けたのはその為だ。ちなみにオレも先輩も部活動には所属していないから、そんなことは関係ないのだが。


「先輩は勉強しなくて良いんですか?」

「……こういうモンは、やってみればなんとかなるぜ」


 そういうものなのだろうか。そんなことはないだろうと思いつつ、適当に相槌を打つ。だから点数が危ないのではないのだろうと言うのは止めておく。本人だってそれくらい分かっているだろうから。
 先輩も今年は受験生であるからと少しは勉強もするようになったらしい。といっても、本人曰くであるが。だが、今までは赤点ギリギリばかりだったのがこの前の中間ではそんな点を取らなかったと言っていた。それを聞く限り、一応勉強もしてはいるのだと思う。


「真面目にやっておけばこの先の為になるんじゃないですか」


 先輩の場合、と付け加えれば「分かってるよ」と投げやりの返事がくる。そんな風にオレが話すのにも理由はある。中間テストの結果を聞いて、先輩は勉強をやらないだけだと気付いたから。
 やれば出来るけれど嫌いなものは進んでやりたくない。やらなければ当然何も分からずに悪い点を取る。先輩は今までこれをループしていたのだ。つまり、やればその分だけちゃんと覚えることが出来るのだ。中間が終わった後に、宿題が分からないからと質問をしたら暫く読み込んですぐに解き方を教えてくれたのだから間違いない。点を取っておけばこの先にどの道に進むとしても損はないだろう。


「本当、三年になると周りが五月蝿くなるんだよな」

「それは日頃の行いでしょう」

「お前が言えることじゃねーと思うけど?」


 確かにその通りでオレは言葉に詰まる。授業をサボり気味なのはどちらも同じ。オレはテストで赤点を取るような真似は絶対にしないけれど。サボることについては注意をされるけれど、点は取っているからその辺のことを言われることはない。先輩はそれを含めて、三年になってから周りの人に注意をされたのだろう。


「そういや、最近はどう?」


 主語が抜けた質問だったけれど、何について聞かれていたのかは理解出来た。だから「最近はないです」と答えれば、「そうか」と安心したように柔らかな笑みを見せた。休み時間や放課後、時には授業中に会ったりもするけれど学年も違うのだから四六時中一緒に居るのではない。だからこうして時々オレのことを気に掛けて尋ねてくれる。
 オレ達が出会ったのは去年。生まれ持った容姿のせいで、何かと絡まれることがあった。こちらは何もしていないというのに、適当な理由を付けて喧嘩を吹っかけてくる。そんな奴等の相手をしていたある日、先輩が間に割って入った。


「何かあったらいつでも言えよ」

「別に先輩に頼らなくてもオレは大丈夫です」

「可愛くねーな……。そういう時こそ先輩に頼るもんだろ!」


 頼らなくても一人で解決出来るんだが、とは口に出さずに飲み込んだ。あの時も別に困っていた訳ではない。面倒だとは思ったけれど、いつものようにやり過ごせば良いと思っていたし、そうするつもりだった。
 それをこの先輩が間に入ってその件は一段落。余計なお世話だと言ったけれど、この人はそれを否定した。困った時にはお互い様だなんて言っていたけど、困っていた訳ではないと言えば細かいことをいちいち気にするなと言われた。
 それから色々とあって、こうして一緒に居るようにまで進歩した。先輩にも色々とあるらしいとはその間に聞いた話だ。


「まぁ、どんな奴相手でもオレがなんとかするからよ」


 お前は手を出したりするな、ということなのだろう。言葉の裏に隠された言葉を読み取る。今まではそうしてきたとけれど、先輩に会った時にもうするなと釘を刺された。その代わり自分が全部何とかするからと言い出したのだ、この人は。オレもそれを受け入れようとはしなかったが、最終的に押し切られた。
 そんなことを言ってきたのも、悪目立ちをするからだというのは分かっている。ただでさえ容姿のせいで目立っているというのに、おまけに喧嘩ばかりとなれば教師にも目を付けられる。今更ではあったが、お前みたいな奴は普通に生活して良いんだとか言われた記憶がある。


「後で困ってもオレは知らないですから」

「そんな問題起こさねーよ。オレの場合は今更だし」

「オレがそれを言っても聞かなかったくせに」

「それとこれは別。お前は何も悪くねーんだから」


 それは先輩も同じだと知っている。前に聞いた話では、先輩もオレと同じような理由で喧嘩をよくしているというものだったから。要はどちらも同じ状況だったのだが、先輩はそれで既に一年学校生活を送っていたのに対してオレはまだ数ヶ月。今ならまだなんとかなると言われ、実際にこちらからは何もしなくなった為か教師に問題視されることはなかった。オレの不本意ながら、その分も全部片付けている先輩はそういう意味でも問題視されたが、一年の時からだから特に何も変わっていないらしい。


「先輩、オレのことを気にするより自分の進路を考えた方が良いんじゃないですか?」

「あー……その話はもう良いから。さっきのをまた掘り返すなよ」


 勉強や進路の話はもう十分だということだろう。その辺は先輩のことだからオレも口出ししようと思う訳でもないが。けれど、いつまでもこんなことを続けていたら不利になるのではないかと思う。それこそ、今更どうしようもないことだと先輩は言うのだろうけれど。
 でも、オレの為にこれ以上喧嘩をする必要がないとは思う。否、元々思っていたけれど先輩に言い包められていた。三年の一学期も終わるそんな時期、もうこれ以上は流石に止めて欲しいと思うんだ。


「シルバー、これはオレが好きでやってることだから」


 落ち着いた声でそう言われた。オレは何も言っていないというのに、まるで心の中を読んだような言葉だった。気にするな、と暗に言われても納得出来ないこともある。


「いつも先輩はそう言いますけど、このままだと…………」

「大丈夫だから心配すんな。オレだってちゃんと考えてるからさ」


 そう言われても気になってしまう。だが、と言いかけた声は「最初に言っただろ」と話す先輩の言葉に遮られた。そして、それを同じ台詞を繰り返す。


「オレはお前のことを好きで守ってる。お前が怪我するのなんて見たくねーし、オレみたいになって欲しくもない」


 それと。お前のことが好きだから。
 最後にそう言って、先輩はニカッと笑った。この中には嘘なんて一つもないのだろう。どれも本当に思っていることなんだということは、偽りのない笑顔を見ればすぐに分かる。そうは言っても、最後のはどうかと思うのだが。ここはまだ学校からの帰り道で、いくら人通りが少なくても他にも人が居るというのに。


「…………先輩には羞恥心ってないんですか」

「オレは思ったことを言ってるだけだぜ?」


 なんだったら幾らでも言ってやるけど、なんて言い出したのには全力でお断りした。詰まらないなんてボソッと呟いているけれど、ここが公共の場であることを考えて貰いたい。どうしてこういうことを簡単に口にすることが出来るのだろうか、という答えは「好きだから」と返されたことがあるからわざわざ問わないけれど。
 そんなオレの様子に気付いているのかいないのか。先輩は一呼吸おいてから、空を見上げて。


「いつまでだって、オレがお前のことを守るから。だから、一緒に居ようぜ、シルバー」


 きっかけは、単なる偶然。同じような立場で、いつしか共に居ることの多くなった学校の先輩。一つ学年が違うだけの人で、普段はオレよりも子どもっぽい。だけど、時折こうやって大人っぽい口振りを見せるのだからやっぱり先輩なんだと感じる。


「先輩が先輩らしくなったら、考えます」

「なんだよソレ! 人がそうじゃないみたいに言いやがって」


 ホント可愛くねーんだから、と続けているがその表情は優しいものだ。先輩のことを子どもっぽいと思うことは多々あるけれど、オレはちゃんと先輩のことは認めている。さっきの言葉もただの口実に過ぎない。
 先輩にはなんだかんだで世話にもなっているし、先輩らしくてカッコいいと思うこともない訳じゃない。クラスメイトとも特に仲良くしようとは思わないが、先輩と一緒に居る時間は好きだ。先輩のことをどう思っているか……は秘密だが。


「たまには素直になれよ?」


 おそらくオレの気持ちを理解している先輩がそんな風に話す。努力はします、とだけ答えれば先輩は嬉しそうに「そうか」と言って笑う。本当、この人は表情豊かだ。


「あ、そうだ。コンビニ寄って帰ろうぜ」

「良いですよ」


 じゃぁ決まりだなと目の前のコンビニまで走る様子はやはり子どもっぽい。そんな先輩が嫌いではないけれど。
 一人先に走って行った先輩の後を追って、オレもコンビニに向かう。これからも、きっとオレはこの先輩と付き合っていくんだろうなと心の中でこっそり思う。










fin