「珍しいわね、こんなところまでどうしたの?」
コンコン、とノックしてドアを開けたそこには奥の椅子に腰を掛けている生徒が一人。ぐるりと部屋を見渡す限り、どうやらここには彼女しかいないようだ。
「ちょっとレッド先輩を探しをしてたんスけど」
「レッドなら担任に呼ばれて職員室に行ったわよ。じきに戻ってくるんじゃない?」
そうですかと答えた後輩はどうするか悩んでいるらしい。おそらく教室に行っていなかったからここ、生徒会室まで探しに来たのだろう。ここにいるとも思っていなかっただろうが、教室にいなかったから手当たり次第で探していたところ、彼女が居合わせたお蔭で居場所は分かったけれどすぐには会えないと分かった。だから戻ってくるまで時間を潰すか出直すかを考えているのが現状、といったところだろうか。
この後輩が何の用事で探していたのかはは分からないけれど、レッドと同じ部活に所属しているのだからその連絡か何かだろう。メールの一つでも入れておけば良いのではないかと思うのだが。
「メールじゃダメなの? その方が早いと思うわよ」
「まあそれでも良いんスけど、さっきまで移動教室だったんでついでに寄ったんですよ」
成程、それでレッドを探していたというわけか。移動教室がなかったのならメールで連絡して終わりだったのだろう。ここまで来たなら近いからと直接言いに来たけれどレッドがいなかったから探していたらしい。
それでも教室にいなかった時点でメールをすれば良かったのではないかと思ったのだが、そこは単純に特に用事もなかったからとのこと。時間も丁度昼休みで、しいていうならあまり見つからないと昼食を食べ損ねる可能性があったというぐらいだろう。
「とりあえずお昼を食べてきたらどうかしら。食べ終わる頃にはレッドも戻ってるわよ」
おそらくこれが最善の選択だろう。後輩も納得したようでそうですねと頷いたけれど、どうやらまだ動く気配はない。どうしたのかと目で尋ねれば、先輩はお昼を食べないんですかと質問された。
確かに今は昼休み、それもまだ昼休みになったばかりだ。昼を済ませてから来たにしては早すぎるのではないだろうか。その疑問はもっともで、ブルーは溜め息を吐きながらそうしたいんだけどねと零した。
「何かあるんスか?」
「仕事よ仕事。今日中に終わらせなくちゃならない書類が結構あるのよ」
言われてみればブルーの手元には幾つものプリントが並んでいる。これを片付けていたところだったらしい。生徒会の仕事も大変なんだなと思いながら、次いで出てきた疑問はそれをブルー一人でやるのかというもの。
当然だが生徒会にはそれなりの役員がいる。全員ではないにしても一人で片付けるようなことでもないと思うのだが、それもどうやら当たりらしい。本当は他にもここで机上にあるプリントを片付けるはずだった人達がいるのだと。
「もしかして、レッド先輩とグリーン先輩ですか?」
生徒会長をはじめとしたトップメンバーの名前を挙げれば、その通りだと肯定された。そのうちのレッドは職員室に呼び出されていると先程聞いたばかりだが、それならグリーンはどうしたのだろうか。あのグリーンに限って理由もなくこの場にいないということは有り得ないだろうが。
その疑問は問うよりも先に顧問に呼ばれて出て行ったところだと教えられた。その結果、一人でこの書類に向き合う羽目になっているらしい。
「それなら先輩も先に昼飯にしたらどうっスか?」
「それも考えたんだけど、このままさっさと終わらせて後で奢ってもらおうかと思ってね」
誰にとは言わなかったがグリーンかレッドに……おそらくグリーンの方だろう。いや、レッドにも何かしら奢ってもらうなりするのだろうか。ブルーらしい発言にゴールドは苦笑いを浮かべる。
「そういえば、最近クリスとはどうなの?」
唐突に話題を振られて何と答えれば良いのかと思ったが、とりあえず別にどうもしないとだけ答えておいた。どうして急にそんな話にとは思ったが、単純に気になったから聞いたのだろう。そういうブルーの方こそと聞き返せば、こちらも特に変わったことはないと返ってきた。変わったことなんてそうあるものではないと思うのだが、つまりはいつも通りということなのだろう。
ブルーがクリスのことを聞いたのは二人が付き合っているから。ゴールドが尋ねたのも二人が恋人同士であることを知っているからだ。だからさっきのブルーの言葉もグリーンに向けられたものだろうと勝手に想像していた。
「たまにはデートとかしないの? それとも、デートなんていつもしているのかしら」
「そんなワケないでしょ。遊ぶくらいなら勉強しろって言われますよ」
それはゴールドが宿題をしないからではないのか。宿題のことを忘れて遊び、当日になって見せて欲しいと頼まれば誰だって遊ぶ前に勉強をしろと言いたくなる。きっとクリスは毎回のように頼まれているのだろう。テスト勉強もいつも見ているらしいからその光景が目に浮かぶ。
「じゃあデートは御無沙汰なのね」
「……その話題、そろそろやめませんか」
ここでそっちはどうなのかと尋ねたならいつまでもこの話は続くのだろう。高校生というのは色恋沙汰にも興味がある年頃だが、こちらのことを色々と聞かれても返答に困るのだ。それでも一応、付き合っているわけではあるのだが。
ゴールドの言葉にしょうがないわねとブルーは些かつまらなそうにしながらこれ以上の詮索はやめた。それから手元のプリントに視線を落とした様子からして、丁度良い暇潰しの相手にされているんだなと気が付く。他の二人もいないのだから適度な休憩くらい構わないといったところか。
(ブルー先輩って凄い美人なんだけどな……)
それはゴールドの主観ではなく、誰から見ても美人と言われるような人だ。見た目に騙されるなよ、といつだったかレッドに言われたことがあったがその理由もなんとなく分かる――なんていうと彼女を慕っている友人に怒られそうだけれど。でもやっぱり美人であって、こうしている姿も絵になるものだななんてこっそり思う。
ふと、思い出したかのように顔を上げたブルーは青の双眸をこちらに向けた。今度はどうしたのだろうかと思ったのだが。
「たまには素直になった方が良いわよ」
何でそんなことを口にしたのかといえば、やはり気になったから。どうしてこんなアドバイスをするのかといえば、普段の二人を想像したら言っておこうと思ったから。
素直になれないのは相手が好きな人だからというのもあるのだろうが、主に性格的なものだろうということくらいブルーには分かっているのだ。何故といわれても困るが、全て女の勘とだけ答えれば納得してもらえるだろうか。たとえ腑に落ちなくてもそういうものかと片付けてくれるだろうけれども。
「そんなに喧嘩してるイメージでもあるんスか、オレ等」
「そうじゃないけど、シルバーから話は聞くわよ?」
一体どんな話を聞いているのかと思いはしたが、溜め息を吐きながらも何かあれば間に入ってくれる友人だ。その中のどれかを聞いたとすればそう言われるのも仕方がない、のだろうか。その友人にも素直になれと言われたことならある。それですぐに素直になれるわけでもないから今も変わっていないのだが、素直になたらなったで色々言われそうなものである。
「…………努力はします」
「それなら、次の休みにでもデートに誘ってみたらどうかしら?」
結局そこに戻るのかと思ったところでタイミング良く――といっていいのかは分からないが、生徒会室のドアが開かれた。悪い遅くなったと入ってきたその人達は現生徒会長達、レッドとグリーンの二人だ。
「あれ、ゴールド? どうしてお前までここにいるんだ?」
ブルーがここにいるのは当然だが、他に人がいるとは思わなかった。とはいえ、相手は見知った後輩だったのでレッドは思ったままの疑問をぶつけた。
それに対して「レッド先輩を探していたんスよ」と答えたゴールドは、ここへ来た目的であった部活の連絡を直接レッドに伝えた。わざわざ悪いなと謝ったレッドに移動教室のついでだったのでと返しながら、用事がなくなったゴールドは三人の邪魔にならないように生徒会室を後にする。
そんな二人のやり取りを眺めながら、こちらでは緑の瞳がじっと青を見つめる。
「あら、どうかしたの?」
「また余計なことでもしていたんじゃないかと思ってな」
「失礼ね、アンタ達が戻ってくるまで話し相手になってもらっただけよ」
それよりここまではもう終わらせたんだけど、と書類の束を指差せば暫しの間の後に溜め息で返ってきた。言いたいことは伝わったのだろう。これはお前の仕事でもあるんだがと言ってはみたものの、アンタの仕事でもあるでしょと返されてしまえばそれまでだ。諦めて帰りにとだけ言ってやれば小さく喜ぶ声が聞こえてもう一つ溜め息。
「残りはこれだけだから、分担して早く終わらせましょ」
「……そうだな。レッド、お前はこれを頼む」
「おう、分かった」
今日も平和に流れゆく昼休み。残っているプリントも早く片付けて昼休みを楽しむとしよう。
放課後には恋人と一緒に約束を。守ってもらう人と取り付ける人と、それがどんな時間になるのかは分からないけれど。恋人と過ごす時間が特別であることはきっと共通しているのだろう。
昼下がりの生徒会室
(さて、恋人とどんな時間を過ごそうか?)