今日は間に合いそうだな、なんて思いながら青い空の下を歩く。別に毎日のように遅刻しているわけでもなければ、好きで遅刻をしているわけでもない。ただ気付いたら始業時間を過ぎていることがあるだけだ――と説明しても、オレが悪いんだと委員長あたりはいつも言ってくれる。
とはいえ、今日は怒られることもないだろう。特別早いわけでもないが遅刻をしない時間だから問題ない。
「ゴールドさん!」
学校に着くよりも少し手前。名前を呼ぶその声はオレのよく知る人のものだった。黄色いポニーテールを揺らしながらこちらまで走ってきた彼女は一つ上の先輩。
「イエロー先輩! 朝会うなんて珍しいっスね」
「そうですね。おはようございます」
挨拶に挨拶を返しながら二人で並んで歩く。もっとも、朝にあまり逢わないのは主にオレの遅刻が原因だ。大多数の生徒と外れた時間に登校しても会う奴には会うけれど、今はそんなことどうでも良いだろう。
今日も暑いだとかそんな会話をしながら「でも今日はゴールドさんに会えて良かったです」と、先輩が言ったのに疑問が浮かぶ。今日は、ということは何か用事でもあるのだろうか。考えたところで答えが見つかるとも思えず、オレはその疑問をそのまま先輩に投げ掛けた。
「オレに用でもあったんスか?」
先輩がオレに用事というのも思いつかなかったが、こちらに用事がないだけで先輩もそうとは限らない。学年も違えば部活が同じわけでもない。だからあまり用事という用事はないような気がするけれど。
全く分かっていない様子のオレに先輩は一瞬きょとんとした表情を見せたもののすぐに柔らかな笑顔を見せた。そして当たり前のように言ったのだ。
「今日はゴールドさんの誕生日でしょう?」
言われてみれば、ああ成程と納得である。忘れているなんて珍しいですねと隣でイエロー先輩は笑っている。オレもついこの間までは覚えていたけれど、テストだとか色々あっていつの間にか頭から抜け落ちていた。成績が決して良いとはいえないオレにとってテストで赤点を取るか取らないかは大きい。補習なんて御免だとテスト直前に勉強を見てもらったのは記憶に新しい。
そのテストも全部返却され、なんとか無事にどの教科も赤点は回避出来た。安心したところで学校は夏休み直前でそちらのことばかりが頭を占めていた気がする。
「覚えてたんですね」
「当たり前じゃないですか」
忘れるわけがないとでもいうようにイエロー先輩は話す。大切な友人の誕生日なのだからと。
確かにそうかもしれない。オレも先輩を含めた大切な人達の誕生日はしっかり覚えている。自分の誕生日も忘れる方ではないのだが、今回は色々あったんだから仕方がない。
今日一番最初に会ったのがイエロー先輩で良かった、と心の中で呟く。これがレッド先輩とかだったら自分の誕生日も忘れてたのかという話になっただろう。そのレッド先輩がオレの誕生日を覚えているかどうかは分からないけれど。
「誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
お決まりのようなやり取りをして笑う。それから「大したものじゃないですけど」と先輩は鞄から可愛らしい紙袋を取り出して差し出した。それをまたありがとうと受け取りながら嬉しいと伝える。ちゃんと誕生日を覚えていてくれてこうして祝ってくれて、更にプレゼントまで用意してくれたなんて嬉しくないわけがない。
「こんなにちゃんと祝ってくれるのイエロー先輩ぐらいっスね」
「そんなことないですよ。みんな覚えてると思いますよ」
「そうっスか? レッド先輩とか怪しいと思いますけど」
そんなこと、と言いながらもそこで止まってしまったのはレッド先輩の性格を知っているからだろう。それでも「大丈夫ですよ、きっと」となんとか続けられたのは、やはりレッド先輩のことを分かっているからだろう。
誕生日だからと特別催促するつもりはないけれど、祝ってもらえれば当然嬉しい。催促して忘れられてたっていうのも悲しいしな。オレ自身も今年は忘れてたけど。
「あ、そうだ。イエロー先輩、夏休みの予定ってもう埋まってます?」
自分の誕生日さえ忘れて最近考えていたのは夏休みのことだ。せっかくの夏休み、課題も大量に出されるがやはり楽しまなければ損だ。三年しかない高校生活の中では貴重な時間なのだから。そう思うのなら遅刻もするなと誰かに言われそうな気もするが、それとこれとは別問題だ。
「夏休みですか? まだこれといって用事はないですが……」
「それならみんなで遊びに行きましょうよ!」
シルバーやクリス、レッド先輩達も誘って。高校三年生の先輩達は忙しいかもしれないが少しくらいなら遊ぶ時間もあるのではないだろうか。忙しいから無理だと言われてしまえば仕方がないが、あの人達ならなんだかんだ言っても時間を作ってくれるだろう。グリーン先輩も含めて。そういう人達だ。
オレの提案にイエロー先輩は「いいですね」とすぐに同意をしてくれた。やっぱり夏なら海か、それともここは山に行くべきか。遊園地で一日遊び通すというのも有りだろう。
「これだけ色んな場所があると悩んじゃいますね」
「それなら全部、ってワケには流石にいかないですしね」
オレはそれでも全然構わないけれど先輩達は難しいのではないだろうか。それならシルバーやクリスを誘って行けば良いだけだが、アイツ等もどこまで付き合ってくれるか。まずシルバーは出掛けること自体乗り気にはなってくれなさそうだ。ブルー先輩がいるなら来てくれるだろうけど、とは本人には言わないが。
「レッドさん達は受験で忙しいでしょうからね」
「そうっスよね。オレ達にはまだ関係ない話ですけど」
こう言ったらクリス辺りには関係ないことではないと注意をしそうなものだ。進学するにしても就職するにしても、高校一年の時から準備をしておくのは悪いことではないとか一年の時の成績も関わるとか。そういうことを一通り説明してくれそうだ。
まあここにクリスはいないからそんな心配も不要だけれど、まだ一年なんだから自由に遊んで過ごしても良いだろとオレは思ってる。三年になったら最後なんだから、と言うのではないかということは気にしてはいけない。オレは今一年生なのだから先のことなんて分からない。未来のことも大事だとしても今を楽しむことも大事だろう。
そういえばイエロー先輩はそういうことを考えたりしているのだろうか。先輩もまだ二年生ではあるが、オレよりは年上でそういった話も出てくるのかもしれない。一応、一年のオレ達だって進路希望調査のようなものは書かされる。内容は進学か就職か、といった簡単なものだけれど。
気になって尋ねてみると「ボクはまだあまり」と苦笑いで返された。まあそんなものだろう。三年生だって真面目に考えている人もいればそうでない人もいるだろうし。グリーン先輩とレッド先輩でも随分と違いそうだなと勝手に失礼なことを考えるが、あながち間違ってはいないのではないかとも思う。
「やっぱ夏なら海に行っとくべきですかね」
勉強の話なんて好んでしたいとは思わない。脱線してしまった話を元に戻すことにする。
夏といえば海、となるかは人それぞれだろうが海が夏の風物詩の一つであることには違いない。山や遊園地といった場所は他の季節でも楽しめるかもしれないが、海が楽しめるのはどう考えても夏が一番だ。他の季節では海を見れても入ることが出来ない。
そうはいっても他の場所にも惹かれるが、それはそれで誰かを誘って行くのが良いだろう。付き合ってくれるかは分からないが、頼めばそれなりに付き合ってくれるであろう友人達もいることだ。
「海なら花火も出来そうですね」
「昼間は海で遊んで夜は花火っスね!」
どんどん予定が膨らんでいく。まだ他のメンバーには聞いていないが一日くらいみんな都合をつけてくれるだろう。花火といえば派手に打ち上げ花火もやりたいところだが、いくらなんでもそれは無理か。それでも色んな種類の花火を買っていけば十分に楽しめるだろう。
こうして話していると夏休みがどんどん楽しみになってくる。そんな夏休みももうすぐそこまでやってきている。大量の宿題は苦だが楽しみの方が何倍もある。
一通り予定が決まったところで、いつものメンバーにあとで伝えておこうと纏める。それならレッド先輩達には伝えておくというイエロー先輩の厚意には素直に甘えることにした。細かい内容はみんなの予定を聞いてから、いつも通りの夏休みだ。
「あの、ゴールドさん」
不意に呼ばれて「何ですか?」と聞き返すと、少しばかり迷うように動いた双眸がこちらに向けられた。それからにこっと笑って。
「夏休み、遊びに行く時はボクも誘ってくださいね」
三年の先輩達は忙しいだろうから無理だろうと思っていたけれど、イエロー先輩もそれなりに忙しいだろうと思っていた。だからシルバーやクリス、あとは他のクラスメイトとかに適当に声を掛けようかと思っていたけれど、先輩の方からそんな風に言ってもらえるとは思わなかったから些か驚いた。けれど。
「勿論っスよ! せっかくの夏休みなんスから目一杯遊ばなきゃ勿体ないですからね」
「はい。楽しみにしてますね」
一人より二人。どうせ遊ぶのなら誰かと一緒の方が何倍も楽しい。
今年の夏休みはいつも以上に楽しい毎日になるかもしれない。そんなことを心の中で思いながら、いつの間にか着いていた下駄箱の前で別れる。それじゃあまた、と。
今年の夏の計画は?
(まずみんなで海に行って、それから)
(今年はいつも以上に充実した夏休みになりそうだ)