授業が終わって放課後。生徒達は下校したり部活動に行ったりしている。どんどん人数の減っていく教室で最後に残ったのは二人。


「どうして残されたかは分かっているよな……?」


 銀色の瞳が目の前の少年を見る。二人だけの教室で机を合わせて面談状態である。尋ねられた少年は、視線を逸らしながら口を開く。


「んな面倒なことわざわざしなくてもいいだろーが」


 ぼそっと呟くように言い放つが、この静かな教室では綺麗に全て聞き取ることが出来る。
 とてもではないが、丁寧とは言い難い言葉が並べられている。自分の立場をちゃんと分かっているのだろうか、と思いたくなるものだ。この生徒の場合は、どの教師に対しても正しい言葉遣いをしているとはいえないが。
 どうやら残されたことに不満を持っているらしい生徒に銀色の瞳を持つ教師――シルバーは溜め息を一つ吐いた。


「面倒だろうとしなければならないんだ」

「なんで面倒なのにやるんスか」


 面倒ならばやらなければ良いだろう。金色の瞳の生徒――ゴールドはそう言いたげにシルバーのことを見た。
 確かに、面倒なことをわざわざやりたいとは思わない。けれどシルバーの立場上、そういうわけにはいかないのだ。その理由は、机の上に置かれたプリントの数々にある。


「その面倒なことをオレは、お前がこんな点を取るからしないわけにはいかないんだ」


 そこには前回のテストのプリントが幾つか置かれている。どれもあまり良いとは言えないような点数が書かれている。
 点数が悪い、つまり赤点を取った生徒には補習を行う。それがこの学校の決まりなのだ。ゴールドが赤点を取ったために担任であるシルバーは補習を行わなければいけないというわけだ。
 当の本人は全く補習を受けるという気はないようだけれど。補習をするのは本人の意思に関係なしに決まりごとなのだから仕方がないというもの。


「勉強なんてしなくても人生やってけると思うんスけど」

「学校は勉強をする場所だ」


 何のための学校だと思っているのだろうか。
 シルバーはついそんなことを思ってしまう。聞いてみれば、ゴールドは「友達と遊ぶため」などと答えたりするのだが。
 学校という所の本質は勉強をすることだ。友達との協調性も大切ではあるけれど。何よりも勉強をするための機関であることに違いない。
 このまま話をしていても全く進展のなさそうな会話にはどうするべきかと考えさせられる。もう補習をすることは決定事項だ。


「とにかく、お前は補習を受けるんだ。分かったな」

「そんなことよりも、オレには他にもやらなきゃならないこと沢山あるんスよ!」

「どうせくだらないことだろ。諦めろ」


 元々は赤点を取ったゴールドが悪いのだ。補習を受けたくなければ赤点にならない点を取れば良いだけの話なのだ。もう既に時は遅い。それが赤点を取った生徒の運命なのだ。
 補習は決まっていることとはいえ、やはり納得のいかない様子のゴールド。表情や態度を見ればそれは一目瞭然。交わらない視線にシルバーは二つ目の溜め息を吐いた。


「いい加減にしろ。オレは、他にも仕事がまだあるんだ」

「だったらその仕事をどーぞやってきてください」


 教師であるシルバーはいつまでもゴールドだけに構っているわけにはいかないのだ。ゴールド以外に赤点を取った生徒はいないが他にも仕事はある。ゴールドからすれば、自分のことは放っておいていいから仕事にでも行って欲しいわけだが。これをこのままに仕事に行ける筈もない。
 机の上の答案用紙を見てからゴールドの方に向き直る。それから「ゴールド」と名前を呼ぶ。「なんスか」と返事はあるものの変わらない態度に、シルバーはゴールドの方に手をやって無理やり顔を自分の方に向けた。その行動に驚くゴールドにシルバーは口の端を上げて笑う。


「まずはお前のその態度を指導する方が先か?」


 金と銀が交わった。
 シルバーがそっと手を離しても今度はそのまま。お互いの色をその瞳に映している。真っ直ぐに視線が向けられたことでシルバーは漸く本題である補習についての説明を始める。


「補習は夏休み中。初日から補習の課題が終わるまでだ」


 要するに補習の課題さえ終わればこの補習は終了。
 夏休みを有意義に過ごしたいのであれば、しっかりその課題をこなしていけば良いだけのことだ。逆にいえば、全然課題が進まなければいつまでも遊べずに学校に通う羽目になるというわけだ。

 補習について一通り説明を終える頃には、もう夕日が教室に差し込んでいる。部活動以外の生徒達は全員帰っているのだろう。外からの声以外に何の音も聞こえなくなっている。


「分かったな、ゴールド?」


 聞き返せば、嫌そうながらも「分かりました」と返ってくる。その返事を聞いてシルバーは席を立つ。まだ残っている仕事をこれからこなさなければいけないのだ。
 夕焼けに染まった空を見て今の時刻を確認する。外で活動する運動部の姿にゴールドも運動部であることを思い出す。


「これから部活は行くのか?」

「今から行っても大して出来ないっスから。今日は出ません」

「そうか」


 部活に行ったところで時間が時間なのだ。今更部活に出るなら帰ってしまっても問題ないだろうとゴールドは思う。
 気をつけて帰るようにとだけ言ってシルバーは教室を出ようと歩き出す。だがドアまで着いたところで一度止まると、くるりとゴールドの方を振り返った。


「補習ついでに必要ならお前の態度の指導もするからな?」

「な……!」

「遊びたいというなら真面目に補習を受けることだ」


 そう言って今度こそシルバーは教室を後にした。残されたゴールドは、シルバーの出て行ったドアを見たまま。一人になった教室でボソッと声を漏らす。


「シルバーセンセー、分かっててやってるだろ…………」


 出て行く時に微笑みながら言葉を残していったシルバー。その表情が綺麗だったと思ってしまったのは紛れもない事実で。顔が熱くなったのを感じた。


「あー……補習とか面倒だっつーのに」


 せっかくの夏休みにわざわざ学校に来て勉強。そんな面倒なことはしたくない。それよりも遊んで楽しく過ごしたい。そう思っているというのに。
 心の奥底で、シルバーと二人だけで補習を受けることを楽しみにしている自分にゴールドは気付く。


「そんなこと思っちまうのも、全部センセーが悪いんだ」


 窓の外の夕焼けに照らされて、頬がどれくらい赤く染まっているかは分からないけれど。この夕日があればそれも分からないように隠してくれることだろう。
 鞄を手にとって、ゴールドも先程シルバーが通ったのと同じようにして教室を出た。



 もうすぐ夏休み。
 二人の補習はこれから始まる。










fin