「なぁ、これ」

「あー……次かな」


 こそあど言葉、というものがある。これ、それ、あれ、どれ。抽象的な表現のそれ等を、二人はしっかりと把握して喋っている。
 そんな会話を聞いても、第三者に意味は分からない。行動を見て、初めて理解することが出来るのだ。


「どうして通じるのかな。もう慣れてるけど」


 そんな光景を見ながら、ベッドの上で呟いた。目の前には、ゲームをしている兄弟達。一見普通だが、そこで広げられている会話は、不思議なもの。
 何気なく呟いただけだったが、意外にも声が返ってきた。それも、予想外の方向から。


「何今更なこと言ってんだよ」


 どこから声が聞こえたかといえば、上。ベッドに居れば上から声が降ってくるのはおかしくはない。この場合、ベッドに居なくても上から降ってくる訳だが。
 理由は単純。相手が、二段ベッドの上段に居るから。


「あれ、兄さん起きてたの?」

「今何時か分かってて言ってんのか、お前」

「分かってるよ。でも、帰ってきた時寝てたんだもん」


 部屋に入る時に確認して、それからは知らないのだ。まだ寝るには早い時間だということくらいは、時計を見ればすぐに分かる。
 そう言われて、なんだかどうでも良くなる。とりあえず、話を戻すことにする。


「で、気になるなら本人達にでも聞いたらどうだよ」

「答えなんて分かりきってるよ」

「なら、気にすんな」


 ばっさりと一刀両断される。だが、そう言われるのも仕方がないのだ。
 こんなことは、気にしてもしょうがないのだ。生まれてからずっとこうなのだから特に理由なんてないのだ。聞いたところで、何となくとしか返ってこないだろう。


「兄さん達、どうかしたのか?」


 二つの金が首を傾げながらベッドの方を見ている。どうやら、ゲームは一段落ついた所らしい。


「別に何でもないよ」

「そう?」

「うん、だからゲームやってて良いよ」


 そう言われて、二人はまたゲームに戻る。画面が変わった所を見ると、次のステージに進んだようだ。相変わらず、会話の意味を理解することは難しい。
 弟達の会話は、何となく分かるからこうなっているらしい。勿論、二人が互い以外と話す時は普通である。二人の会話になると、不要な部分が省かれるから第三者には分からないだけなのだ。


「ねぇ、兄さん。寝た?」

「別に寝てねーよ」


 静かになったから控えめに尋ねたのだが、大丈夫だったらしい。先程にもそんな話になったからか、「何でそうなるんだよ」と若干怒鳴られた。でも、続けられた言葉は普通に「何」と返ってきたので、ヒビキは口を開いた。


「やっぱり兄弟って特別なのかな」

「は? 何だよ急に」


 唐突すぎて意味が分からない。そう言いたげな兄に、ヒビキは「何となく」とだけ答えた。
 しかし、それは全く答えになっていない。それだけで理解しろとは、無茶な話だと思う。


「簡潔に言えよ。アイツ等のこと言いたいのか?」

「なんだ、分かってるじゃん」


 適当に言っただけだったが、当たっていたらしい。だが、流石にそれ以上先は分からない。「それで」、と続きを催促する。


「弟はアレだし」

「おい、簡潔に言えって言ってんだろ。オレはそれだけで理解なんて出来ねーからな」

「だから、そういうことだって」

「いい加減殴るぞ……?」


 音で動いたのが分かって、ヒビキは慌てて「暴力はダメだよ!」と反論する。そう言えば、溜め息を吐きながらも殴るのは止めてくれたらしい。果たして、それが本気だったのか冗談だったのかは分からないけれど。


「特別っつーか、大切ではあるけど。まぁ、考えてることもなんとなくならな」


 ヒビキが言葉にしない為、尋ねられた言葉の真意は分からない。けれど、ゴールドなりに答えを返した。
 それを聞いて何やら考えていると、上では何やら物音がしている。暫くして鳴ったドンという音に、ヒビキは思わず顔を上げた。


「まぁ、兄弟ってのは親子でも友達でもねーからな。特別でもあるだろ。色んな意味で」


 お前はどうなんだ?
 ベッドの上段から飛び降りたゴールドがヒビキを見る。それから、視線を別の方向へと向けた。


「お前等、もうボスだろ。そこで終われよ」

「いや、大丈夫だぜ」

「セーブしてあるし」


 いつの間にかゲームを終える準備をしていたらしい。電源を切ると、テレビの方もスイッチを切る。そして、二人もゴールドとヒビキの元へと集まる。


「兄弟は兄弟だろ? 別にオレ等二人だけじゃなくて、皆普通に仲良いじゃん」

「大事なんだから特別でもあるよな」

「って、いうことらしいぜ?」


 弟達の言葉を一番上がまとめる。上のゴールドは兎も角、他の二人は一体いつから話を聞いていたというのだろうか。その疑問をそのまま本人達に投げ掛ければ、二人は顔を見合わせるとニコッと笑ってヒビキを見た。


「オレ等の話をしてた頃からだったと思うぜ」

「それでヒビキにどうかしたのかって聞いた時ぐらいから、セーブしてたかな」


 言われた内容に驚く。それは、大分前から聞いていたということになるのではないだろうか。むしろ、最初から聞いていたといっても過言ではないかもしれない。
 そして、一番上もそれに気付いていたのだろう。全く、兄弟は侮れないものだ。


「まぁ、考え方なんて人それぞれだけどな。それで、何かあったのか?」


 最後には別の質問を投げ掛ける。どうして自分の兄弟は、こんなにも鋭いのだろうかとヒビキは思う。別に何かあった訳ではないけれど、ちょっと考え事をしていたのは確かだ。
 でも、考えてみれば自分の兄弟に何かあれば何となく分かる。例え隠したとしてもそれが嘘だということくらい分かるのだ。多分、それはこの兄弟の誰もがそうなのだろう。


「ソウルと喧嘩でもしたのか?」

「何でそうなるのさ! 別に喧嘩なんてしてないよ」

「じゃぁ、コトネと何かあったとか」

「何もないってば。どうしてソウルやコトネが出てくるんだよ」


 次々と出てくる友の名前に、ヒビキは否定を繰り返す。どこからそういう考えになったのかと聞きたい。おそらくヒビキの周りの友人の名前を挙げているだけだろうが、挙げられる方は良い迷惑である。


「別に大丈夫だよ。大したことないしさ」

「本当か? 誰かに何かされたなら、潰してきてやるぜ?」


 いきなり物騒な話になり、「本当に大丈夫だから!」と兄に言う。もしここで誰かの名前を挙げたなら、間違いなく言葉通りに潰しに行くことだろう。それも兄弟が大切だから起こす行動なのだろうが、暴力で解決することが良いとは言い難い。
 段々と好き放題に言い出している兄弟達に、ヒビキはどう収拾付けるべきかと悩む。でも、大丈夫だといった言葉は分かって貰えているらしいので良かったと思う。そのせいか話の方向性が徐々に逸れている。


「そういえば、ゲーム途中でしょ? 続きやろうよ」


 話題を変えることで一区切りを付ける。それから。


「ありがとうね、皆」


 そう言えば、兄弟達は微笑みを返した。それからゲームをやろうと、電源を入れる。いつの間にか取り出したらしいコントローラーは、全員に行き渡っていた。一番上が「オレもやるのかよ」と文句を言っているが、周りは気にしていないらしくソフトを起動させている。


「せっかくだし、チーム戦でもやる?」

「じゃぁ、ゴー組もうぜ!」

「本当、お前等いつも一緒だな」

「別に良いじゃん。あ、ならクジで分けるか?」

「面倒だからそれで良いけどよ。ヒビキ、コイツ等に絶対勝つからな」

「そうだね。この二人に負けたくないもんね」


 適当にチームを決めながらゲームの設定を進めていく。その中で兄二人が酷いことを言っているのに下は反論の声を上げる。代わりに同じようなことを言い返せば、やはり似たような言葉が返ってくる。
 そんなやり取りをしながらゲームのスタートボタンを押す。

 今日も兄弟部屋からは笑い声が響いている。










fin