「それで、どうしたんだ」


 現在、オレはシルバーの隠れ家にやってきている。コイツの隠れ家っていうのは幾つもあって、その中から今いるだろうと思われる場所を探すのには苦労した。
 漸く見つけると、とりあえず家に上がらせてもらった。玄関で会ってすぐに入れてくれたのは、もう大方何があったか予想できていたのかもしれない。溜め息を一つ吐いてから先程の質問を投げかけられたんだ。


「どうしたって……」

「またやったのか」


 何をとまでは言わなかった。というより、言わなくてもお互いに分かっているわけだけど。
 別にオレだってやりたくてやってるんじゃねぇよ。
 そう言ってはみるものの、シルバーの表情を見れば呆れているのは一目瞭然。でも、本当にやりたくてやってるわけじゃない。誰が好き好んで喧嘩をするっていうんだ。どこかの不良じゃあるまい。


「で、何が原因だ」


 今回は、と見えない形で付け加えられている。そう、オレが喧嘩をした後でシルバーの所にやってくるのはこれが初めてではない。もう何度目だろうかまでは覚えていないけれど。ただ、片手で数えられる分は越していたような気がする。
 そんなシルバーが、オレが家に来た瞬間に状況を理解するのは容易いというわけだ。だからとりあえず家の中に入って、今こうして話をしているに至る。


「何って」

「どうせまたお前が何かしたんだろ」

「なんで決定事項なんだよ」


 それだと、毎回喧嘩する原因はオレにあるみたいじゃねぇか。否、間違っているとも言いきれないけど。でも、全部が全部オレっていうわけでもない。
 少しの間を置いて、オレは今日ここに来た理由を説明するために口を開いた。


「だって、アイツ。また忙しい忙しいって言って」


 アイツ、というのが誰を指すのか。それは、この場にいないもう一人のジョウトの図鑑所有者。捕獲の専門家と呼ばれる彼女のことだ。


「それは仕方ないだろ。遊び歩いているお前とは違って、やることが沢山あるだろうからな」

「誰が遊び歩いてるって!?」

「さぁな」


 全く、オレだってやることの一つや二つくらいある。シルバーは、人を何だと思っているんだ。その言い方だと、オレはいつだって遊び回っているだけの遊び人みたいなものじゃねぇか。オレじゃなくて、アイツがやたらやることが多いから比べたら分からないだけだって。
 言いたいことはあるけれど、ここでそれを言ってもどうしようもない。そもそも、オレはシルバーとまで喧嘩をしにきたわけではないのだ。これ以上厄介ごとを増やすのは御免だ。


「それで? クリスが研究所を手伝って忙しいのはこれが初めてではないだろ」


 続けられた言葉を聞いて、オレは「そうだけど」と呟いた。いつも研究所にいって手伝いをしているクリスだ。忙しいと言われるのはいつものことで、オレだってそれは仕方ないことだって分かっている。  そりゃ、いつも突っ返されればたまには良いじゃねぇかとも思うけど。でも、それがクリスの仕事なんだ。
 それならどうして、というのがシルバーの言う疑問。これが初めてではないし、それで文句を言うこともあるにはあるけれど。そうでないことは、シルバーもなんとなく分かっているからこそ聞いているんだろう。


「クリスが忙しいってことは、一応オレだって理解してる。でも、最近はずっと研究所で篭って仕事してるみたいでさ」


 最初は、いつものことだからと思いもした。けど、あまり休んでいる様子が見られなかった。確かに仕事は大切なことで、それで時間を惜しんで作業をすることだってあるかもしれない。だけれど、そんなことを続けていたら身体の方が持たなくなるだろうことは、オレにだって予想は容易かった。


「なんだかんだ言っても、身体は大事だろ? それで、クリスの所に押しかけたんだけどよ」

「結局喧嘩をして帰る羽目になった、というわけか」


 簡単に言えば、そういうことだ。
 研究所に行って、クリスに会って。少しは休むようにって話したけど、アイツは「大丈夫よ」と気にした風でもなく。口ではそう言っていても、連日の研究で疲れているのが見てとれたからオレは休めって言ったんだ。そしてそこから口喧嘩。
 最終的に「邪魔だから帰って!」とまで言われて追い出された。それがここにくるまでの経緯。オレ自身、何してるんだろうと思った。
 最後まで話を聞き終えて、シルバーは一度目を閉じた。再び銀色が顔を覗かせると、オレの金色を見据えて口を開いた。


「素直に言えば良かったんじゃないのか?」


 素直に、というのが簡単なことではないことくらいシルバーも分かっているだろう。まず、そんな柄でもない。
 休めと言うのも、身体が大事だから。そう思うのは、クリスを心配しているからだ、なんて。


「言えたら苦労してねぇよ」

「だが、そのせいで喧嘩をしたわけだろ」


 それはクリスが強情っていうのもある気がするけれど。オレが一言でも言葉を付け足せば良かったわけでもある。その素直な言葉が言えないから、したくもない喧嘩になってしまう。
 気持ちを伝える。それは、大切なことであり、難しいこと。
 でも、伝えようとしなければ分からないこともある。そのための言葉だ。


「さっさと行って来い。これ以上続けさせたくないと思ったから、行ったんだろ?」


 ただ見ているだけではいられなくなったから行動に出た。まさにその通りってやつだ。これでも最初は大人しく見ていたけど、そうもしていられなくなってつい。元々、行動に出てしまう方なのだ。
 さすがダチ公、良く分かってる。
 オレが一人で考えていようと、喧嘩をしたのではどうしたら良いのかも分からない。だから、こうして頼ることの出来る相手がいるっていうのは良いものだな、なんて思う。まぁ、シルバーにとっては良い迷惑かもしれないけど。


「入れてもらえるかも分からねぇけど、とりあえず行ってみることにする」


 言いながら立ち上がる。一言、「ありがとな」と付け加えて。
 それを聞いたシルバーが、溜め息混じりに「痴話喧嘩は程々にしろ」とこちらを見た。誰も痴話喧嘩なんて、と言い返そうとすると「早く行け」と先に続けられた。そう言われてしまえば、先程発しようとした言葉も飲み込まれてしまう。
 元より相談を持ちかけたのはオレの方でもある。後味を悪くして終わるのもと思うと、その言葉の代わりに「じゃぁな」とだけ言ってその場を後にした。



□ □ □



 やってきたのはマサラタウン。ポケモン界でも有名なオーキド博士が研究所を構えている町。そして、その研究所にクリスはいる。
 研究所の中に入ることくらいは、難しいことではない。オレも図鑑所有者の一人であり、理由もなく追い返されることはない。問題はそこから先、のことだ。


「ここまで来たは良いけどよ……」


 さて、どうしようか。考えているのは、クリスの使っている部屋の前。こんなところで考え事っていうのも変な話だけれど。
 何をすれば良いのかは分かってる。何をしなければいけないのか、も。
 そうはいっても、喧嘩をして追い返されての後だ。生憎、それでも図太くいつもと変わらずに入っていけるような精神は持ち合わせていない。だからといって、このまま引き返そうとも思ってはいないけど。  ただここでじっとしていても何も始まらない。そう考えて、一応ノックをしてから、ドアノブを回した。


「ゴールド…………」


 オレの姿を見るなり、「何の用」と次の言葉は冷たくなる。それも、喧嘩の真っ只中となれば当然といえばそうなんだけど。すぐにでも出て行けと言われそうな雰囲気は、とてもじゃないが居心地が良いとはいえない。


「用がないなら来るわけねぇだろ」

「だから、その用は何かって聞いてるじゃないのよ」


 ああ、これじゃぁまた繰り替えしになるだけだ。さっきも今も喧嘩をしたんじゃ、それこそオレは何しに戻ってきたんだかさっぱり分からない。そもそも、そんなために来たのではなく、その喧嘩をどうにかしようとして来たのだ。
 喧嘩腰ではダメだ。言おうとしていることも何も言えずに終わってしまう。


「…………さっきは、悪かったな」


 どういう経緯であれ、オレがここに来て喧嘩を引き起こしてしまったんだ。謝っておくのが筋ってもんだ。喧嘩なんて、どっちもやってて楽しいものではないんだから。
 謝罪をされて、クリスは驚いたようだった。一番初めに出てくる言葉がそれだとは、予想していなかったのだろう。でも、今はつまらない意地を張っている時ではない。そう思ってオレはここに来た。


「オレだって、お前と喧嘩しにわざわざ押しかけたりしねぇよ」


 仕事が忙しいのは百も承知。それでも行動に出てしまった理由。
 それが喧嘩の原因になってしまったわけでもあるけれど。たった一言が足りないだけで。本当に伝えたいことは形にしなければ伝わらないんだって、もう十分理解した。


「心配したら、悪いのかよ」


 お前のことを。
 誰だって、好きな人のことを心配するだろ。それも、休まずにずっと働いてばかりと来たもんだ。忙しいのは分かるけど、でも、オレだって心配するんだ。


「心配って……」

「お前のことをオレが心配したら、いけねぇのか?」


 真っ直ぐに水晶の瞳を見つめる。金色と水晶の色が交じり合う。それと同時に、やっと通じた気がする。


「最近はずっと研究所で仕事。忙しいからって、身体が持たなくなったらそれこそ困るだろ」


 さっき来た時にはちゃんと伝えられなかった気持ち。今度は、喧嘩にならないようにはっきりと言葉で伝えるって決めたから。柄じゃないっていうのは、言いながらオレが一番分かってるけど。
 段々視線を合わしているのが恥ずかしくなって、不意に逸らす。慣れないことはするもんじゃねぇなと頭の片隅で思いつつ。


「ゴールド」


 ポツリと漏れたクリスの声。「何だよ」とだけ返すと、クリスが抱き付いてきた。
 それがあまりにも突然で、驚きつつも受け止める。それから、胸元で小さな声が聞こえて。


「ごめんね」


 さっきはあんな風に言って。追い返したりして、ごめんね。
 震えるような声が下から聞こえてくる。見えないけれど、どんな表情をしているかはなんとなく分かる。だから、そっと手を背中に回して抱き寄せる。


「別に良いって。それよりも、あまり無理すんなよ?」

「うん」


 気持ちを伝える。気付いたら、最初の喧嘩なんてどこにいったのか分からない。やっぱり、なんだかんだで気持ちを伝えるってことが大切なんだって改めて感じる。なかなか言えないし似合わないけれど、こうやって分かり合えるのが何より一番だな。
 優しく抱きしめる。体温が伝わりあうのを肌で感じる。


「少しは休めよ? 忙しいのは知ってるけど」

「分かったわ」

「なぁ、まだ仕事続ける?」


 出来るなら、このまま一緒に帰らないか。休んで貰いたいし、どうせなら一緒にいたい。こうして一緒に過ごせるのは、久しぶりだから。せっかくなら、少しの時間でも共に過ごしたいと思うのは、好きな相手なら誰でも思うよな。勿論、オレも例外じゃない。
 だから、出来ることなら。そう思って尋ねる。


「今日はもう終わりにするわ。アナタも心配してくれてるから」


 顔を上げて、ニコッと笑う。その笑顔が可愛いなとコッソリ思いながら。どうせ見るなら笑顔が見たいものだよな。そんなクリスの笑顔につられてオレも微笑む。素直に伝えると相手も素直な気持ちで伝えてくれる。ちゃんとその分が返ってくることがなんだか嬉しい。


「なら、一緒に帰ろうぜ」


 そう提案するとクリスは「えぇ」と頷いた。そのまま手を引いて一緒に研究所を出る。飛び出すように走れば、後ろでクリスが名前を呼ぶのが聞こえる。もっとゆっくり歩けっていうけど、早く帰って一緒の時間をって思ってしまう。
 それがクリスにも分かったのか「もぅ」と呟きながらも笑っている。「早く行こうぜ」と言えば「そんなに急がなくても良いでしょ」と笑い合って。

 好きだから心配してしまう。なかなか伝えられない本当の気持ち。でも、形にしないと伝わらないから。時には形にして、しっかり伝えよう。
 大好き。その言葉も、時には形にして。










fin