夏休みのとある一日
ギラギラとした太陽が大地を照らす。雲一つない晴天は気温をどんどん高めている。天気予報を見たならば熱中症などに気を付けろと注意を促していることだろう。
「暑ィ……」
思わず溢れた言葉に、隣では溜め息。
教室の端に温度計があるのは知っているが、見に行こうとは思わない。この教室の温度を理解しようが、その暑さを打開する方法はないのだから。見るだけ無駄である。
「そう思うならさっさと終わらせろ。付き合わされてるこっちの身にもなれ」
この暑い日に、たった二人だけ教室に居る生徒。それは放課後や授業をサボっているからではない。他の生徒は暑いからという理由の長期休みに入ったからだ。
勿論、二人だってその夏休みだ。けれど、普段からサボってばかりのため、教師に補習だと呼び出されてここに居る。
「そう言うけどよ、お前が此処に居るのはオレのせいじゃねェだろ。サボってたんだし」
「だが、誰かさんのようにテストで悪い点は取らないがな」
「テメェ……」
文句を言おうとして、止める。暑い中でわざわざ喧嘩をする気にもならない。小さく舌打ちをすると、ゴールドは目の前のプリントに視線を落とした。
「大体さ、補習で呼ぶならクーラーある部屋使わせてくれても良いよな。何でうちってクーラーどころか扇風機もねぇの?」
「古いからとかだろ」
「でも職員室とかあるじゃん」
「取り付けたんだろ。こういう教室に付けなかっただけで」
「先公ばかりズリィな」
適当な会話をしながら、右手を動かしていく。シャーペンが書いていく字を、横でシルバーは眺めている。
担任が二人を呼び出し、伝えた補習内容。ゴールドにはプリントをやりきるように、シルバーにはそれを見てやるようにというものだった。それに互いに意見を言おうとしたが、担任に素早くかわされて諦めて二人三脚で頑張っているところだ。
「担任の奴、これ全部終わらせろとか鬼畜だろ」
「今週中にと言っていたからな。終わらないなら明日も来いって話だ」
「また暑い中でかよ。今日中に終わらせたいな」
「それなら早く手を動かせ」
次はこっちのプリントだな、とシルバーは真っ白なプリントを渡す。同時に、問題の解き方を説明する。他に分からないことがあれば問題毎に教えているのだ。
一通り説明を終えれば、ゴールドはシャーペンを持って解答欄を埋めていく。所々で少し止まることもあるが、一つずつ問題を消化している。
「お前、いつも赤点ギリギリだと言っていたな」
当然発せられた言葉に、ゴールドは顔を上げた。
「オレはお前のように頭良くないからな」
言いながらも手を休めることなく動かす。
別にそういう意味で言った訳ではなかったが、返ってきた答えにシルバーは考える。目の前の様子を見て、先程の話を続けた。
「今見ている限り、普通に点は取れそうだが」
「それはお前が教えてるからだろ」
すぐに返したゴールドだったが、否とシルバーもすぐに返した。何が言いたいのかと、ゴールドは手を止めて銀色を見た。
「お前は飲み込みが早い。教えたことはしっかり出来ている」
それはシルバーの教え方が上手いからだ。下手な教師よりも要点を纏めて説明してくれるから分かりやすいのだ。
と、素直に答えることは出来ず、間違えたら五月蝿いだろと言えば一悶着が起こる。それが収まると、ゴールドから口を開いた。
「まぁ、記憶力は良い方だぜ。勉強は嫌いだからしねぇし、授業もサボるけど」
それを聞いて、シルバーは成る程と思う。ゴールドがいつも赤点ギリギリなのは、やれば出来るのにやらないだけということだ。
追試になるかならないかと焦るくらいなら、少しでもやれば良いだろと思った。これだけ出来るのだから、少しやれば赤点くらい軽く回避出来るだろう。
「サボるにしてもテストくらい少しはどうにかしろ」
「そりゃ、お前みたいのは楽だろうけど、オレには難しい話だな」
赤点を取らないようにするには点を取れば良い。と、単純なことではあるが、その為には当然のように勉強の有無が関係する。
嫌いでサボりまでしてテストはギリギリなゴールドに、それをやれといっても簡単なことではない。やる気もそうだが、それ以前に今はシルバーが教えているからこそなのだから。
「別にオレは有名校に進学する訳でもねーし。今のままで問題ねぇよ」
そもそも、有名校に行くならサボりもしないだろうが。かといって、進路を考えているかといえば、これも別問題だ。
「だが、あの担任のことだ。冬休みがどうなっても知らないが」
「それを言うなら、お前も同じだろ」
「お前の面倒を見るのは御免だ」
「んなことオレに言われたって、どうしようもねーぜ」
「だから点を取れと言っている」
少なくとも、そうすればこうはならないはずだ。だが、ゴールドにそんなつもりはない。それこそ、授業中に教室で寝ている方がマシだ。それで補習にならないかは、不明であるが。
「無理なモンは無理だぜ。そんなに言うなら、お前が勉強を教えろよ」
「は? なぜそうなる」
「お前が言い出したんじゃん。テストで点を取るには、お前みたいのが必要なワケ」
それでもやる気がある訳ではないが、一人で勉強をしたところでたかが知れている。誰かしら教える人がいて、今と同じ状態になるのだ。尤も、今はシルバーが教えているからであり、教え方にもよるかもしれないが。
「それだと結局変わらないだろ」
「知るかよ。お前が言い出したんだろ。後でも先でも変わらなくね?」
「……お前からすればな」
ゴールドは教えて貰う側、シルバーは教える側。面倒だから点を取れと言った筈なのに、話の論点がずれてきている。 点を取れという話から始まり、それは一人では無理だしやる気もない。点を取るなら誰かに教えて貰うのが良い訳で、今一緒に居るのはシルバー。
いつの間にか、話はシルバーが勉強を教えるかそうでないかになっている。根本は変わっていないが、始めとは随分変わっている。
「それで、どうする?」
「それが人に物を頼む態度か」
「オレはどっちでも良いし。あ、お前がサボらなくなれば、二度はないと思うぜ?」
そんなことを言い出すゴールドに、シルバーは溜め息を漏らす。何故その為だけにサボるのをやめて真面目に授業に出なければいけないのか。
本来、学校という場所では授業を受けるのが普通だが。この二人には専らその考えはなさそうだけれども。
「どのみちお前は、補習で呼ばれて苦労するのに変わりはないな」
「……本当、お前ってヤなヤツだな」
「どっちがだ」
どちらも大して変わらない。似た者同士であるが、そのことにツッコむ人はこの場に居なかった。二人を知る人達からすれば、言い争う二人はいつものことで、一見仲が悪いようにも見える。
だが、なんだかんだでいつも一緒に居る。その様子に仲が良いと思われていたりする。本人達は口を揃えて否定するだろう。
「それで、お前が頼むのなら勉強を見てやらないこともないが?」
いつの間にか立場が逆転する。どちらも授業に出る気がないのならば、補習を受けることになる可能性は両方にある。その内容などその時にならないと分からないとはいえ、またこのような形もあり得る。
それならばいっそのこと、テスト前に少しくらい勉強を見てやる方が楽だろうとシルバーは考えを変えた。そうすればこんな形はもうないだろうから。
「何でオレがお前に頼まないといけないんだよ」
「お前の為に言ってやったまでだ。そもそも、お前から言い出したことだぞ」
シルバーの言っていることは尤もで、ゴールドは言葉に詰まる。暫しの沈黙が二人の間に流れる。
それから暫くの間を空けて、ゆっくりとゴールドは口を開いた。
「勉強、テストの時、教えてくれ……ないか」
「お前、もっと他に頼み方はないのか」
「ウルセー! 言ったんだから、テスト前は教えろよな」
強引に言い切ったゴールド。それにまた隣で溜め息を零すが、ゴールドらしいといえばらしい。「教えろ」と言わなかっただけ、マシだろう。一応頼むのだからと言葉は選んだのだろう。
「とりあえず、今はそのプリントを終わらせろ」
「あー……分かってるよ」
また新しいプリントに手を伸ばす。今日中に終わるのかと思われていたプリントも、一つずつ終わらせていくうちに半分は回答を埋め終わった。
これなら、やろうと思えば今日中に終わらせることも出来ないこともなさそうだ。
「これ終わったら、暑いしアイス食いたい」
「終わったらな。帰り道にでも買え」
「奢ってくれたりはしねぇの?」
「付き合ってやるんだから良いだろ。どちらかといえば逆だろ」
「なら、買ったら食うか?」
「…………喧嘩なら買ってやる」
甘い物が苦手なシルバーにそれを言うのはどうなものか。別にゴールドにも喧嘩をするつもりなんてなく、適当に流してこの話は一段落となった。
そしてプリントは無事に今日中に終え、帰り道の途中にあるコンビニに寄った。
最初から一緒に帰るつもりのゴールドに、なんだかんだ言って付き合っているシルバー。結局、二人は仲が良いのだろう。
そんな夏休みの出来事。
fin