のメ




 修行を始めて、もう一ヶ月は経つだろうか。信じられないような事実に直面して、でも立ち止まってもいられなくて。やって来たのがカントーにあるナナシマと呼ばれる島の一つ。
 究極技を教えてくれるという人を訪ねて、オレとクリスはこの場所に来ていた。その人がオレに教えてくれたのは、炎の究極技。


「ブラストバーン、か」


 バクたろうが覚えられると言われたこの技を、オレはなかなか取得出来ずにいた。一緒に修行を始めたクリスは、草の究極技を既に取得している。
 タイプが違うからって、覚えるのに大差があるわけではないらしい。炎タイプだから難しい、なんてことはないということ。


「どうすれば覚えられるんだよ……」


 毎日毎日、バクたろうと一緒に努力しているんだ。だけど、まだ上手くいった試しがない。言われたようにやっているつもりなのに。
 原因を考えるなら、やっぱりトレーナーなのかな。でも、それならどうすれば良いんだ。それが分かったら、苦労しないだろうけど。


「悩んでるな、少年」


 突然聞こえた声に、すぐに振り返る。ここには、オレしかいなかったはずなのに。
 声のした方を見ると、そこには確かに人がいた。暗くて良くは見えないけれど、この人がさっきの声の主だろう。


「究極技か。大変そうだな」


 コイツ、さっきまでオレが言っていたことを聞いてたのか? 一体いつからそこにいたんだ? いや、それより。


「誰だ!?」

「そんな警戒すんなって。別に不審者じゃねぇんだから」


 普通、警戒すると思うんだけど。知らない奴が急に現れたのだから。不審者じゃないって言われても、怪しいだろ。まず、自分が不審者ですなんて答える人はいない。
 警戒はしておくべきだな、と腰に手を回す。それからモンスターボールに触れる。


「バトルは止めようぜ? 何も争いに来たんじゃねぇからよ」

「なら、何をしに来たんだ?」

「お前が悩んでるみたいだったからな」


 言葉の意味が分からない。結局、コイツは何者なんだ?悪意があるわけではなさそうだけど。でも、相手の真意が分からないのなら油断も出来ない。
 モンスターボールを一つ取ると、ポケモンを繰り出す。鳴き声と共に姿を表すオレの相棒。


「争う気は更々ねぇってーのに……」


 溜め息混じりに聞こえた台詞。いくらそう言われても、何者とも分からない奴相手に警戒しない方がおかしい。
 オレがポケモンを出したからか、向こうにボールが放つ光が見えた。ポケモンの姿は、相手の姿が見えないのと同じで闇に包まれている。
 でも、互いにポケモンを出したならやることは決まっている。


「バクたろう、かえんほうしゃ!」

「ブラストバーン!」


 その技の名前に、耳を疑った。だって、それは今オレが取得しようとしている技。聞き間違いかとも思ったけれど、盛大な炎に本物であることは疑いようがなかった。
 唖然と立ち尽くしたオレの方に、徐々に足音が近づく音がする。はっきりと耳が捉えた時、漸くその姿を瞳に映して驚愕した。


「よ! 頑張ってんな」


 そう言った目の前の男は、真っ直ぐオレを見た。背丈は、オレよりも高い。独特な前髪に、帽子にはゴーグルを付けている。何より、金色に輝く瞳が特徴的だった。


「アンタは…………」

「まだ分かんねぇのか? オレはゴールド。早い話、未来のお前だ」


 言い切ったこの人の言葉は俄かには信じ難い内容だった。だけど、それが真実であろうことは滅多に見ない金色の瞳が物語っていた。それに、何となくだけどそれが嘘ではないとオレの本能が答えを出していた。


「アンタがオレなのは分かったけど、何でここにいるんだ?」


 未来のオレなんだからこの人は当然未来の世界の人だ。オレがこの世界にいるのと同じように。交わることはない二つの世界。
 でも、確かにこの人はオレのこの世界にいる。どうしてそんな現象が起こっているのか、さっぱりだ。


「簡単なことだぜ。ここはお前の夢の中だから」


 成程。だからこうしてオレは未来の自分に会っているのか。まぁ、夢でもなければこんなことはないよな。
 その点でいえば、夢だからってこれが本当に未来の自分だと言い切れるわけでもない。もしかしたらオレの想像みたいなものかもしれないし。
 でも、なんだろう。オレ自身だからこそ、分かるんだよな。空想や偽りじゃないって、確かなんだって。


「それで、何に悩んでるんだ? 大体予想は出来るけどな」


 それなら聞かなくても良いんじゃないか。第一、オレの話は最初から聞かれていたらしいのだ。質問されたから答えるけど。


「究極技がなかなか覚えられなくて。クリスはもう使えるようになったっつーのに」


 それ以前にオレ達には限られた時間しかない。こんな所でもたもたなんてしていられない。


「シルバーや、センパイ達を助けなくちゃいけないんだ」


 大切な人達のために。一刻も早く覚えなくちゃならない。オレが一人足を引っ張るなんて出来ない。だけど、これには残された所有者が全員で協力しなければどうにもならない。
 何より、仲間達を絶対に助けたいと思う。こんなこと、一生このままなんて認めない。


「だからオレは立ち止まれない。でも、究極技を……ブラストバーンを覚えられないまま、もう一ヶ月も経って……」


 時間を無駄に出来ないのに流れる時は止まることはない。オレは何も進歩しないまま、この時間を過ごしてしまった。
 究極技を取得しようと特訓をし続けているのに。何も変わらない事実が、悔しい。


「あまり思い詰めるなよ」


 さっきまで静かに話を聞いていた未来のオレが口を開いた。別に思い詰めてなんてない。そう言おうとして、先に言葉を続けられた。


「焦っても仕方ないぜ」

「それは分かってるけど」

「覚えるには個人差があるんだから、気にしたってしゃーねぇよ。お前はお前のペースでやっていけば良いんだ」


 オレのペースで、か。けど、それでいつまでも長引かせることも出来ないのが現実だ。
 ふと、頭の上に手を乗せられた。顔を上げれば、自信のある笑みで伝えられる。


「お前なら大丈夫だ。お前はオレなんだからな」


 絶対的な自信はオレのことを信じているからなのか。過去の自分なら出来ると、本気で思っているのが分かる。
 考えてみれば、この人は今のオレよりも年上だ。過去が全く同じ未来を辿るとは限らないけれど、この人も同じように悩んだのだろうか。


「やり遂げろよ。お前の役目を」


 オレの役目……。
 センパイ達がいない今、オレやクリスが後輩を引っ張って行かなくちゃいけないんだ。その為にも、まずやらなくちゃいけないのは。


「絶対、やり遂げてみせるぜ!」

「おう。頑張れよ」


 わざわざ言葉にする必要はない。だって、互いに分かりきっているんだ。なんたって、相手はオレなんだから。

 次の瞬間。眩い光が視界を覆った。

 ゆっくりと瞼を持ち上げると、見慣れた景色が目に飛び込んできた。すぐそばには、オレの相棒達のボールが並んでいる。


「夢、か」


 先程まで見ていた夢を思い出す。内容は、意外と鮮明に覚えている。一字一句記憶に残っているなんて珍しい。否、それだけオレにとっては意味のある夢だったってことだ。
 モンスターボールを腰に付け、身支度を整える。外に出ると腰のボールを一つ投げ出した。


「一緒に頑張ろうぜ! バクたろう!」


 オレの言葉に応えるように、バクたろうの鳴き声が響いた。
 共に力を合わせれば、きっと出来るはず。今までだって、ずっとそうしてきたんだ。オレ達はオレ達のやり方で。


「行くぜ、相棒!!」


 オレの役目をしっかりやり遂げるためにも。まずは究極技を覚えないと始まらない。バクたろうと並んで青い空の下に飛び出した。

 夢だからこそ出会えた。未来のオレ自身との出会い。
 ありがとう。アンタのお陰でオレの中の何かが変わった。沢山のことを得ることが出来た。
 それからもう一つ。

 見てろよ。絶対やり遂げてやるからな!










fin