一日の授業が終わって迎えるのは放課後。真っ直ぐ家に帰る者もいれば、部活に走る者、教室に残って雑談をする者も居る。放課後になったばかりの校舎はまだ賑やかだ。
それが一時間もすれば、生徒達のがやがやした声は殆どなくなる。聞こえるのは運動部の声や吹奏楽部が奏でる楽器の音。放課後になったばかりの時に通った時とは大違いである。
「やっと終わったのかよ」
ガラ、と教室の扉を開けるとそんな声が飛んできた。向こうはこちらが来るのを分かっていたようだが、こちらからすればそれは予想外のことで、クリスはドアを開けたままの体勢で立ち止まった。
「ゴールド!? アナタ、どうしてここに……」
「あーもう、そんなことは良いだろ。さっさと帰ろうぜ」
最後まで聞かずに鞄を持って入れ替わるように教室を出るゴールドに、クリスは「ちょっと!」と呼び掛けるが「早くしろよ」と言って振り返るのみ。
どうして待っていたのか。そもそも、そんなに早く帰りたいのなら先に帰れば良かったのではないか。
思うことは他にも沢山あるけれど、理由が分からないにしても待っていたことに違いはない。はあ、と溜め息を吐きながらもクリスも自分の机にある鞄を持って教室を出た。
帰り道に影ひとつ
「それで、私に何か用でもあったの?」
教室を出てから真っ直ぐに下駄箱に向かい、それからいつもと変わらぬ帰り道を歩いている。約束もしていないのに待っていたのだから何かあるのだろうけれど、本人は何も言わない上に変わったところもない。となれば、やはり直接聞く以外にその理由を知る方法はないだろう。
「いや、大した用はねぇけど」
「それなら先に帰れば良かったじゃない」
理由もなく教室で待っていたとは考え難い。だからといって、ただ一緒に帰りたいと思ったからというような理由でないことも分かっている。それだけのことで彼が自分を待つわけがないことくらいはこれまでの付き合いで知っているのだ。つまり、何か理由があるはずなのだが。
(隠してるわけじゃないと思うんだけど)
言いたくない理由があるわけでもない、と思う。そういう風には見えないから。でもそれなら何で、というところまではいくら幼馴染でも流石に分からない。
「それよりクリス、今度の休み空いてるか?」
「え? ええ、特に予定はないけど……」
「先輩がみんなで遊園地に遊びに行かないかってさ」
それはまた唐突な話だとは思ったけれど、考えてみれば唐突なのも珍しくないかとクリスは思い直す。勿論、毎度唐突というわけではないもののいきなり明日出掛けようという話になることは少なくない。
果たして、今回は誰が言い出したのか。レッドかブルーであるのは想像がつくが、聞けばどうやら今回はレッドが言い出したらしい。久し振りに遊園地に行きたいなというその一言で決まったというのだから先輩達は相変わらずのようだ。その場に居なくても先輩達のやり取りが目に浮かぶ。
「もしかして、それを言うために待ってたの?」
「あー……まあ、そんなとこだな」
一応肯定はされたもののこれだけではないのだろう。歯切れの悪い言い方をしているということは他にも何かあるということだ。それに、これだけならメールで一言連絡を入れれば済むような話である。それだけのためにこの幼馴染がわざわざ待っていたとは思えない。本人は大した用事ではないと言ったけれど、一体どんな用事で待っていたのだろうか。
「良いわよ。みんなで遊園地なんて楽しみね」
「じゃあ決まりだな。先輩にもそう伝えとく」
そこで話に一区切りがつく。いつもならすぐにでも別の話題を持ち出すゴールドだが、今日はそのまま二人の間に沈黙が流れる。それなりに長い付き合いなだけあって沈黙が気まずいということもないけれど、いつもと違うゴールドの様子はやはり気になる。
けれど、どうやってそのことを聞こうか。こちらから切り出して良いものかとクリスが考えていたところで、隣を歩く幼馴染が「なあ」と短く声を発した。それに反応するようにそちらを向くと、金色の瞳はオレンジ色の空を見つめたままゆっくりと口を開いた。
「オレ、お前が好きなんだけどさ」
突然の告白にクリスは「え?」と思わず声が出た。何か話があるような感じはしていたけれど、まさか告白されるなんて思いもしなかった。相手は小さい頃から知っている幼馴染で、不真面目な彼とはぶつかり合うことも多々。そもそも、そんな素振りなど見せたことなかったというのに。
驚いているクリスを余所にゴールドはさらに続ける。空に向けられていた金色に水晶を映して。
「付き合って欲しい、って言ったら困るか?」
それはどういう意味なのだろうか。幼馴染にいきなりこんなことを言われても困るか、という意味だろうか。言葉の真意は分からないけれど、クリスの今の気持ちを正直に表すのなら困っているのではなく戸惑っている。ゴールドの言う“好き”は今までの幼馴染や友達としてではない、全く別の意味を持った“好き”だから。
「困るってことはないけど……でも、いつから?」
「多分中学の時。自覚したのがそん時ってだけでもっと前から好きだったのかもしれねぇけどな」
言ってゴールドは笑う。やっぱ驚くよななんていつもの調子で話す彼は今何を思っているのだろう。クリスは誰かに告白をした経験はないけれど、告白というものは緊張したり勇気が必要だったりするものではないのだろうか。
では、この幼馴染もそうなのだろうか――と思ったところで気付く。いつもと違うと感じたのはもしかしてこれを言うつもりだったからではないかと。いつも通りに振舞っているけれど彼も告白をするのに緊張していたんだと、今になって気が付いた。
「ま、すぐに返事をしろなんて言わねぇし、ちょっとは考えてくれると――」
「ゴールド」
おそらく、ゴールドはここでこの話を終わりにしようとしているのだろう。昨日見たテレビの話でも持ち出して、いつもの学校帰りのやり取りに戻ろうとしている。それが分かったからクリスは遮った。
「私も、アナタに言ってなかったことがあるの」
ついさっきまで幼馴染だった相手に告白をされて戸惑うのも無理はない。だから考える時間も必要だと、少し考えてみて欲しいとゴールドが言いたいのも分かった。
でも、ここで言わなければいけないと思ったのだ。本気で気持ちを伝えてくれたんだって、それが分かっているからこそ。あまりに突然のことで驚いたけれど、でもクリスの中でその答えはとっくに出ているから。
「私も前からアナタが好きなの」
今度は金の双眸が大きく開かれる。同じ言葉が返ってくるなんて思っていなかったのだろう。同じ言葉を返して欲しい、とは思っていたけれど。何せ、そんな素振りは今までに見たことがなかったのだ。
「え、いつから?」
「多分、中学生の時だったと思うわ」
それを聞いたゴールドはきょとんとした表情をした後に笑い出した。それにつられるようにクリスも笑う。
自覚をしたのは中学生の時。でも、もしかしたらもっと前から好きだったのかもしれない。小さい頃からよく一緒にいたから分からないけれど、これが恋心だと気付いたのはつい数年前のこと。それからずっと、お互い相手には言わずに幼馴染として過ごしてきたのだ。今日まで。
「お前、そんなこと今まで一度も言わなかったじゃねぇか」
「私だって初めて聞いたわよ?」
好きになった相手が幼馴染だったから、なかなかその一歩が踏み出せなかった。この一歩を踏み出したら最後、幼馴染という関係に戻れないかもしれない。大体相手はこちらのことなんてただの幼馴染としか思っていないだろう。そんなことを思ったのも二人共だったのかもしれない。
二人で笑い合って、それから交わる金と水晶。昨日までと変わらない帰り道の途中でいつもと同じように笑って、そんな中でゴールドはそっと手を差し出すと。
「オレと付き合ってくれ、クリス」
改めて告白の言葉を紡いだ。それにたった二文字、クリスは「はい」と答えてその手を握り返した。
西に傾いた太陽が照らす橙色に染まった景色の中を歩く二人。
これは、数センチほど離れていた影が一つになった瞬間。
fin