「もうすぐお前も卒業か。早いモンだな」


 オレンジ色の夕日が差し込む教室。他の生徒達は既に教室に残っていない。部活も引退している三年生だ。学校が終われば他にやることもなく、さっさと家に帰っているのだろう。
 そんな教室に残って居るのは、一人の教師とその生徒が一人。


「なんだかんだで三年間ずっとお前の担任だったのか」

「三年も先生のクラスメイトだったんですね」

「……どういう意味だよ」


 言い方からしてあまり良い印象は受けない。出来れば他の先生のクラスになりたかったかのように聞こえる。実際そう思っているのかもしれないけど、とゴールドは思う。
 二人の出会いはシルバーがこの学校に入学してきた時。今と同じでゴールドが担任、その生徒としてシルバーは出会った。あの時から既に三年が経とうとしている。時というのは早く流れるものだ。


「思えば色んなことがあったよな」

「どうしたんですか、急に」


 昔を懐かしむゴールドにシルバーは疑問符を浮かべる。もうすぐ卒業とはいえ、まだ卒業までには数ヶ月残っている。三年があっという間なら、数ヶ月なんてほんの一瞬のように流れてしまうかもしれない。それはきっと、卒業する時になってから初めて気が付くのだろう。時とはそういうものだ。
 急に、とシルバーは言ったけれどゴールドからしてみれば別に急な話ではない。シルバー達が二年生になった時、もう一年が経ったんだなと思った。三年になった時には、後一年でコイツ等も卒業なのかと。そして今は、もう卒業間近になっているんだなと感じている。


「でもまさか、お前が教師になるなんて言い出すとは思わなかったぜ」


 三年間ずっと担任を受け持っていたということは、当然進路についてもずっと話してきた。進路なんて最初は進学するか就職するかの二択を考えるようなところから始まる。どうするか悩んでいたシルバーに、自分の好きなことをやれば良いと話をしたのはいつだっただろうか。
 それからいつだったかの進路調査表を提出してきた時。曖昧だった進路希望ははっきりとした目標が書かれていた。勿論、理由は進路相談の時にしっかり聞いている。


「オレも先生が担任でなければ教師になんてならなかったと思います」

「それじゃあオレが教師になれって言ったみたいじゃねぇか」


 実際にはそんなことがあった訳ではない。きっかけがゴールドであったことは間違いないけれど、それはあくまでもきっかけ。その道を進もうと思ったのはシルバーの意思だ。


「お前のクラス担任になった時は新任教師だったけど、お前が教師になる頃には新米じゃなくなるな」

「それで新米と同じだったらそれこそ問題だろう」

「もし同じ学校になったら、その時は色々と教えてやるよ」


 数年後にやってくるかもしれない未来。教師になったとしても同じ学校に勤務する可能性は低いだろう。けれどないとも言い切れない。だから、もしそうなった時は同じ職場の先輩として色々と教えようとゴールドは思う。別の職場だったとしても、訪ねてきてくれた生徒に先輩としてアドバイスくらいしてやれるだろう。その頃には教員の仕事も板についているのではないだろうか。
 まだ見たことのない未来の世界。そこにどんな世界が広がっているのかは誰にも分からない。けれど、その未来に約束をすることは不可能ではない。


「その時は、先生もオレの話を真面目に聞いてくれますか?」


 何やら意味ありげな笑みを浮かべて尋ねられる。生徒の話くらいいつも真面目に聞いているだろう、と普段のゴールドなら答えただろう。今は、少し視線を逸らしながら答えに悩んでいるようだ。
 それもシルバーの言う“話”の内容が問題なのだ。ほんの数週間前、今日と同じような放課後の教室で二人は話をしていた。そのことを指しているということは分かっているのだが、その時にも言ったように素直にうんと頷けるような内容ではなかった。だが、ゴールドは否定もしなかった。それにも理由があって、本人の口から直接理由を聞いているだけにシルバーもそれは知っている。だからこそ、こう話しているのだ。


「お前はまたそうやって……オレは教師だって言ってんだろ」

「卒業すればオレは先生の生徒ではなくなる」


 そうだけど、そういう問題ではない。まず生徒でなくなったとしても、生徒だったことに変わりはない。いきなりこんな話を振られても正直困るというのが本音だ。補足しておくと、困るのであって嫌という訳ではない。だが、ゴールドはシルバーの担任なのだ。他にも色々と、理由は挙げようとすれば幾らでも出てくることだろう。
 これらが全て言い訳でしかないということは、ゴールド本人が一番分かっている。分かってはいるけれど、結局二人は教師と生徒。それ以上でもそれ以下でもない。


「それとも、オレではダメか?」

「そうは、言ってねぇだろ。っつーか、この話はこの前終わったんじゃなかったのかよ」

「オレは諦めないと言いました」

「諦めるとか諦めないとかそういう問題でもないからな!」


 なんでこんなに生徒一人に振り回されているのだろうか。ああだけど、出会った当初はどちらかといえばゴールドの方がシルバーを振り回していた。一人を好むシルバーに積極的に話し掛けて、少しは協調性をなんて言ったものの余計なお世話だなんて言われたりして。
 そうやってゴールドが話し掛け続けていたから、シルバーも少しずつ話をするようになって。いつからか彼のことを目で追うようになって。元を辿れば先生のせいじゃないか、なんて言えば人のせいにするなと返ってきたのは記憶に新しい。


「はぁ、本当になんでオレを選ぶんだよ」

「この間も言いましたが、もう一度言った方が良いですか?」

「……遠慮しとく」


 あんな台詞を二回も聞くことなんて出来ない。一回聞いただけでも、こちらは恥ずかしくて居た堪れなかったというのに。
 そもそもどうしてこんな話になったのだろうか。それは、シルバーが教師になった時は真面目に話を聞いてくれるかと尋ねらたからだ。というか、一つ誤解を解くならあの時も真面目に話は聞いていたというところだろうか。あえて訂正はしないでおくけれど。


「あのさ、シルバー」


 言いたいことならこの前に全て話した。それはどちらも同じだろう。だから、これ以上話したところで答えはあの時と変わらない。
 けれど、そこまで言うのであれば。


「もし、お前が教師になった時も気持ちが変わってなかったら。その時はもう一度、あの話を聞いてやるよ」


 今はまだ教師と生徒だけれど、その頃には互いの関係も変わっている。たかがそれ一つがなくなったところで問題は幾つも残っているけれど、この関係がある限りはどうあっても頷くことは出来ないから。
 そんな先になっても気持ちが変わらないことなんてあるかは分からない。むしろ気持ちは変わるだろうとさえ思う。

 だけど、もしも。数年後やってくる未来でも同じ気持ちを抱いていたなら。
 その時はもう一度あの時の話を、お前の告白を聞こう。そして、教師と生徒という余計な関係はナシで本当の気持ちを伝える。シルバーの気持ちが変わろうが、自分の気持ちは変わらないだろうなという自覚くらいはあるから。


「その言葉、忘れないでくださいね? 先生」


 ああ本当にコイツは。人の心なんて変わるものだというのに、絶対変わらないという自信があるかのように見える。というより、実際に変わらないという自信があるのだろう。自分と同じで。
 なんで自分より年下の、しかも自分の生徒に振り回されているんだろうか。そう思いながらも、惚れてしまったんだから仕方がないということで片付けておく。


「そういうお前が忘れたらどうしようもないけどな」

「オレは忘れないから心配ない」


 アンタこそ忘れるなよ、と敬語をなくして言われる。元々、敬語なんてあってないようなものだ。基本的には敬語を使うようにしているようだが、他の先生はともかくゴールド相手となるとシルバーは敬語をなくして話すことも少なくない。シルバーに限らず、年が近いからということもあってゴールドは生徒には気軽に話し掛けられるタイプの教師なのだ。


「シルバーが教師になる日が楽しみだな」

「すぐにやってくるだろうな」

「なら期待して待っててやるよ」


 さて、その日が来るのはいつになるのだろうか。
 きっとそう遠くない未来にやってくるだろう。そしてその日には、一週間前と同じことを繰り返すのだろう。教師と生徒ではなく、一人の人間として。この気持ちを伝える日が、やってくるに違いない。


「その時は真面目に答えを出してくれるんだな?」

「心配しなくても真面目に答えるっつーの。お前も少しはオレのことを信じろよ」


 念を押さなくても大丈夫だというのに念を押してしまうのは、一週間前の出来事があったからだ。だが、信じれば良いというのなら素直に信じてその日が来るのを待つ。


「卒業したら寂しくなるな」

「数年後には、またここに戻って来るつもりだ」

「楽しみにしてる」


 今はまだ数歩分の距離がある。けれど、その時が来れば。お互いの間にある距離も変わることだろう。残りの数歩は、数年を掛けて縮めることにしよう。
 そして、いつか来るその日に。本当の気持ちを伝え合おう。

 それがどんな結果になるのか。それはその時までのお楽しみ。







(早くここまで来いよ。その時は、本心をちゃんと伝えるから)
(すぐに行くさ。アンタの本心を知る為に)