「懐かしいな」


 思ったままに声に出せば、銀色の瞳がこちらをキッと睨んだ。オレは本当のことを言ったまでなんだけど、どうにもそれが気に触ったらしい。とはいえ、この状況はオレのせいじゃないんだけど。


「言いたいことはブルー先輩に言えよ?」

「別に姉さんに文句を言うつもりはない」


 だったらそんな目でオレを見るなよ、とは言わないでおいた。十中八九こちらが悪いと返されそうだ。
 でも懐かしいと思うのは当然だろう。この場にクリスがいたとしても同じ反応をしたはずだ。何せ目の前に居るダチ公はオレ達が出会った頃の姿をしているんだから。


「ブルー先輩もどこから小さくなる薬なんて手に入れたんだろうな」

「さあな。たまたま見掛けたから試しに買ってみたと言っていたが」


 たまたま、というのは本当だろう。興味本位で買ったのも間違いない。それを自分で試さないあたりはあの人らしい。今回その矛先を向けられたのが偶然会ったシルバーだった訳か。
 この薬の効果は一日らしい。だから明日には元に戻るはず、とのこと。つまり、今日一日シルバーはこの姿で過ごさなければならない。
 ――とはいえ、体が小さくなっただけで中身まで後退している訳ではないらしい。現にこうして普通に話していることこそがその証。だから特に不便なことはないようだ。


「どうせなら中身まで昔のシルバーになってたらな」


 そうすれば面白かったのに、と言外に理解したらしいシルバーに「ふざけるな」と怒られた。オレが原因ではないとはいえ、この状況を面白がっていることは伝わっているらしい。
 でも、こんなことは普通では有り得ないんだ。それを楽しまずしてどうするんだ、っていうのはオレが当事者じゃないから言えることだ。しかし今は当事者じゃないからこの状況を楽しみたいと思う。


「なあ」

「断る」

「……まだ何も言ってねぇだろ」

「変なことを言う前に止めただけだ」


 人の言うことを聞く前に変なこととか言うなよな。仮に全部言い終えていたとしても断られただろうなとは思うけど。コイツが素直に頷く訳がない。
 それが分かっていてもしつこく……すればまた怒られるか。ブルー先輩に向けるような広い心を少しはこっちにも向けてくれたって良いだろう。言えばお前と姉さんを一緒にするなと否定されるに違いない。


「なあシルバー」


 聞いているのかいないのか。聞こえてはいるけれど碌なことじゃなさそうだから無視をしているのか。
 どう考えてもその可能性が高そうなのが悲しいところだ。だが、どうせなら楽しみたいと思っただけでもない。他にも、数年前の姿に戻った友に対して思ったことがある。


「お前、一人で溜め込んだりするなよ」


 溜め込むというか背負い込むというか。一人で無理をするようなことはするなと言いたい。
 今でこそ多少は周りを頼るようになった奴だが、あの頃は何でも一人でどうにかしようとしていた。他人に頼るようなことではないと判断したら今も一人で行くけれど、不満や不安がある訳ではない。いや、不満は少しあるけれど。それでも必要な時はちゃんと頼ってくれると分かっているから良い。


「急にどうした。らしくもない」

「ブルー先輩に言われりゃ何でもするお前はらしいけどな」

「何でもというわけでもないが」


 本当に? と疑いの眼差しを向ければ本当だと返ってくる。けどあの人に言われたら大抵のことは頷くんだろう。オレの前では大抵を遠慮なく拒否してくれそうだが。ま、素直に頷かれる方が気持ち悪いけど。


「お前ってさ、オレがお前のこと好きだって知ってるよな?」

「あれだけ言われればな」


 嫌でも分かるってか。そこまでは言われてないけど。言葉にしなければ通じないものは多いからそれは別に構わない。ただ、だからオレが言いたいのは。
 真っ直ぐに銀を見れば、銀の双眸がこちらを見返してくる。何度も言ってることだし分かってるだろうけど。


「自分のこと、大事にしろよ」


 言えばまたらしくないと言われる。まあ実際らしくないのかもな。けど、それも全部お前がそんな格好をしているからだ。好きでなったんじゃないことは知ってるけど、その姿のお前を見てると色々思い出す。


「……その言葉、お前にだけは言われたくないんだが」

「はあ!? 何でだよ」


 何でもなにもそのままだとシルバーは言う。いや、意味分からねぇけど。分からないのなら自分の胸に手を当てて考えてみろって言われてもやっぱり分からない。
 そんなオレに気付いたらしいシルバーは、はあと溜め息を一つ。それから気にするなとだけ言って話を終わらせられた。結局こちらは分からず仕舞いだ。一体シルバーは何が言いたかったのか。考えたところで分からなかったわけだけれど、こんな風に言われたら気にならないわけがない。


「おいシルバー、何のことを言ってんだよ」

「気にするなと言っただろ」

「お前はそうでもオレが気にすんの」


 自分を大事にしろなんて返される理由。シルバーの前でそう言われるようなことをしたことはあっただろうか。無茶ならオレよりコイツの方が圧倒的に多いだろう。だからこっちはいつも心配して……。
 そういえば、前に言われたことがあったっけ。シルバーが一人で無茶をするのも確かだが、オレも人に無茶をするなと言われたことがある。確かシルバーにも。思えばあの時。


「もしかして、時の狭間に行った時のこと言ってんのか……?」


 あの時は生きていたことに驚かれたりもしたな。オレがあんなところで死ぬわけないだろ、と口にはしたけれどあの時は自分でも駄目だと思っていた。シルバーにもあの場では何も言われなかったけど後から言われたんだったな。心配したのかと聞いたら、否定されると思ったのに肯定されて驚いたっけ。
 オレの問いにシルバーはどちらとも答えなかった。暫くの沈黙が流れ、それから「その時のことだけを言っているんじゃないが」と呟くような小さな声で言った。つまり当たりか。


「心配しなくてもオレはここにいるぜ。どちらかといえばフラフラしてんのはお前だろ」

「オレは目的があって動いているだけだ」


 それは知ってるよ。だけどこっちには居場所が分からないからそう言ってるだけだ。いつもどこで何をしているのか分からない状態で、オレに言えるのは無茶をしたり溜めこんだりするなっていうことぐらい。本当は、もっと力になってやれれば良いんだけどな。


「……シルバー」


 呼んで銀が振り向いたのと同時にその口を塞ぐ。そっと離れてから「いきなり何をする」と文句を言われたが、したいからしたと本音を言えばまた怒られた。
 恋人なんだからそれくらい良いだろって思うけど、シルバーからしたらそういう問題ではないらしい。難しいヤツだな。


「じゃあまた元に戻ってからにするか」

「…………帰る」

「冗談だって。何もしねぇからここに居ろよ」


 何かした奴がそれを言っても説得力の欠片もないと言いたげな目を向けられるが気にしない。やっぱりどうせならこの状況を楽しんだ方が得なんじゃないかと思ったりもしたが、コイツが嫌だって言うことをするわけにもいかないからな。今日のところは普通に一緒に過ごすとしよう。目的の為に飛び回っている恋人と一緒に居られる時間は限られていることだし。


「今ならお前にバトルで勝てたりしねぇかな」

「変わっているのは見た目だけだ。記憶はそのままだから無理だろう。まあ、記憶が昔に戻っていたとしても負ける気はしないが」

「んだと!?」


 こうなったら一戦やるかとボールを片手に言えば、無駄だと思うがなと言いながらシルバーもボールを手に取る。そして二人で笑い合う。
 最近はバトルもしていなかったし本当にやるかと立ち上がると、オレ達はボールを持って外に出る。何か変な感じはするけれど、こう見えても中身は今のシルバーだから油断は大敵だろう。昔エンジュでやりあった時のことが懐かしい。


「さてと、今日こそは勝たせてもらうぜ?」

「やれるものならやってみろ」


 ボールから飛び出した相棒と地を蹴る。バクたろうとオーダイル、あの時はマグマラシとアリゲイツだった二匹も今や究極技を覚えるほどに成長した。
 またこっちが不利かよ。そんなことをと思いながらオレ達のバトルが始まるのだった。







姿


オレもお前もあの頃から成長した。
あの頃を思い出して不安にならないといえば嘘になる。

でも、オレ達はあの頃よりも確かに近づいてお互いのことを知っている。
それもまた事実なんだなって思ったんだ。