太陽に向かって大きな花を咲かせる向日葵。その横を通り抜けて、行く先は見慣れた校舎。鳴り響くのは始業の合図。ガラッという音と同時にやって来る教師と、それに派手な音を加えて生徒が入ってくる。
 今日も一日が始まる。








 慌ただしく始まった、いつも通りの朝。何だかんだで全員出席で始まるホームルーム。チャイムと同時はセーフかアウトか、という疑問は今更ない。
 授業が始まり、五十分で終わり。そしてまた次の授業に移りを繰り返すこと三回。夏休み直前である今日は、半日で授業終了となった。


「あー……暑い」


 夏休み前というだけあって気温はかなり高そうだ。とっくに三十度くらい超えていることだろう。冷房の効いていた教室から一歩出た途端、急に本来の暑さを感じる。
 涼しいから教室に居たいという気持ちもある。しかし、それではいつまで経っても帰れない。そう考えて帰ることにしたものの暑いものは暑いのだ。


「言ったところで涼しくはならないだろ」

「でも実際暑いじゃねぇか」

「黙れ、余計に暑くなる」


 何度暑いと発言したところで、当然だが現実で気温の変化は起こらない。けれど不思議なもので、その言葉だけで何故か余計に暑さを感じてしまう。逆に涼しいと言ったとしても大して変わらないのも不思議なことだ。


「シルバー、どうにかしろよ」

「無理だ」

「ちょっとでも良いから」

「なら、お前がやってみろ」


 くだらないやり取りを交わしながらも、そんなことは出来ないのは百も承知だ。それが出来たなら天気も自由自在に変えられて快適だろう。
 太陽の下を歩くのが億劫だとまでは言わないけれど。日差しが辛いのは、この季節では仕方のない話だ。


「なぁ」

「今度は何だ」


 また馬鹿げたことを言うんじゃないだろうな。そう言いたげにシルバーは返した。
 先程からの発言もそんなつもりで言っている訳ではないのだけれど。そう思いつつもゴールドは次の言葉を言うべく口を開いた。


「何か頂戴?」

「は?」

「つーかくれ」


 疑問形だったはずが、聞き返した途端に命令形に変わる。そんな細かいこと以前にシルバーには話の意図が掴めないのだけれども。
 そのまま暫くの間は沈黙が続いた。話の意図について考えているシルバーの様子を見ながら、ゴールドはそれを破るべくもう一度同じ言葉を繰り返した。


「何かくれても良いだろ」

「何故そうなった」

「だって今日オレ誕生日だし」


 そう言った途端、また沈黙が流れた。先程よりも短いそれを今度はシルバーが破る。


「今日、なのか……?」

「七月二十一日生まれだぜ」


 口にされた日付は、今日の日付と重なる。携帯のディスプレイで確認すれば、一発で確かめることが出来る。
 誕生日は誰にだって絶対にあるものだが、それを大して気にしたことはなかった。だから、今のゴールドの言葉で初めて知ったのだ。どちらも聞きもしなければ話したこともなかったのだから、当たり前なのだけれども。


「だから何かくれても良いんじゃねぇ?」

「それは分かったが、もっと早く言え。今から何を用意しろと言うんだ」


 何を渡そうにも急に言われては用意出来る物は限られている。今すぐに手渡せる物なんて持ち合わせていない。どうせなら事前に言ってくれれば何かしらは用意できたというのに。今更そんなことを言っても仕方がないけれど。


「別に何でも。あ、コンビニで奢ってくれるとかでも良いし」


 思いついたままゴールドは一番簡単な例を挙げる。コンビニくらい帰り道の途中にも何件かある。確か数分くらい先にもあったはずだ。
 しかし、シルバーはゴールドの言葉に顔をしかめた。何も用意していないとはいえ、それで良いのかという疑問がある。いくら本人が良いと言えど、あまり納得がいかない。
 ゴールドはそれに気付いたのか、ニコッと小さく笑った。


「オレはお前から貰えんなら何でも嬉しいからさ」

「だが、」

「良いんだよ。こういうのは、気持ちが大事って言うだろ?」


 催促しておきながら気持ちが大事だとか言ってもあんま説得力ないか。
 そんな言葉を漏らしながら、ゴールドはシルバーを振り返る。その金色の瞳を見て、シルバーは徐に口を開いた。


「お前、午後は用事はあるか?」

「? 何もねーけど」


 質問の意図が分からずにゴールドは疑問を浮かべている。その様子にシルバーはそっと笑みを浮かべた。


「それなら出掛けるぞ」


 それを聞いてゴールドは一瞬きょとんとした表情を見せたものの、すぐに嬉しそうに笑って「おう」と返した。
 どこにとも具体的には言わないけれど、それが意味することは容易く理解できた。簡単に言えば、ゴールドの誕生日だから、ということだ。はっきり言わない辺りはシルバーらしい。けれど、祝おうとしてくれている気持ちは十分に伝わってくる。


「なぁ、どこに連れってってくれんの?」

「行きたい場所があるなら、そこに行くが」

「んー……、シルバーと一緒ならどこでも良いぜ」


 エスコートしてくれるんだろ?
 冗談交じりの含みのある言い方を付け加えれば、シルバーは口角を上げた。


「今日は特別な日だからな」


 そう口にすると、唇にそっと触れた。
 ほんの少しだけの、甘くて、優しい。そんな口付け。


「誕生日おめでとう、ゴールド」


 温かなそれは、心の中にすんなりと入ってくる。此処がいくら人通りが少ないとはいえ、外であることに普段なら言いたいこともあるけれど。今日は、今日だけは、気にしないことにしてしまおうか。
 だって、大切な人がこんなにも祝ってくれるのだから。


「ありがと、シルバー」


 浮かべた笑顔は太陽のように。この青い空の下で花を咲かせる。

 大好きな君からの贈り物。それならどんなものでも嬉しいんだ。
 大切な君の誕生日。だから、最大の祝いの気持ちを君に届けたい。

 今日と云う一日を幸せに過ごそう。笑顔が溢れる素敵な日になるように。











fin