全く別の道を歩んできた。片や多くのポケモンに囲まれて陽だまりの中で生きてきた少年。片や生きる為なら何でもして闇を歩いてきた少年。
 そんな別々の二つの道が交わったのは、多くの偶然が重なり合った結果だ。そして一度交わった道はその後も度々重なり、様々な出来事と時間を経て、いつしか二人は同じ方向へと進むようになっていた。

 けれど、時々思うのだ。
 今まで闇夜を歩いてきたから、光の世界を歩くことへの疑問。いや、疑問というほどのことではない。ただ……。


「よお、何してんだシルバー」


 名前を呼ばれて思考が中断される。その聞き慣れた声の方へと振り向けば、金色の瞳がこちらを見つめていた。


「お前こそ、こんなところで何をしている」

「オレは育て屋の手伝いに呼び出されたんだよ」


 本当あの婆さん人使い荒いよなと愚痴を零してはいるが、頼まれたそれを嫌々やっているわけではないことくらいシルバーも知っている。
 もともとポケモンが好きで多くのポケモンと暮らしている奴だ。加えて彼はポケモンの力を引き出す孵化能力を持っている。なんだかんだ言ってもポケモン孵化の手伝いをするのは嫌いではない、というより好きでやっているのだろう。


「で、お前は?」

「調べものだ」


 簡潔にそう答えたシルバーに「ふーん」とゴールドは適当に相槌を打つ。調べものと一言で言われても範囲が広すぎるがゴールドはそれで十分だった。別に詳しいことを知りたいのではなく、道端で偶然会ったから何をしていたのかと聞いただけなのだ。


「それってまだこの後もやんの?」


 だから今度はまた違う質問を投げ掛ける。調べものの内容はどうでも良い――という言い方もあれだが、この後も続けるつもりなのかと。
 その質問に「今日はもう終わりにするつもりだ」とシルバーが言うと、すかさず「じゃあウチに来いよ」とゴールドが誘う。


「母さんが友達と旅行に行っててよ。飯くらい食ってかねぇか?」


 家に帰れば沢山のポケモン達が待っているから一人というわけではないし、一人で寂しいなんていう年齢でもない。
 けれど、一人より二人。二人より三人。どうせご飯を食べるなら多い方が良いと思うのだ。みんなで食べた方が美味しいに決まっている、というのがゴールドの主張である。


「……一応聞くが、料理が出来ないと言い出すんじゃないだろうな」

「オレだって簡単なモンくらい作れるっつーの!」


 誘われた理由が理由なだけに尋ねたのだが、それはすぐに否定された。料理が出来なくて誘うわけがないだろうと。
 特別料理が上手いわけではないけれど、人並み程度の料理ならゴールドも作れる。わざわざ人を呼んで振る舞うほどの腕はないが、友達に食べさせても問題ないくらいの腕は持っているつもりだ。


「ま、お前が作ってくれるってんならそれでも良いけど?」


 そう言うならと逆にゴールドがシルバーに問う。もしシルバーが家に来るのだとすれば、どちらが夕飯の支度をしたって良いのだ。心配だと言うならシルバーが作ってくれてもゴールドとしては全然構わない。
 だが、そんな分かりやすい挑発に乗るつもりなど毛頭ない。短く「断る」とだけ言って足を進めようとすると、それに気付いたゴールドに腕を掴まれた。


「でももう用はないんだろ? さっきのは冗談として、たまには良いだろ」


 全然冗談には聞こえなかったが、ゴールドだって始めからそのつもりで声を掛けたわけでもない。無理にとは言わないけど、と一言付け加えた金色はシルバーの腕を放してその目を見る。

 この誘いを受けるも断るもシルバーの自由だ。どっちを選んだとしてもゴールドは何も言わないだろう。受ければ早く行こうという話になり、断ればまた今度という話にでもなるに違いない。そういう奴なのだ。
 先程答えたように、特にこの後用事があるわけではない。調べものの方も日が暮れてきたからと切り上げたところで目の前のこの男に会ったのだ。仲間だから、友達だからと普通に声を掛けるゴールドにそれ以上の深い理由なんてない。


(分かってはいるが)


 何でもないことのように彼は言うけれど、シルバーには慣れないことだ。いや、彼等と付き合っていく上で慣れてきたことではある。それでいて踏み込むようなことはしない。
 変に踏み込まれないのは有り難いことだが、彼と出会ってから自分の周りが少しずつ変わっていっていることに気付かないわけじゃない。そしておそらく、それは悪いことではないのだろう。それも分かっている、けれど。


(オレは、ずっと一人で生きてきた)


 こうしているとどんどん自分が弱くなっていく気がする。そして、それで良いのかと問い掛ける自分がいる。今までは一人で生きてきたというのに、今は――。


「おい、シルバー?」


 再び少し前に考えていたことが頭を巡っていたその時、それをまた中断させたのはゴールドだった。不思議そうにこちらを見て、どうかしたのかと聞いてくる。
 それに何でもないとだけ答えれば、暫くじっと見つめた金色が「なら良いけど」と言って外れる。


「でも、くだらねぇこと考えてたならもう止めろ」


 しかし、次の瞬間。一度外れた金の双眸が真っ直ぐに銀色に向けられた。
 何を考えていたかなんてゴールドには分かりもしないけど、銀の瞳を見ていたらなんとなくそんな気がしたのだ。またコイツは何か考えてんなと思ったからそう言った。根拠と呼べるものはないに等しい。
 けれどそれは遠からず、ゴールドにしてみればくだらないと一蹴するようなことだ。というより、既に今ばっさり切ったところである。何も言っていないのに、というのは考えるだけ無駄というやつだろう。


「時々、お前は変に鋭いな」

「それはお前が分かりやすいんじゃねぇの?」

「お前に言われたくない」


 その言葉にどういう意味だと聞き返されたが、そのままの意味だと答えておいた。これほど分かりやすい奴もいないだろうと、例えばもう一人のジョウトの図鑑所有者に聞いたって同意を得られそうなものだ。


「オレからすれば、シルバーのがよっぽど分かりやすいと思うけどな」

「そんなことを言うのはお前ぐらいだ」


 そんなことはないとやっぱりゴールドは言うけれど、実際ゴールドぐらいにしか言われない。これでは説得力もないだろう。
 言えばぐっと言葉に詰まったようだったが、何を思いついたのか。ゴールドは口角を持ち上げるとゆっくり口を開いた。


「そりゃあ、お前のこと好きだし?」


 好きな奴のことなら分かって当然だろ、とでも言うようにゴールドが笑う。
 予想外の言葉にシルバーは目を丸くする。そんなシルバーを見る金色はとても楽しそうだ。これでも短くない付き合いをしているのだからお互いに相手のことは分かっているけれど、それだけではない。


「お前のことなら何だって分かるぜ」


 本当に何でも分かるわけではないが、ある程度のことなら直接言葉に出されなくても分かる。そう話す金色が眩しくて、だけどそこが心地良い。
 これまで、長い間暗い闇の世界を歩いてきた。だから差し伸べられる光に戸惑ったり、本当にこれで良いのかと不安に思ったことがないわけじゃない。さっきだってそうだ。でも、その光はそれらをまとめて照らそうとするのだ。そして、困ったことにその光が心地良いと感じている。


(それで良いと言うんだろうな、コイツは)


 ごちゃごちゃ難しいことは考える必要ない、と。
 当人は知らないだろうが、ゴールドと出会ったことでシルバーの道は変わり始めた。偶然が重なった出会いだったけれど、あれがきっかけで始まり。あの時、あの場所で出会ったからこそ今がある。一度交わった道は離れることを許してくれないようだ。


「恥ずかしげもなくよく言うな」

「お前に言われたくねぇけどな」


 言ったそばから唇を落とされて、場所を考えろとほんのり頬を染めて文句を言う。全く、どちらが恥ずかしげもないことをしているのか。
 だが、小さく浮かべられた笑みを見たらもう良いかという気持ちになってしまった。何があったのか、何を考えていたのかは知らないけれどいつも通りに戻ったなら。今日くらいは許しておこうと思って、ゴールドは話を戻すことにする。


「それより、どうすんだよ」


 話が逸れてしまったが、もともとはこれからゴールドの家に行くかどうかという話だったはずだ。その言葉に、そうだなと考える素振りを見せたシルバーはすっと視線を上げた。


「食べられる物が出てくるか不安ではあるが」

「だから、オレは料理出来るって言ってんだろ!」


 全然信じてないなという言葉を否定しなかったら、絶対美味いって言わせてやると強気な瞳を向けられた。だから早く行くぞ、と歩き出したゴールドの隣をシルバーもまた歩き始める。

 重なり合った二つの道は、いつの間にか同じ一つの道に。
 まだまだ先の長いこの道を二人で歩いて行くのだ。不安に思うこと、ぶつかり合うことだってあるだろう。けれど、それが二人の選んだ道。










fin