オレ達はずっと友達だから。たとえ離れていても。

 広い草原に二人。太陽が沈み、辺りは静まり返っていた。小さな子ども達はもう帰らなければならない時間だった。
 言葉と共に手と手を繋いで渡されるその証。次がいつになるかも分からない。次があるのかさえも。今日会ったばかりの、それでも確かな友情をここに残す。
 次があることを信じて。








「またここか」


 声に振り返り、「まぁな」とだけ返す。
 本来は、立ち入り禁止とされている場所。それがこの屋上だ。こっそり職員室から拝借した鍵から作った合鍵は、便利に活用されている。


「お前もサボりにでも来たのか?」

「そうでなければ、こんなところにはいない」


 それもそうだ、とゴールドは思う。チャイムなら、とっくに始業を教えるべく鳴り終えた。


「珍しいな。何かあったか?」

「別に。それはお前の方じゃないのか?」


 流石というかなんというか。付き合いが長ければ、分かってしまうものらしい。
 シルバーの言葉に、ゴールドは一瞬驚きを見せた。それから「大したことじゃないけどな」と言いながら、話を切り出した。


「夢、見たんだ。昔の」


 何年前だろうか。夢で見た自分の姿は、とても幼かった。




 親が用事を済ませる間、ゴールドは退屈そうに待つだけだった。窓を見ると公園に気付き、親に一声掛けると遊びに行った。
 公園には、沢山の子ども達の姿があった。何をしようかと迷っていた時、目に留まった子どもが一人。誰とでもなく一人でいて、近くに親の姿もないようだった。


「なぁ、何してるんだ?」


 話し掛けると、一度はゴールドを見たものの、すぐに視線を外した。その意図が分からず、なぁと暫く呼び掛け続けると、漸く「何だ」と簡素な返事が返ってきた。それを聞いて、先程と同じ質問を繰り返した。


「何してるんだ?」

「……父さんを待ってる」


 答えなければ五月蝿いと思ったのだろうか。少しの間を置いてから返答した。その答えに、ゴールドは自分と同じ状況だということを理解する。それから、思い付いたように声を上げた。


「じゃあ、一緒に遊ぼうぜ!」


 そう言って手を引く。何か言いたげな様子を気にもせず、遊具へと駆け出した。





「……お前、昔の夢って言ったよな」

「そうだけど、どうかしたか?」

「昔からその性格だったのか」

「どういう意味だよ」


 その性格、という言葉が気になる。丁寧に「強引なところだ」と説明までつけてくれる。
 何か言い返そうとするが、シルバーが話の先を促す。言いたいことはあったが、ゴールドは仕方なく続きを口にした。



 気が付けば辺りはオレンジ色に染まり始めていた。沢山の子ども達の声が響いていた公園もすっかり静かになってしまった。
 定期的に鳴るものだろうか。『ゆうやけこやけ』の音楽が町中に広がった。それが鳴り止む頃、ゴールドを呼ぶ声がした。やっと終わったらしく、迎えに来たようだ。


「もう帰らないと」

「行くのか……?」


 自分の親は来たけれど、まだこの子の親は来ていない。そろそろ迎えに来るだろうが、ゴールドが帰ってしまえばまた一人になる。
 小さい子どもというのは、すぐに友達を作れるらしい。最初は、強引に遊びに誘ったものの、今となっては仲良く遊んでいた。


「うん。また一緒に遊ぼうな!」


 そう言って立ち上がるが、相手からの返事がない。不思議に思って立ち止まっていると、小さな声が聞こえた。


「オレは、この辺の人じゃないから」

「遠くから来たのか?」


 尋ねれば、コクリと頷いた。
 遊ぶ時には全く気にしていなかったから、他の友達と遊ぶ時のように別れの言葉を告げた。けれど、この辺に住んでいるわけではないのなら“また”という約束も如何なものか。次があるかなど、公園で出会った近所の友達と違って分からない。むしろ、ない可能性の方が大きい。
 暫く考えるようにして、次の瞬間、ゴールドは彼の右手を取った。


「じゃぁ、コレ、やるよ」


 そう言いながら掴んだ手にソレを渡す。手に乗せられた物を見て、それから今度はゴールドを見た。


「友達の証!」


 答えるゴールドは、笑顔を向ける。
 手の中にあったのは、小さなリングだった。ポケットから取り出されたソレは、ゴールドの瞳と同じ輝きを放っていた。


「でも、こんな物貰うわけには……」

「良いんだよ、別に。大切な人に渡しなさいって言われた物なんだ」


 だったら、と続けようとした言葉を遮って「だからやるよ」と笑った。
 大切な人にと言われた物。それを今日会ったばかりの友達にあげてしまって良いのだろうか。そんな疑問は、ゴールドには無用らしい。大切であるからこそ、こうして言いつけの通りに渡したのだ。
 繋がっていた手を離すと、またポケットに手を戻す。次に出てきた掌の上には、先程と色違いのリングが乗せられていた。


「離れていたって、友達は友達だろ? オレとお前は、もう友達なんだからさ。その証に」


 コレを、とリングに視線を落とした。
 公園の入り口から、待っている親の声が聞こえた。二度目の呼び掛けに、流石に戻らないわけにもいかない。真っ直ぐと、瞳に互いの姿を映す。


「オレ達は、ずっと友達だから。たとえ、離れていても」


 そう告げると、しっかりとリングを握らせる。それから「じゃぁな」と手を振って、親の元へと走って行った。





「それからもオレは何度もその公園に行って遊んだけど、ソイツと会うことはなかったんだよな」


 遠くから来たと言っていた通り、あそこにいたのは偶然だ。だから、当たり前だけどとゴールドは付け加える。それでも、つい遊びながらその影を追ってしまったのは“また”会うことを願っていたから。
 夢で見たあの時のことを思い出しながら、ゴールドは胸元のリングを握った。


「あの頃のオレは、絶対また会えるって信じてたんだ。だから数週間ぐらいは毎日のように公園に行ってた」


 元々良く遊びに行く場所だったが、いつも以上に通っていた時期があったのだ。けれど、やはり会うこともなくいままで通りのペースに戻っていった。それから年を重ねるに連れて、公園という場所から離れていった。
 それでも、忘れたことはなかった。一度会っただけの友達だったけれど、大切な友達で。その友達との証を、チェーンを通して首に掛けられるようにして持ち歩いていた。


「今もそれは信じてるけどな。といっても、ソイツが今どで何をしてるかも分からないし。第一、オレのことを覚えているかも分からないんだけどな」


 視線を下に落とし、最後の方は段々と声が小さくなっていた。いくら自分が覚えていても、相手もとは限らない。それは、もう何年も前の出来事なのだから。


「その相手も、きっと覚えているだろ」


 シルバーの言葉に、「そうだと良いけどな」とゴールドは返す。
 遠い日の約束。否、友達の証であって約束とは違う。けれど、この絆はまたきっとどこかで会えるはずだと思っている。それを繋ぐためのものであると。少なくとも、ゴールドはそう信じている。


「お前にとって、とても大切な物なんだな」

「当たり前だろ。だから、こうやって持ってるんだ」

「そうか」


 失くさないように、わざわざリングを掛けられるようにしたのだ。大切だからこそ、ずっと持っていたくて。小さい子どもには少し大きいリングは、指に嵌めるよりもそうして肌身離さず持っているのが一番だったのだ。
 大切に胸元のリングを握るゴールドを見て、シルバーは小さく呟いた。


「また会いたい、と思っていた」


 発された言葉に、ゴールドはシルバーを振り向いた。それは、話の流れとしては言葉の使い方が少しおかしいものだった。その疑問を問うよりも前に、シルバーは言葉を続けた。


「それも叶わぬ願いだと思っていたんだが、な」


 言い終わると同時に、ゴールドの空いている方の手を掴む。そこに、そっと小さな物を乗せた。見覚えのあるソレに、すぐにシルバーを見た。


「お前だったんだな」


 それは、ゴールドの持っているリングと同じ物だった。金色の輝きを持つソレは、シルバーが指に嵌めていた物だ。
 突然の出来事に驚きながらも、その次には微笑を浮かべた。


「こんなに近くにいたんだな」

「そういうことになるな」


 ずっと、ずっと。探し続けていた、相手。それが漸く、目の前に。
 この学校に入ってから毎回同じクラスで、よく一緒にいる大切な友達。それが、あの時の友達だったのだ。
 やっと会えた。そんな嬉しさと同時に、会えなかった原因でもある疑問が出てきた。


「でも、どうしてここに?」

「引っ越してきたからだ。だが、また会えるとは思ってなかった」


 会いたいとは思っていたけれど、付け加えられた言葉。その思いは、あの頃からずっと変わらないまま、互いにそう思い続けていたらしい。たった一回の出会いだというのに。


「ずっと、会いたかった」

「オレも同じだ」

「また会えるって信じてた」

「あぁ」


 名前も聞かず、一緒に遊んだ友達。住んでいる場所も離れていて、もう会えない可能性の方が高かった。
 でも、また会いたいと。会えるはずだと思った。その願いを、これからも友達である証のリングに込めた。唯一の大切な繋がりだったソレが、今、ここに揃った。そして、やっと込められた願いが叶った。


「オレにとって、思い出の大切な友達も、今の大切な友達も。全部お前だ、シルバー」


 金色のリングをシルバーに渡して、銀色のリングを握る手を離す。それから、銀色の瞳を真っ直ぐに見つめて伝える言葉。
 それに、小さく笑ってシルバーは掌のリングと同じ色の瞳を見つめた。


「オレもだ、ゴールド」


 漸く見つけた思い出の相手。それは同時にこの学校で出会った大切な友達。青い空の下で、大切な友達と笑い合った。
 離れていてもずっと友達。その証に込められた“また”会いたいという願い。大事な思い出と一緒に大切にしていたリングは、しっかりとその願いを叶えてくれた。

 小さかったあの頃。高校生なオレ達。
 大切な人は変わらないまま。友情の証と共に、これからも絆を深めていこう。










fin