長い年月が流れ、訪れた春。桜の花が舞う校庭を真新しい制服に身を包んだ学生が歩いている。
 沢山の話し声、楽しそうに笑う表情。新たな学校生活に夢を乗せた入学式が行われた。








「センパイ!」


 見覚えのある姿を見つけて、声を掛ける。すると、センパイはこっちを振り返った。


「ゴー、入学おめでとう」

「ありがとうございます」


 高校の入学式。その後のホームルームが終わって、漸く下校。今は丁度、下校する時間になった所だ。


「久し振りだな。少し見ないうちに、大きくなったな」

「そりゃぁ、成長期ですからね!」


 いずれセンパイに追い付きますよ?
 続けた言葉に、どうだろうなと返された。確かにオレも背は伸びたけどセンパイはもっと伸びている。でも、それはセンパイの方が年上だからどうしようもない。だけど、オレはまだまだ伸びるからいつかは追いつく可能性だってないわけじゃない。
 センパイが卒業して約二年。それだけの時が流れた。


「それにしても、センパイに会ったの何年振りだと思ってんスか!」

「しょうがないだろ? オレだって忙しかったんだから」

「でも、オレ。寂しかったんスよ」


 センパイが進学してからは、なかなか会えずに時間が過ぎていった。センパイも勉強や部活と何かと忙しかったらしい。
 だから、仕方がなかった。本当は会って遊んだりしたかったけれど、無理は言えない。それで、時々メールのやり取りをするくらいしか出来なかった。


「寂しかった、ってな……」


 沢山友達が居るだろう。
 そう言われて、センパイはそう思うんだなと感じた。別に間違いじゃないけど。でも、違うんだ。
 首を横に振ったら、センパイは頭に疑問符を浮かべた。だから、寂しかった理由を言葉にする。


「いくら友達が居たって、センパイが居ないと意味がないんスよ」

「オレ?」

「そうっス」


 けど、あまり理解はして貰えなかったみたいだ。
 小さい頃から一緒に遊んでいた弟のような存在。センパイからすれば、きっとオレはそんな立ち位置。それか、仲の良い後輩あたり。
 オレにとってもセンパイは昔から遊んでいるまるで兄のような存在で、優しい先輩でもある。だけど、オレにとってのセンパイはそれだけじゃない。


「だって、センパイはオレにとっての一番ですから」


 一番。何よりもセンパイが一番なんだ。
 何年も会えなかった。メールだけのやり取りなんて、本当は嫌だった。出来るならもっとセンパイと一緒に居たかった。数年も会えずにいたのに、この気持ちはずっと変わらない。


「知ってますか、センパイ」


 赤い瞳を真っ直ぐに見つめる。こうやって普通に話せることが、オレはとても嬉しい。
 最初こそ優しい兄のようだと思っていた。けれど、それは次第に変わっていった。一番といった言葉に、偽りはない。センパイの存在は、それほどにオレの中で大きな存在だった。


「オレ、センパイが好きです」


 抱いていた気持ちを伝える。ずっと、いつからか抱いていた気持ち。
 目の前のセンパイは、驚いたようにオレを見た。それから、どちらも喋らずに沈黙の時間が続いた。それがどれくらいだったのかは分からないけれど、オレはセンパイから視線を逸らした。そして、沈黙を破るように口を開いた。


「……なんて。別に深い意味はないんで、気にしないでください」


 校庭に並ぶ桜の木を見る。実際は、長い沈黙に耐えられなくて逃げただけ。でも、オレはセンパイを困らせたい訳じゃない。後輩から突然こんなことを言われたら、どうしたら良いのかなんて分からないと思う。困るのも当然。
 あまりにも会えない日々が続いたから、思い切って伝えてみた。だけど、これで逆にギクシャクした関係になったらそれこそ嫌だ。大好きな先輩を慕う後輩のまま、過ごせば何も変わらないと話をすり替える。


「ほら、センパイ。そろそろ帰りましょう!」


 振り向いて笑う。元々オレはセンパイを慕って、良くセンパイを追いかけていた。だから、別におかしなことはない。きっとセンパイは何も分かっていないだろうし。


「ゴールド」

「…………なんスか」


 だけど、センパイに愛称ではなく名前で呼ばれてビクッとする。さっきの今だから余計に。


「変わらないな、ゴーは」


 出てきた言葉に、オレは何を言いたいのかが分からなかった。どこをどう見て、そう思ったんだろう。


「変わらないって、数年も経ってますよ」

「分かってるよ」

「どうしたんスか?」


 急にこんなことを言い出して。
 だけどセンパイは笑って一歩足を踏み出した。


「なんでもないよ。帰るんだろ?」

「あ、はい!」


 何でもないって、気になるんですけど。そうは思うものの、先に歩き出したセンパイの後を追いかける。まぁ、さっきのことを気にしている訳でもないみたいだし、気にしないことにしよう。
 こうして一緒に帰るのも久し振りだ。同じ学校に通っていた頃は、いつも一緒に帰っていた。というより、オレがいつもセンパイを待っていただけのことだけど。


「オレもゴーが好きだよ」


 あまりに突然、そう言われてオレは思わず足を止めた。その話は気にしていないと思ったのに、今更なんて不意打ち過ぎる。
 でも、きっとセンパイはオレの言った意味は分かっていないんだろうな。


「ゴー?」

「え、なんでもないっスよ! 行きましょう!!」


 不思議そうにセンパイがオレを見た。慌てて返事をして、怪しまれないようにセンパイの所まで走った。センパイより少し前に行った所で、歩き始める。


「絶対、分かってないよな……」

「何がだよ?」


 思ったことを小さく呟いた。すると、隣まで来たらしいセンパイが疑問で尋ねてきた。そんなセンパイを見て、今はこのままでも悪くはないと思った。いつかまた、本当のことをセンパイに言ってみよう。その時に何と言われても、オレの気持ちは変わりそうにないから。
 そう心の中で決めて、センパイを振り返ってニコッと笑った。


「いずれ分かりますよ」

「だから、何をだよ」

「そんなに気になるんスか?」


 尋ねれば、センパイは頷いた。まだ、この学校での生活は始まったばかり。先は長いんだ。いつも通りの後輩でありながら、少しずつセンパイに気持ちを伝えてみよう。


「オレがセンパイを好きだってコトっスよ」


 ちょっと前にも伝えた言葉を繰り返す。何度も何度も言えば、いつかはオレの言う本当の意味に気付いて貰えるかもしれない。というより、そのつもりで言ってるんだけど。
 だから今は分からなくても、一緒に過ごせれば良いんだ。また疑問を浮かべたセンパイにを見て思う。


「だから、いずれ分かりますってば!」


 強引に話を切って歩いて行く。とりあえず、今はこのまま。


「センパイ、また一緒に学校行きましょうね!」


 共に過ごせる時間を大切にしたい。昔のように一緒にと誘えば、センパイは「そうだな」と笑ってくれる。これだけでも幸せだなって思える。
 それでも、いつかは振り向いて貰いたい。長期戦なんて今更だ。既に何年にも渡っているんだ。

 いっそ、センパイがオレのことを好きになってくれるように。










fin