「何でオレなんだよッ!!」


 怒声が教室中に響く。その周りでは「まあまあ」と宥める声が複数。しかし、怒声を上げた本人はとても不満らしく、顔を背けたまま。


「しょうがねぇじゃん。接客が休んじゃったんだからさ」

「一人くらい減っても問題ねぇだろ!」

「ウチのクラスなんか人気で今接客が足りてないんだよ」

「だからって、オレはこっちが忙しいんだっつーの!」


 大声で言い争い、視線は集まるばかり。一体どうしてこんなことになっているかといえば、風邪を引いたと休んだクラスメイトが原因だ。
 決してそのクラスメイトが悪い訳ではない。けれど、その為に人数が合わなくなったのだ。読みが甘かった、というのも理由の一つだが。それ故にこんな現状になっている。


「なぁ、頼むよ。教室も大変みたいだからさ」

「だったらお前が行けって。オレが行ったらこっちが回らなくなるだろ」

「それは、なんとかオレ等で頑張るから」


 忙しい教室の助っ人に誰か一人で良いから来てくれないか。接客用の服なら休んだ奴の分が余ってるから、と頼まれたのは数分前。名前の指定はなく、誰でも良いと言われた。
 それで誰が行くかを決めているのだが、これがなかなか進展がしない。接客組からすれば、誰でも早く来てくれと思っていることだろう。しかし、事は簡単に決められることではないらしい。


「別にオレが此処なら普通に回るだろ。円滑に進めるなら、絶対オレはこっちに居るべきだ!」


 そうしなければ今度は厨房が足りなくなってしまう。今だって、次々の注文に対応すべく休む暇なんてない。話しながら作業が中断されているのは、あまり好ましくない状況だ。
 ついでに言えば、厨房組はリーダーがいて成り立っているようなものだ。全員調理に携わっているが、中心人物が居てこそ。そこが欠けてしまうのは厨房組としても痛い。


「オレ達だってやれば出来るんだ。心配すんな」

「そういう問題じゃねぇだろ」

「頼むって! 接客はオレ等には荷が重いし。ゴールドはそういうの得意だろ!?」


 そんな理由にゴールドは反論し言い争いは暫く続いた。
 しかし、最終的にはゴールドが強引に教室から押し出されることとなって、この争いの終止符が打たれた。


カー




 全く、荷が重いとは何を思って言っているのか。アイツ等もオレと変わんねぇじゃん。接客は苦手分野ではないけれど。一対多数とか、明らかに皆で落とすつもりだろ。
 ジャンケンで平等に決めようって言ったところで拒否されるし、最終的にゴリ押しでほぼ強制だし。後で厨房が回らなくなってもオレは知らねぇからな。


「何でオレがこんなモンを着なくちゃいけねぇんだよ」


 手元にあるのは、フリルの沢山ついている黒を基調にした服。ヒラヒラとしたスカートは、女の子が着るには可愛いのではないだろうか。別にそういう趣味はないけどな。
 だったら何でそんな物を持っているかって? それはオレが聞きたい。本来であればオレがこれを着る必要性なんてなかったはずだ。いくら今日が学園祭でうちのクラスがメイド喫茶をやることになっていたとしても。オレは厨房に回っていたから。


「……アイツ等、覚えてろよ」


 絶対今度何かしてやる。まず、どうしてうちのクラスが人気になっているのかは謎だ。学園祭だからこその出し物ではあるけど。接客組にも男子は居るけど、それはちゃんとクジで平等に決めたんだ。クジならオレも諦めるけど、これはイマイチ納得出来ない。
 つっても、早く行かないと文句言われるのは目に見えてる。溜め息を一つ吐くと、諦めて接客組に加わるべく準備をすることにした。


「あれ、ゴールド。お前が来て大丈夫なのか?」


 クラスに行くと接客組の一人がそう声を掛けてきた。厨房側に誰か来てくれと頼んだけれど、オレが来るのは予想外だったらしい。
 全く、オレもそう思うんだけどな。どうしてこっちに行く流れにされたんだよ。


「押し付けられたんだよ。強引なアイツ等に」

「そういうことか。あーでも分からなくもねぇかも」


 どういう意味だよ、それ。言えば深い意味はないなんて返されたけど、ならどんな意味で言ったんだよ。分からなくもないって何なんだ。本当、分かんねぇ。


「だけどさ、それって厨房が大変になりそうだよな」

「オレがそう言っても聞いて貰えなかったんだよ。人に押し付けたからにはアイツ等も何とかするだろ」

「相当根に持ってんな、ゴールド」


 まぁ、こんなことになれば誰だって思うだろう。いつまでも言ってても仕方ねぇから、これを着る時点で諦めた。それでも不満はあるから文句が出てきちまうのもしょうがないことだ。別にそこまで根に持っている訳ではない。
 それにしても人が多いな。人気である理由なんて知らないけど、これは人手が欲しくなるのも無理はないかもしれない。これは流石に予想出来なかったな。とりあえずクラスメイトに簡単に話を聞いて、オレも接客に回ることにする。

 厨房から接客に回ってどれくらい時間が経ったのだろうか。そんなことを気にしてる余裕はない程に、一つ終わっては次に回っていた。厨房もそうだったけど接客もひたすら流れ作業だ。
 流れ作業のようなものだったから全然気付かなかったんだ。振り返ってから、しまったと思ったがもう遅い。


「ゴールド……?」


 聞き慣れた声に見慣れた赤。かろうじて「いらっしゃいませ」と言い切れたから良かった。けど、向こうは明らかに不思議そうにオレのことを見ている。
 事前にオレは厨房だってコイツに言ってあったもんな。それが接客に回ってれば驚くか。絶対にそこじゃない部分を気にされているだろうけど。


「これには色々あってだな……つーか、お前ってこの時間は店番じゃねぇのかよ」

「色々って何だ」

「色々は色々だ! それよりオレの質問に答えろよ」

「オレはもう交代だ。お前のクラスとは店番の時間が少し違うからな」


 ああ、そういうことか。オレとコイツ、シルバーは今年は別のクラスになった。店番の時間はクラスによって自由に決めることが出来る。大体同じような時間にしたけれどコイツの方が早かったんだな。
 否、だからって此処に来る必要はあったのか? その前に、何の為にシルバーはうちのクラスに来たんだ。学園祭で一緒に回ろうって話はしてたけど。


「それで、何でうちのクラスに?」

「お前が終わるのを待っている間、適当に歩いていたら偶然通りかかった」


 何だよその理由。つまるところ、ただの偶然なんだな。よりによって此処を通らなくても良いじゃんか。通っても教室の中まで見なければ良いものを。
 あー……どうしてこんな格好でコイツに会っちまうかな。時間的に接客になってもコイツには会わないだろうと思ったのに。からかわれる前に話を逸らそう。


「オレまだ店番だから悪いけどどっかで待っててくれよ」

「……ゴールド、何か勘違いしているなら言っておく」


 勘違いをしてるならって、そんなことあるか? まだ交代には少しあるから、待っててと頼むのは当然の流れだろ。それ以外に何かあるのか、それともまだ言いたいことでもあるのか。
 そう考えていたオレの考えはどれも当たることなく、続けられたシルバーの言葉は予想もしていなかったものだった。


「オレは冷やかしに来た訳ではない」

「冷やかしじゃないって、どういう意味だよ」

「来たからには、ちゃんと客であるという意味だ」


 シルバーの言っていることをオレが理解するまでに幾らかの時間を要した。学園祭で展示をしている所に来て何もしないで出ていくのならそれは冷やかしだ。そうではなくて客であるってことは。
 そこまで考えて「別に何も買わなくても良いから!」と言うけど「どうせあと少しなんだろ」と言われてしまえばそれはその通りなのだ。更に「客を追い返すのか?」なんて聞かれたら、はいなんて言える訳がない。オレは仕方なくシルバーを中に案内することになった。

 とりあえず、メニューを渡して注文を受ける。それを裏に伝えて、そこから厨房に連絡をするっていう流れだ。そうはいっても、ある程度はこっちに持ってきてるから用意するのに時間は掛からない。厨房に連絡をする理由はそれが減ったからという意味で。
 それを運んだら次の接客に回る。そんな風にしてやっているんだけど、席を離れようとするオレの右手が捕まれる。誰が掴んだかなんて、この状況では一発で分かる。


「シルバー、オレ他の所にも行かないといけないんだけど」

「ちょっとくらい良いだろ」


 全然良くないんだけどな。これでも結構皆忙しく次々と回してるんだから。だけど、シルバーはなかなか手を放してくれる様子はない。最速をするように名前を呼べば、銀色がこっちを見据えた。


「そんな恰好をしているお前が悪い」


 オレが悪いって言われても、オレだって好きでこんな恰好はしてないし。そもそも、どうしてそんなことを言いだすんだろう。
 その疑問は、問うよりも先にシルバーに気付かれたようで「可愛いから」と短く答えられた。それこそ意味が分からなくて、「は!?」と反論するものの、顔に熱が集まっている気がする。


「他の奴の所になんて行かないで欲しい。……だが、お前も店番中なのだから仕方がないか」


 ぎゅっと掴んでいた手が解かれる。自由になった右手、これで此処を離れることは出来る。
 だけど、このまま行くのは何か悪い気がする。こういう表情をされると、接客に戻るに戻れなくなってしまう。でも店番中である限り、自分の仕事はきちんとやらないといけない。


「もうすぐなんだから、大人しく待ってろよ、シルバー」


 その後は幾らでも一緒に居れるんだから。
 最後の言葉は、騒がしい教室内では消えてしまいそうな声で呟いた。けれど、口元に笑みを浮かべたシルバーには聞こえていたらしい。「あぁ」と言った奴の顔を見て、思わず顔を逸らしてさっさと仕事に戻った。


(……あんなの、反則だ)


 そうだ、こんな恰好をしているから何か変なんだ。アイツがあんなことを言うのも、オレがこんなことを思うのも。
 それ以外に理由なんてあるはずがない。あってたまるか。


 交代まで後数分。一緒に学園祭を回る時には、きっといつも通りだ。


(ああもう本当、アイツ等覚えてやがれ!)


 まさか厨房から接客に回ることになるとは思わなかった。ついでに予想外の出来事がこうも立て続けに起こるなんて、全く想像していなかった。

 学園祭は、まだまだ続く。










fin