空が青い。その空の上を流れて行く雲を眺めながら、雲は自由で良いよななんて思う。だって、何でも自分の好きに出来るんだぜ? 何も縛るものもなく、気の向くままこっちへふわふわあっちへふわふわ。
ああでも、オレがそう思っているだけで実際は風が吹いたら思っていたのと別の方角に流されたりもするのかな。それとも風に乗って色んな場所に行こうとしているのか――と考えたところで無意味か。
「昼休みも終わりか」
聞き慣れたチャイムの音色が耳に届く。これは始業を知らせる方のチャイムだ。やっと五時間目の授業が始まるのかよと思う反面、後で委員長に叱られるだろうことを考えると溜め息が零れた。自業自得だといわれればその通り、授業を受けるのが面倒でここに居るのだから。
「つーか、何でアイツなんだよ」
思わず溢した本音。オレは可愛いギャルが好きなのに。どうして、よりにもよってアイツなんだよ。この葛藤はオレの中で既に何十回も行われている。
大体、オレもアイツも男だ。男が男を好きになるなんて普通考えられないだろ。世間にはそういう人だっているだろうし、かくいうオレもそういう人間だけれど。補足しておくなら、オレの場合はアイツに限った話だけど、普通の人からしたら大差ないだろう。
「どうして好きになっちまったんだろうな……」
好きになった理由は分からない。いつから好きだったのかも分からない。
それは本当に好きなのかというと思うかもしれないが、それは本当だ。そうじゃなかったらこんなに悩まない。ただ、何でアイツなんだって思うくらいには理由が出てこない。まあ、アイツを好きな理由はあるけど。気付いたら好きになっていたといえば良いんだろうか。恋は落ちるものとはよく言ったものだ。
(好きだからって、どうするでもねぇし)
というか、どうすることも出来ない。普通は好きなら告白をすれば良いという話になるだろうが、それはあくまで男女の恋愛の場合だ。オレの場合、告白なんてしたら引かれるに決まってる。
男友達にいきなり告白なんてされたら冗談か何かと思うのが普通だろうし、本気だったらどうすれば良いんだって困るだろう。友達という関係さえ壊しかねない。そんな告白などするつもりもないけれど、それなら胸の内にくすぶるこの感情をどうしたら良いのか。このまま秘め続ける以外に選択肢はないわけだが、こうやって無意味と分かっていても考えることはしてしまう。それはやっぱり。
(でも好きなんだよな)
伝えるつもりはない。だけど好きという気持ちがなくなるわけではない。
可愛いギャルも好きだけれどアイツはそれとは違う。今までは普通にギャルが好きだったはずなのに、今はアイツのことばかりなんだから本当参る。
「……馬鹿みたいだな」
こんな恋、始まる前から終わっているようなものだ。というか終わっている。これは決して実らない恋だ。
けれど気が付けば目で追っていた。気のせいだと思おうとして余計に惹かれてしまった。それはもうどうしようもないほどで、今はもう忘れようとしたって忘れられないものになっていた。
(何やってんだろ、オレ)
考えるだけ無駄だと知っているのにいつの間にかアイツのことで頭がいっぱいになる。恋っていうのはもっとキラキラしていて、いかにも青春みたいなものじゃないのか。現実の恋はこんなに苦しくて、良いことなんて何もない。別にアイツを好きにならなきゃ良かったなんて思わないけど。
「やってらんねぇ……」
オレは恋する乙女かよ。あまりにも女々しすぎる思考に自分で突っ込みたくなる。というより突っ込んだ。実際に恋はしているけれど乙女ではない。本当にやってられない。ここまでくるともう末期だろう。
「これも全部シルバーのせいだ」
なんて、勝手なことを思ったりして。
「何がオレのせいだ」
返ってくるはずのないものに返事がきてがばりと起き上る。そのまま視線を入口の方へと向ければ、そこにはついさっきまで考えていたその人がそこに立っていた。
「……シルバー、お前サボりかよ」
「サボっている奴に言われたくはない」
それはまあ正論だ。先にここでサボっていたオレが言えたことではない。どうせコイツも授業を受けるのが面倒だとかそんな理由でここに来たんだろう。よくあることだ。
「それより、何がオレのせいなのかと聞いている」
ああ、そういえばそんなことを言ってたな。ってか、何でこのタイミングで来たんだよ。本人に聞かるなんて思いもしなかった。最悪だ。
しかし時間は戻らない。かといって本当のことを言うわけにもいかないから何と答えるべきか。何かそれっぽいこと……と考えてはみたものの良い案は浮かばず。結局「何でもねぇよ」と適当に流した。
「何でもないなら人の名前を出すな」
「あーはいはい、悪かったな」
明らかにシルバーは不満そうな顔をしたけれど、オレはそれに気付かない振りをした。そのことにシルバーは溜め息を零す。
これ以上は聞くだけ無駄だと判断したんだろう。全くその通り、オレはこれ以上そのことについて答えるつもりはない。答えようがないしな。
「まあ良い。それなら話を変えるが、お前は何を怒ってる」
「は?」
次に出てきた言葉が予想外過ぎて間抜けな声が出た。どうしていきなりそんな話になったのか。というか、そもそも怒ってないんだけど。
言えば、機嫌が悪いだろと返される。別に機嫌が悪いってこともないけど……。でも言われるってことは、少なくともシルバーにはそう見えるってわけで。
「昼休み前は普通だっただろ。何かあったのか」
何かって言われても不機嫌なつもりもなかったから困る。
けど昼休み……と考えた始めたところで気が付いた。一つだけ心当たりがある。それでもやっぱり機嫌が悪くなっている自覚はなかったけれど、あれが原因ならそれもそれでどうなんだ。数分前に考えていたように、オレがもう末期である証拠にしかならない。
「おい、ゴールド」
「あーもう、何もねぇよ! オレはいつも通りだ」
こんな言い方をしたら不機嫌ですって言っているようなものだが、そういや昼休みの途中で屋上に来たのもそれが理由かもなと思い返して思った。ついでにいうと、オレがあんなくだらないことを考えていたのも多分それが原因だ。
昼休み。購買で買ったパンを教室で食べて、いつも通りの昼休みを過ごしていた時。目の前のコイツが隣のクラスの女子に呼び出された。
「……やはり怒ってるだろ」
「だから怒ってねぇって。お前の勘違いだ」
女子に呼び出された理由は告白。まあそれなりによくあることだ。勉強も運動も出来る文武両道、それでいて容姿も整っているときた。直接呼び出されたりラブレターをもらったり、そんな様子をコイツの隣で何度か見たことがある。今回もそれでシルバーは昼休みに溜め息を吐きながらもその女子と教室を出て行った。
おそらく、シルバーはその告白を断ったんだろう。行く前から面倒そうにしていたし、恋愛に興味がないという話も前に聞いた。その考えが今どうなってるかは知らないけど。
「勘違いだというなら、その不機嫌さを隠すくらいの努力はしたらどうだ」
「お前には関係ないだろ。つーか、いつまで言うんだよ」
「お前がその理由を話すまで、といえば話すか?」
言いながら隣までやってきたシルバーはその場で腰を下ろした。次のチャイムが鳴るまではここに居るつもりか。サボるつもりでここに来たみたいだし、最初からそのつもりだったんだろう。
嫌な話になっちまったなと思うけれど、だからって別の場所に逃げるのは許して貰えそうにない。疑問形で聞いてるくせに銀の双眸は真っ直ぐこっちを見て話せって言っているんだもんな。
「何でそこまで聞きたがるんだよ」
「気になるからだ」
そりゃあまあ、そうなるか。気にならなかったらさっさと別の話題に移ってるだろう。いや、コイツの場合はわざわざこんな話を振らなかったか。話を振った時点で気になっているから聞いたに決まってる。
けど、だからって何をどう答えれば良いんだ。お前が告白されてたからなんて意味が分からないだろう。だからなんだって話だ。逆にそれは何故かと追及されたらもっと困る。
「そういうのは、可愛い彼女でも出来た時に気にしてやれよ」
上手くかわす方法が思い浮かばず、シルバーの問いとも掛け離れてはいない言葉で返した。彼女なんていないと即答されたのには「でもいつかは分からねぇだろ」とそれっぽく言っておいた。さっきだって告白だったんだろ、とさり気なく別の話題にすり替えて。
「それは断った」
「いいよな、モテる奴は。オレも可愛いギャルに告白されてみたいぜ」
自分で言っておいて胸の奥がチクリと痛むんだから馬鹿だなと思う。だけど他にこの話題を逸らせそうな話が出てこなかった。頭の回転が速ければ、もっと上手くやれたんだろうか。考えるだけ無駄だとは分かっているけれど、ついそんなことを思ってしまった。
「……お前だって告白されたことがないわけじゃないだろう」
「オレはバレンタインだって義理しか貰ったことねぇよ」
それもわざわざ義理だからと言われるような。
……もっとも、告白されたところで今のオレなら断るだろう。試しにギャルと付き合ってみるのも良いんじゃないかと思ったこともあるけれど、それならどんな子が良いかって考えてる途中でこれは駄目だと気が付いたから止めた。
それでも試してみる価値はあるかもしれないとも思った。でも、やるだけ無駄だろうなと思ってしまうくらいにはコイツのことばかり考えていたんだからどうしようもない。
「本当、羨ましいくらいだっつーのに誰とも付き合わねぇよな。どんな子なら良いんだよ」
「…………いつも明るくて元気な奴、だな」
「へえ、なんか意外だな。お淑やかな子が好きなのかと思った」
これはオレの勝手な想像。騒がしいのは好きじゃないのは間違いないから、てっきりそうなんだと思っていた。どうして分かるって、これでもそれなりに付き合ってるからな。人混みや騒がしいのが嫌いだってことくらいは大分前から知ってる。
けど、そうか。そういう子が好みなんだな。そういや好みのタイプの話とかはしたことがなかった。それが分かったところで男のオレにはどうしようもないけれど。
「そういうお前はどうなんだ」
「オレ? オレはギャルならどんな子でも良いぜ」
昔は本気でそう言っていたのに今じゃ全部嘘だ。どんな可愛いギャルや美人の姉ちゃんよりもたった一人の男が気になるなんて、あの頃のオレに言ったって絶対に信じないだろう。オレだって信じるまでにかなりの時間を要した。それこそ有り得ないと一刀両断しそうなものだ。
「…………そうか」
「シルバー?」
オレの答えを聞いた後のシルバーの声がさっきまでと違っていて疑問を浮かべる。すぐに「何でもない」と否定されたけど、とてもそうは見えない。
何なんだ。何かあったとしたら、ここでのオレとの会話の中の何かだろう。だけど別に変なことは言ってない、よな? 普通に話してただけだし。だとすれば何だろう。全然思い当たらない。
「……………」
シルバーがここに来てからの会話を振り返っても、オレが適当にシルバーの質問を誤魔化してかわした以外に変なことはしてないはずだ。でもそれは今更って感じだし。
「ゴールド」
考えている最中に呼ばれて「何だよ」と銀を見れば、真っ直ぐな眼差しとぶつかった。透き通るような銀色に言葉を失っていると、シルバーはもう一度オレの名前を呼んで、それから。
「好きだ」
瞬間、時間が止まったかと思った。
言葉の意味が分からなかったのではない。どうして今、この場所でその言葉が出てくるのか分からなかった。思考がついていかず、たった三文字の言葉が頭の中を巡る。
「えっ、は? い、いきなり何言ってんだよ」
「どんな子が好きかと聞いただろ」
「あー……いや、それで何でオレが告白されてんだよ!」
どう考えてもおかしいだろ、とは言えなかった。言ってはいけない気がしたから。
だって、有り得ないだろうけれど、もしもこれがコイツの本気だったとして。それをおかしいと否定してしまうことはオレ自身を否定しているようなものだ。
これが他の奴だったら何冗談言ってるんだよと流しただろう。でもシルバーは真剣で、まず冗談でこんなことを言う奴でないことはオレがよく知っている。だから。
「お前が好きだからだ」
オレの問いにそう答えたシルバーは、本気なんだろう。信じられないけれど。普通に考えたら有り得ないって思うことだけど。こんな都合の良いことがあるわけないだろって、コイツが来る前も散々考えていたオレの頭は現実を受け入れられないでいるけれども。
「…………なんで」
「お前が聞いてきたんだろう。気が付いたら、お前のことばかり考えるようになっていた」
そう、だったのか。それっていつから、っていうかそれは勘違いとかじゃないのか。友情の延長線を恋だと勘違いしているだけで……なんて考えるのはやめるべきか。シルバーが本気だとすれば、その可能性は十分考えた上での発言だろう。オレだって何回もその可能性を考えた結果がこれだ。
だけど素直に信じられないのは、やっぱりこれが世間一般的な恋から外れているからだろう。つーか、オレが言ったのは好きな女の子の話だった筈なんだけど。いや、そこはもう良いか。
「一応聞くけど、お前、自分が何言ってるか分かってるよな?」
「お前が分からないのなら説明するが」
「そうじゃねぇけど……。突然そんなこと言われたら、驚くだろ」
この場合の驚くはシルバーが今考えているであろう驚くとは少し違う意味だけれど、驚いたのは本当だ。夢じゃないかと疑いたくもなるが、これは現実。
こんなことを言われるなんて思いもしなかった。これは実らないはずの恋だったから。一方通行で終わるはずの恋が一方通行でなかったなんて、誰だって信じられないだろ。
「確かに、そうかもしれないな。だがオレは本気だ」
それは、もう分かってる。きっと今、シルバーもオレと同じで色々考えてるんだろう。告白するのは勇気がいるもんだし、ましてや相手も自分も男。それも友達に告白するなんて生半可な気持ちなわけがない。
オレにはなかったものをコイツは持っていて、オレが一生秘めたままでいようとしたものをコイツは言葉で伝えることを選んだ。一人で考えてばかりいたオレとは違う。そういうところも含めて。
「ゴールド」
「いい、分かった。……分かったから」
こうだったら良いのにと思いながらも有り得ないなと思っていたことが現実になって。ついていかない頭を必死で回しながらこの状況を理解して、もう疑う理由もなければオレが断る理由もないわけで。そうしたら次にいうべき言葉は一つしかない。
見慣れた銀色を見るのに緊張する。いつもは普通に話してるっていうのに、心臓の鳴る音が五月蝿い。でも、これは言わないといけないことだから。意を決して口を開く。
「オレも、お前が好きだ」
やばい、顔が熱い。これは顔も赤くなってるんだろうなと思って言い終わるなり顔を背けた。銀の瞳が大きく開かれるのが見えたけど、オレだってお前に突然告白されて驚いたんだからお互い様だろ。
というか、コイツは玉砕覚悟で告白してきたんだろうか。それともオレがこう答えるのを分かってた……っていうのはこの反応からしてなさそうだけど。でも、シルバーが言わなければオレはこの気持ちを伝えることはなかっただろう。
「……で、どうすんだよ。付き合うの?」
「そうだな。お前が良いなら」
「よくなかったら聞いてねぇよ、バカ」
あー空が青い。その広い空を雲は自由に泳いで、燦々と太陽はこちらを照らす。今オレが熱いと感じているのは太陽のせいだ、そういうことにしておこうと無理やりこじつけて。それでもすぐ隣の友人の顔を見る気にはなれなくて。
(これは本当にどうしようもねぇな)
まだ心臓が鳴り続けているのが分かる。熱は冷めないし、それでいてシルバーが自分を好きだと言ってくれたことをこんなにも嬉しいと感じている。もう末期だなとは思っていたけれど、よくもまあここまで惚れ込んだものだななんて他人事のように思う。
勿論、そのことを後悔なんてしてない。オレがシルバーを好きなのは紛れもない事実で、たったこれだけのことで幸せを感じられる。自分でも単純だと思うけど、好きになってしまったんだからしょうがない。
「……なあ、シルバー」
お前もオレと同じように悩んだりしたのか。それよりお前はいつからオレのこと好きだったんだよとか。聞きたいことはあるけれど、聞いたらオレも答えないといけないことになりそうだから聞けなくて。
つーか、付き合うといってもいきなり何か変わるものでもない。いつも通りにするのが良いんだよなと思ってもそう上手くやれる自信もないし、それでいてこの場を上手くやり過ごすにはどうすれば良いかを考えたらこれくらいしか思いつかなくて。
「授業終わったら起こせよ。オレ寝るから」
そのまま背を向けて目を瞑った。後ろで「ああ」と頷くのを聞いた。
寝ると言ったから話し掛けられはしないだろうけど、次のチャイムを聞くまで普通に起きていそうだ。こんな状態で寝れるわけない。
だけど、ただこうして過ごすだけの時間が幸せだと。
いつもと変わらぬ午後の一コマを過ごしながら、そう思うのだった。
君ニ恋焦ガレテ
(いつからか目で追っていた、気が付いたら好きになっていた)
(そう。いつの間にか、こんなにもお前のことが……)
日頃の御礼とお誕生日祝いに差し上げたものです。
ゴールド視点で両片思いから両思いになる学パロシルゴというリクエストで書かせて頂きました。