図鑑所有者と呼ばれる少年少女達には、それぞれの能力にちなんだ代名詞がある。戦う者、育てる者、癒す者、捕える者、化える者と換える者。それから、孵す者。




りに





 ジョウト地方ワカバタウン。はじまりの町といわれるこの場所は、今日も和やかな雰囲気に包まれている。
 その一角には、ポケモン屋敷と呼ばれる大きな家。そこに、ジョウトの図鑑所有者の一人が住んでいた。


「忙しそうだな」


 彼の家を訪ねてきたのは、同じジョウトの図鑑所有者。赤い髪に銀色の瞳を持つ少年。


「別にいつものことだからな。それで、今日はどうしたんだ? シルバー」


 家のポケモンに手持ちポケモン。それから産まれたばかりであろうベビーポケモンに囲まれながら、ゴールドは顔を上げた。腕の中には、タマゴが一つ。
 いつものこととはいえ、凄い光景だとシルバーは思う。たった一部屋に、かなりの数のポケモン達が集まっている。


「いや、大した用事はない。邪魔なら帰るが……」

「誰も邪魔なんて言ってねぇって。コイツが産まれるまで待っててくれるか?」

「分かった」


 適当に過ごしていてくれと言われ、シルバーはベッドに腰を下ろした。それから、ゴールドの方に視線を向ける。
 ゴールドは、孵す者と呼ばれている。その為、こうしてタマゴの孵化の手伝いを度々している。みんな人に頼みすぎだと口にすることもあるが、なんだかんだでポケモン達と楽しそうにしている。


「それは何のタマゴなんだ?」

「えっと……多分ピィじゃねぇかな?」

「曖昧だな」

「段々分からなくなるんだよ」


 ちゃんと産まれれば良いだろ、とゴールドは言う。結果的には、それでも良いのだろう。
 何のタマゴなのかは、事前に教えられることもあるが、そうでないこともある。それを全て把握するのは一苦労だ。誰から預かったかを把握するので手一杯なのだ。
 それに、産まれるポケモンが何であろうと関係はないのだ。みんな、新しく産まれるかけがえのない命に変わりはないのだから。


「あとどれくらいかかるんだ?」

「そうだな……。そんなかからねぇとは思うけど」


 話しながらも、ゴールドは手元のタマゴを大事そうに抱えている。時々タマゴが動いているのを感じると、表情が緩む。優しげな金色がタマゴを見詰める。
 時折周りのポケモンもゴールドの傍に寄ってタマゴを覗く。やんちゃなベビーポケモンの相手をしているのは、共に旅をしたポケモン達。


「本当に好かれているな」


 沢山のポケモンに囲まれる様子に、なんとなく呟いた。特に意味があって言った訳ではないが、ゴールドに声は届いていたらしい。「何だよ」と言って、金は銀を捉えた。


「ポケモンのことだ」

「そりゃ、昔から一緒だからな。コイツ等もずっと旅をしてた相棒達だし」


 ずっと同じ家に暮らしているポケモンは、みんな家族なのだ。旅で出会ったポケモンも、信頼して戦ってきた大事な相棒。なついていて不思議なことはない。
 だが、シルバーが指しているのはそっちではない。まだ小さな産まれたばかりのポケモン。


「ソイツ等のことだ。産まれてあまり時間は経っていないだろ?」

「まぁな。でも、好かれるとかより遊びに付き合わされてるって感じだぜ」


 シルバーの来る少し前までは大変だった、とゴールドは話す。今ベビーポケモンを相手にしているバクたろう達を見れば、なんとなく想像は出来る。けれど、それはやはり好かれているのではないかと思う。構って貰いたいから行動を起こしているのだろう。それもゴールドが好きだからなのではないだろうか。
 それに、ゴールドを好きになるのはなんとなく分かる。孵す者だから、ではない。ゴールド自身がそういう存在なのだ。太陽のような存在だとシルバーは思っている。本人に話したことはないけれど。


「ポケモンにも分かるのかもな」


 先程より小さな声で呟く。それでも何かを言ったことは分かったのか、ゴールドは頭に疑問符を浮かべている。
 それを見たシルバーは、口元に弧を描いた。


「好きだ、ゴールド」


 そう伝えれば、ゴールドの顔はあっという間に赤く染まる。その反応をシルバーは楽しそうに窺っている。


「お前さ、急に何なんだよ」

「急でもないだろ。お前が好かれるという話だ」

「それとこれが、どうして繋がるんだよ」


 ゴールドの問いに、シルバーはすぐに答えた。繋がる理由など、一つしかないのだから。


「オレはお前が好きだからな」


 再び告げられた言葉。顔に集まった熱は、当分冷めそうにない。
 良くそんなことを言えるなと思いながらも、シルバーの言いたいことは分かった。顔を逸らして、ゴールドは小さな声を上げた。


「オレだって好きだよ」


 周りの騒がしさに消え入りそうな声だったが、無事にシルバーには届いた。


「そうか」


 穏やかな声に、ゴールドはシルバーを振り返った。暫くシルバーを見詰めながら何かを考えていたが、ふと手に持っていたタマゴを近くに居たエーたろうに渡した。それから、ゴールドはシルバーの元に行った。
 どうした、とシルバーが尋ねようとするが言葉は形にならなかった。代わりに、温かな温もりが体を伝う。


「妬くなよ」


 何に、とは言わなかった。この部屋には、二人以外にポケモン達しか居ないのだ。必然的に対象は決まっている。


「別に妬いていない」

「そうか? でも、オレが一番好きなのはお前だから」


 心配するな、とゴールドは話す。心配している訳ではないと思いながらも、その言葉は素直に受け取っておく。
 すぐ傍に体温を感じるのは、なんだか心地が良い。やはり、ゴールドは温かいのだ。孵す者という代名詞も、ゴールドらしいと思える。


「タマゴは良いのか?」

「大丈夫じゃね? アイツ等も居るし」

「待ってろと言ったのはお前だが」

「オレが良いんだから良いんだよ。それとも、嫌か?」

「そんなことない」


 むしろ、その逆だ。
 口にはしなかったが、思いは共通しているらしい。どちらともなく微笑んで、そっと唇に触れた。そしてまた、互いの熱が交わる。


「好きだ、ゴールド」

「オレも好きだぜ、シルバー」


 そう言ってもう一度口付けを交わした。

 温かなキミ。とても大きくて温かな存在。
 そんなキミに触れていたい。キミとボクの温もりを互いに伝おう。

 大好きなんだ、キミが。だから触れていたい。
 偶然だね、ボクも同じだよ。










fin




pkmn別館で差し上げたものです。ゴールドは孵す者で、ポケモンのタマゴを預かって孵したりしています。どのポケモンも大切だけれど一番はやっぱりシルバーのようですね。