この間漸く期末テストが終わり、夏休みは目前。授業の度に行われるテスト返却に一喜一憂しながら過ごす今日この頃。その多くは予想通りの点数ではあるが、その時間はあまり好きではないという人が多いのではないだろうか。
テストを全部返却し終えると次に答え合わせ。ちゃんとテストを直せと言われようがどうせそれっきりのテストにそんなことをするのも面倒だ。教師側からすれば復習しろという話なのだが。
そんな答え合わせも終わって少しだけ余った時間。そういえば、と切り出した教師の話だけは何故だか頭に残っていた。
幾億千の輝きの下で
学校中に鳴り響くチャイム音。次々と教室を出て行く生徒達。そんな姿を教室の窓から眺める。つい数十分前までは教室中が騒がしかったというのに、今は外でがやがや声が聞こえる分教室内は静かなものだ。
「何をしている」
後ろから掛けられた声に振り返れば、見慣れた赤い髪が風に揺れている。「別に」とだけ返せば「そうか」と言って自分の席まで歩くと鞄を手に取る。その様子を見ていると、ふいに銀色と目が合った。
「帰らないのか?」
「いや、帰るぜ」
部活もないのにわざわざ残っていたのは、日直の仕事があったからだ。それも先程シルバーが日誌を届けてきてくれたお蔭で全部終わった。後残っていることといえば、今開けているこの窓を閉めることぐらいだろう。
しかし動く様子のないゴールドに疑問を浮かべる。帰ると口では言っているものの、これはまだ帰る気がないだろうとはシルバーの見解だ。このまま放っておいて帰っても良いのだが、いつからか自然と一緒に帰っている分それもどうなのか。
「なぁシルバー」
そんな中聞こえてきたのは、この教室に唯一残っているその人の声。また窓の外に視線を向けながら話を始める。
「今日は七夕だろ。これだけ天気も良ければ天の川とか見れそうじゃね?」
七月七日。世間でいう七夕。そういえば国語のテスト返却の際に余った時間でそうな話をしていたな、とシルバーは思い出す。珍しく話を聞いていたのか、とは突っ込まないでおくことにして金色が見ている外の風景に視線を投げれば、確かにこのままいけば夜は沢山の星が見られそうだと考える。
「織姫と彦星は年に一回しか会えなくて可哀想だ、とでも言うつもりか」
「そういうシルバーは何も思わねぇのか。相変わらず冷たいな」
年に一度しか会えないといわれる七夕伝説。所詮は伝説の上での話だろうとシルバーは思うのだが、どうもそういうものではないらしい。
そういえば前にクリスマスでも似たようなやり取りをしたことがあった。サンタは架空の人物である、なんて殆どの人間が知っていることだ。当然シルバーもそう言ったけれど、それに対して夢がないと言ったのはゴールドだった。
「逆にお前が年に一回しか会えなかったらどうなんだよ」
「星の一生と人間の一生は違うと思うが」
「細かいことイチイチ気にしてたら話が進まねぇだろ」
こんな風に話しているが、別にゴールドだってサンタを信じている訳でもなければシルバーの言っていることも理解している。どうせならこう考えた方が良いだろ、というのがゴールドの意見である。だからといってロマンチストという程でもないのだろうが、そういう思想を持ってはいるのだろう。
「試しにやってみる? なんて、出来るもんでもねぇけどな」
一年間会わずに過ごす、なんて同じ学校のクラスメイトな二人が実行するのは難しい話だ。それこそこの先進路が別々の道へと進めば出来ないだろう。
けれど、例え進路が違っても一年も会わないなんてことをしようとは思わない。会おうと思えば会える距離で無理に会わないようにする理由なんてないのだから。勿論この提案も冗談で言っているのであって全然本気ではないのだ。
「仮にやったとしたら、お前が早々に音を上げそうだな」
「それはこっちの台詞だぜ? シルバーちゃん」
売り言葉に買い言葉。仮定の話でしかないけれど、どちらも譲ろうとはしない。互いに相手の方が先に耐えられなくなると思っている。それだけ自信があるという訳だが、生憎試すことは叶わないのだから結果は不明のままだ。
目を逸らさず交えたままになっている金と銀。双方とも視線を外すことなく見詰めたまま、どれくらいかの時間が流れた後に動いたのは。
「……やっぱ、お前の方が先じゃん」
ほんのりと染まった頬。これは暑さのせいだから、と声には出さずに言い訳をしておく。
保たれていた均衡が崩れたその時。近づいてきた銀色はそのまま唇に触れた。静かな教室で立った二人、誰にも気付かれないようにこっそりと行われた口付け。
「それとこれとは別だ」
「同じようなもんだろ。お前のが先だっつーの」
「目の前でそんな顔してるお前が悪い」
それはどういう理由だと問い質したくなる。そんなこと聞いた暁には、可愛いだの男に対して言うのかという答えが返ってくるのだろう。分かってしまうのも悲しいな、とゴールドは心の中だけで思う。
全く、このままここに残っていたら学校という公共の場所で何をされるか分からない。ずっと寄り掛かっていた窓際を離れると鞄を持ちさっさと教室の扉へ向かう。
「ほら帰るんだろ。さっさとしないと見回りの教師に怒られるぜ」
誰のために日直の仕事が終わってからも残っていたのか、というのは気にしないでおくべきなのだろう。開けっ放しの窓を閉めると、シルバーも自分の鞄を持って教室のドアを潜る。
そして夕暮れの空の下、並んで歩く帰り道。どちらともなく自然と合った歩幅でゆっくりと足を進める。
「そういやさ、七夕だし笹飾りでも作るか」
思わず「今からか?」と問い返す。既に時刻は夕方で、これから準備をするとなれば結構大変ではないだろうか。しかし当の本人は本気らしく「年に一回のお祭りだろ」なんて言っている。一年に一度、というのは間違ったことではないけれど、こういうのは事前に準備をしてというものではないだろうか。
「短冊に何書こうかな」
「どうやって笹なんて用意するつもりだ」
「小さいのでも何でも良いし、探せばどうにかなるんじゃねぇの?」
なんとも適当な言い分だが、探してみないことには分からないのも事実。何かと夢を見ている同級生に付き合うのもたまには良いかと思うことにする。
後で書く願い事を考えておけよ、なんて言っている辺り自分だけでなくシルバーにも短冊を書かせるつもりらしい。最後にやったのは何年前なのかも定かではないが、そういうことを一緒にするのも有りだろう。
「あ、ついでに夜になったら星見ようぜ。この調子なら天の川見れそうだしよ」
もう高校生だし家もすぐ近所だ。少しくらい問題はないだろう。この後は笹を探して笹飾りをゴールドの家で作り、そのまま夜になったら星を見ることになるのだろうと頭の中で整理する。
「織姫と彦星はその時間しか会えないらしいがオレ達は違うからな。ソイツ等の分もオレ達が会えば良いだろ」
さり気ない言葉に不意を突かれる。まさかそんな風に言ってくるなんて予想外だ。なんでコイツはこういう時ばっかり、とはゴールドの心の内だ。
でも、それも良いかもしれないなんて思ってしまったことはここだけの秘密。つい肯定しようとしてしまったけれど口に出さずに良かったとほっとする。流石にシルバーのようにそんなことをさらっと言えるような精神を持ち合わせていないのだ。
「どうした?」
「何でもねぇよ!」
顔が赤いと突っ込まれ、夕日のせいだと典型的な返しをする。さっさと足を進めるゴールドに、小さく笑ってシルバーは早足で追い掛ける。
キラキラ輝く星達に囲まれて一年に一度の再開を果たす織姫と彦星。
沢山の星の下で、彼女達の分も共に過ごそうと誓う恋人が二人。
七夕の夜に願いを込めて。
fin
pkmn別館でお礼に差し上げたものです。リクエストは「学パロシルゴ」でした。
二人は短冊にどんな願いを書いたのでしょうかね。