今日は空が良く晴れていて、寝るのには丁度良い気温で。ひたすら板書をするのが面倒で、なんて言えば教師に怒られるのは必須だから口にはしないけれど。そもそも授業に出るのが面倒で、休み時間であることを良いことに教室を抜け出した。
言葉にせずとも伝わる気持ち
「やっぱりここか」
頭上から聞こえてきた声に瞼を持ち上げれば、自分と同じ色をした瞳とぶつかった。まだ太陽が高い位置にあることかして、学校が終わった訳ではないだろう。それなら心配する必要はないかと再び目を閉じようとすれば、寝るなと阻止される。
「んだよ、時間なら平気だろ」
「それはそうだけど、そうじゃないから言ってるんだって」
まぁそれもそうかと諦めて起きる。ポケットに入れていた携帯を取り出して時間を確認すると、もうすぐ昼休みも終わりといった時刻だった。そういえば腹が減ったかもな、と頭の片隅で考えながら目の前の人物を見る。
漸く聞く気になったらしいことを確認すると、ここにきた用件を口にする。
「次の授業何か知ってる?」
「あー……時間割見ねぇと分からねぇな。って、それと何か関係あるのか?」
別のクラスなのに、という意味を含みながら尋ねる。わざわざ他クラスの時間割を気にする必要はないし、正直他クラスのことなんだから関係ないだろう。
勿論、ここに来てそれを聞いているのに理由はある。その理由が尋ねられた方は全く気付いていないらしいが、元々こんな為に屋上に来るのはこちらとしても不本意だったのだから仕方ないだろう。
「クリスが次実習なのにお前が戻ってこないって」
「実習? そういやそんな話してたっけ」
「お蔭で廊下で会ったオレがゴーのこと任されたんだよ」
任されたというよりは、強引に呼んでくるように言われたの間違いであるが。それは言わないでおくことにする。後が怖いというのもあるが、大体予想出来ているだろうから。
「実習っつってもな……ぶっちゃけサボりたいんだけど」
その発言に、やっぱりなと思う。普段の授業でさえ面倒だからとサボるというのに、実習に出ようと思わないだろうことは軽く想像出来る。実習系の授業で受けるとすれば、運動は得意だからと体育をするぐらいだろう。他も不得意という程でないにしろ面倒なのだ。学生がそれで良いのかという突っ込みはこの際なしで。
しかし、分かっていてもそう言われたところでどうすることも出来ない。頼まれたのは呼んで来いと言われただけであって、逆に連れて行かなければ誰が怒られるかなんて目に見えている。
「それオレに言われても困るんだけど。怒られるのオレじゃん」
「なら代わりに実習やってくんねぇ?」
「嫌だからな。オレだって実習なんて面倒だし」
当然の答えを返されて、どうするかと呻く。諦めて出ろと言ってもだってと返ってきて話が進まない。
だからといって、代わりに授業を受けることは絶対にするつもりはない。まず、そういう考え方に至るのが普通でないのだが、この二人は見た目も中身もそっくりな一卵性双生児。親しい人にはバレるとはいえ、入れ替わっても殆ど騙すことが出来る。どうしてそんなことが分かっているのかといえば、以前に試したことがあるに他ならないがそれはそれ、これはこれだ。
「ちなみに、何の実習なの?」
「何だろうな。えっと……多分家庭科?」
薄らと記憶に残っている時間割とクラスメイト達が話していたことを思い出しながら、なんとか科目を把握する。それも曖昧ではあるものの、おそらく正しいだろう。家庭科の実習で呼びに行かなければいけないものといえば、授業内容は調理実習という可能性が高い。
当の本人は何を作るかも理解していないし、どういうグループ分けになっているのかも知らない。でも、前回の授業は一応形だけ出ていたなと思い返せば、徐々に何をするのかが明確になってくる。
「そういやデザート系を作るって話だったな。何にするかは班毎に違うと思うけど」
「じゃぁ、その班がクリスと一緒ってことか。さしずめシルバーも同じか」
「アイツも分かってねぇだろうけどな。オレと一緒だろうし」
いつも二人してサボっているのだからその言葉通りなのだろう。そうなると、クリスはシルバーでも探しに行ったのだろうか。普段は一緒に居る二人だけれど、今日は珍しく屋上には一人で居たようだから。
「ゴーがシルバーと一緒じゃないなんて珍しいな」
「そうか? でも、アイツもちょっと前まではここに居たぜ。ブルー先輩に用があるってお前が来る前に出てったけど」
そういうことだったのかとここにきて納得する。丁度入れ違いになっていたというだけで、いつも通り二人してサボってたのようだ。どっちにしても二人共サボり癖は相変わらずだなと思う。同じクラスだった時は一緒になってサボっていたのだから人のことは言えないけれど。
今はどうかって、それなりに出ているとだけ答えておけば良いだろうか。結局は皆似たり寄ったりなのである。サボり癖はそう簡単に直らない。教師側からすれば早く直せと言いたいことだろう。
「なぁ、ゴー」
「ダメだからな。オレだって授業あるし」
どうせまともに受けないだろ、という言葉は飲み込んで。そっちを代わりに受けておくからと言っても了承されることはなく。自分の授業くらい自分で受けて貰わなければ困る。
どうしようかと考えたところで受ける以外の選択肢はないのだろう。班毎の実習なのに行かなければ、それこそいつも以上に怒られることになるのは分かり切っている。諦めるかと溜め息を吐く様子を見ながら、「じゃぁさ」と話を切りだしながら目の前の兄弟は口角を持ち上げる。
「オレのために作ってよ」
いきなり言われた言葉の意味を理解するまで、時間は要さなかった。ついでに、どういう意図が含まれているのかも全部分かってしまった。
双子であることを嫌だと思ったことは一度たりともないし、わざわざ口にしなくても通じ合えることに不便を感じたこともない。けれど、この時ばかりは相手のことを分かり過ぎるのも考え物だと感じてしまった。
「それなら少しは違うんじゃねぇ?」
屈折のない笑顔で見られたら断れる訳がない。なんでこうなったかなんて、考えずとも自分がサボりたがっていたからに他ならない。
「……分かったよ。調理実習に行けば良いんだろ」
「楽しみにしてるな」
兄弟には甘い。色んな意味で、と言ったのは誰だったか。どちらも全くその通りなのだ。仲が良いのは結構だけれど、人前では程々にしろとも何度言われたことやら。その点は、今はこの屋上に二人だけしか居ないのだから問題ないだろう。そもそも、二人にはそこまで仲が良いという自覚はないのだけれど。
キンコンカンコーン、と授業開始五分前を知らせるチャイムが聞こえてくる。もうそろそろここを離れなければならない。
「頑張れよ」
「そっちもな」
短い言葉の後に交わされるのは、優しく触れ合うキス。どちらともなく口付けると、何事もなかったように「また放課後にな」とだけ言って別れる。出て行った扉を見ながら、自分も授業に行くべくその扉を潜った。
見た目も中身もそっくりな双子の兄弟。
言わなくても通じてしまうから口にしないことも多いけれど、たまには言葉にするのも悪くはないかもしれない。夕闇の世界で待っている兄弟の元に調理実習で作ったお菓子を手に持って伝えよう。
好き。大好き。
誰よりもお前が好きなんだ、って。
今日も仲の良い双子は空に輝く星が見守る中、二人並んで家路に着く。
fin