例えばそう、もしオレ達が――――。


(いや、やめよう)


 もし、なんて考えるだけ時間の無駄だ。有りもしない仮定で物事を考えたところで何かが変わるわけではない。別に変わって欲しいわけでもない。まあ事によっては変わって欲しいこともあるかもしれないが、それでもやっぱり変わることなどないのだから考えるだけ無駄。


「お前は何をしに学校に来ている」


 聞こえてきた声に「一応学生だからな」と答えれば、それなら授業に出ろとこの場には相応しくない言葉が返ってくる。そっくりそのまま返すと言ったオレは間違っていないだろう。
 何せ今は授業中だ。そんな時間に屋上なんて場所にいる理由なんて一つしかない。オレと同じくサボりに来たであろう奴に授業に出ろと言われる筋合いもない。コイツも本気で言っているわけではないんだろうけれど。


「それで、どうしたんだよ」

「理由がなければいけないのか」

「そうじゃねーけど」


 授業をサボる理由なんて面倒だったからとかそんなものだろう。実際オレの理由はそれだけだ。先程のシルバーの問いを他の誰かにされてもおかしくはないだろう。されたとしても答えは変わらないが。それ以外に理由なんてないだろ、などと言ったら教師には怒られるか。
 ただなんとなく、用があって来たのかもしれないと思ったから尋ねただけ。コイツがなんだかんだで人のことを気に掛けていることくらい知っているから。特に何かあったわけではないけれど聞くだけ聞いておいたという話だ。何もないのならそれで良い。


「………………」


 沈黙が苦しいと思うような関係ではない。幼馴染という間柄なだけあって付き合いはそれなりに長い。何も喋らなくても特になんとも思わない。というより、これだけ長い付き合いをしながら話題が尽きないことなんてまずないだろう。そういう奴もいるのかもしれないけれど、とは思ったがそれはそれ。
 ぼんやりと、見上げた空は今日も青く澄んでいる。どこまでも続いている空の下でオレ達が学校という場所に縛られている。学生なんだから当たり前といえばその通り。同じ空の下で大勢の人が色んな場所でそれぞれの目的を持って行動している。


「なあ」


 呼び掛ければ銀の双眸がこちらに向く。それを確認してからオレはつい数分前に考えていたことをそのまま投げ掛けた。特に意味はない、他愛のない話題の一つとして。


「もしオレ達が出会わなかったら、何か変わってたと思うか」


 疑問形でもないそれを彼はどう受け取ったのだろうか。どうせまた唐突なことをとでも思っているのだろう。今に始まったことでもない。それでも律儀に答えてくれるのは、ただの思いつきでも話題を振られたからといったところだろうか。


「変わっていた、と思うのか」

「何も、ってことはないと思うけど」


 つまりそういうことだとシルバーは言った。聞いたのはこちらだというのに結局答えたのもこちらか。同意見だというだけなんだろうけれど。
 もしもオレ達が出会っていなかったら。そうしたら今ここで一緒に過ごすこともなかった。何もかもが今と同じということは絶対にない。しかし、かといってそこまで大きく変わるだろうかと考えてみても答えはノーにしかならない。コイツに出会っていなくてもこの年になれば学校には通っていただろうし、真面目に授業を受けずに屋上かどこかでサボっていただろう。それはシルバーにしても同じ。


「あっという間に答えが出ちまったじゃねーか」

「終わらせたのはお前だ」


 深く考えていたわけでもない。所詮はただの雑談で長く会話をするつもりでもなかったのだろうと的を射たことを言ってくれる。全くその通りだ。やっぱり全部分かっているらしい――ということをオレも分かっているわけだけど。そこは幼馴染だからということにでもしておこうか。
 次にやってくるのはまた沈黙。それは構わないのだけれど、オレは先程自分で問うたことをまだ考えていた。もしもなんて仮定の話、考えても無駄だとは分かっているけれど。


「……それでも、オレはお前に出会えて良かったと思ってるぜ」


 ぽつりと独り言のように漏らしたそれはすぐ隣の幼馴染にも届いていたらしい。綺麗な赤い髪が揺れる。男だっていうのに大した手入れもしていないのにコイツの髪はサラサラで。女子からしてみればどうやって手入れをしているのか気になるのかもしれない。何もしていないだろうけどな。昔から何も変わっていない。この髪も、この目も。


「お前が居てくれて良かった」


 何でと聞かれても困る。幼馴染だから、友達だから。
 幼馴染はともかく友達はシルバーだけではない。それでも、コイツはオレにとって特別でもある。誰だってそういう友達の一人くらい、居るのだろうか。世間一般的な言葉を選ぶのなら親友――という表現は何か合わない気がするけど。そういう特別な存在ではある。少なくともオレにとっては。
 だからありがとうとか、そんなことを言いたいわけではない。そんなキャラでもないし、シルバーだって求めてはいないだろう。そうじゃないんだけれど、しいていうならなんとなく。思ったことが口から出ただけ。


「……オレ達はこれからも変わらない。あの時出会ってからもう十年も経っている。この先も幼馴染で友達で、恋人だろう」


 くだらないことを考えるなとか、やっぱり何かあったのかとか。そういうことを言わずにシルバーはただ真っ直ぐにこちらを見て話した。返事を期待して口にしたわけでもなければ、思っていたことをただ呟いただけに過ぎなかったんだけどシルバーはちゃんと返してくれる。
 幼馴染でもクラスメイトでも気が合ったり合わなかったりはするだろう。けれど、オレにとってのシルバーは全然そんなことなくて特別ともいえるような相手だった。実際、特別と呼べる関係でもある。一緒に居ることが苦でもなければコイツの隣は心地が良いと思ってしまう辺り、相当重症なんだと思う。


「シルバーって時々そういうコト恥ずかしげもなく言うよな」

「お前に言われたくはない」


 オレがいつ言ったんだよと問い返せば自分で考えろと適当な言葉で返ってきた。考えて分かるくらいなら聞いていないが、あえて追求するようなことではないだろう。気にはなるけれどそれまでだ。
 考えるのをやめたオレは隣の奴に体ごと向き合ってその制服を掴んだ。そのまま自身の唇と目の前の幼馴染のソレに押し付けてから手を離し、何事もなかったかのように再び背をフェンスに預ける。


「ありがとな」


 これが何に対してのお礼なのかシルバーに伝わっているかは分からない。だけど伝わらなくても良いと思っている。オレがただ言いたくなっただけのことだから。
 ちらりと視線を向ければ、小さく笑みを浮かべた銀色とぶつかった。ああこれはバレてそうだなと思ったが、隠そうとしたわけでもないから構わないか。コイツ相手に隠し事は出来ない気がする。というよりは、してもバレそうだ。逆にいえばオレも同じくらいにコイツのことは分かるということでもあるけれど。


「ゴールド」


 名前を呼ぶ声が優しげで、どうしたものかと思いながら「何だよ」とだけ返しておいた。本当、オレはコイツには弱いし勝てないと思う。逆もまた然りっぽいけど、それだけ向こうも想ってくれているのなら悪くはないと思う。
 触れた場所が僅かに熱を持つ。ズルいなと思ったけれど、先にズルいことをしたのはこっちだったか。意味のない、無駄だと分かっている質問。思いつきで出てきた問いだと分かっていて、オレが無意識に求めていただろう言葉を的確に見つけてくれる。やっぱりコイツはオレにとって、特別な――――。


「オレ、やっぱりお前のこと好きだわ」

「そうか」


 短くそう返した銀色がオレと同じ気持ちだということは分かっている。だからこれだけで十分。
 これから先もコイツが居てくれれば真っ直ぐ歩いて行ける。授業をサボることが正しい道なのかと言われると難しいものだが、それもオレ自身が選んでやっていることだ。人生なんて障害だらけだろうけれど、シルバーが居るなら乗り越えられる。今までもそうだった。

 だから、これからも隣に居て欲しい。
 ……なんて、言わなくても隣に居てくれるんだろう。そういう奴だ。人間は結局一人では生きていけないものなんだ。互いに支え合ってこの先もずっと、隣に並んでいたい。
 きっと、それも全部彼には伝わっているのだろう。言葉にしないと伝わらないものはあるけれど、言葉にしなくても伝わることはあるから。







(オレの隣にはお前が居て、お前の隣にはオレが居る)