修了式も終わり、いよいよ明日からは夏休みが始まる。宿題も大量に出されたが、せっかくの長期休みだ。どうせなら楽しく過ごしたい。友人間の話題はどこに出掛けようか、花火大会もあるよなといった遊びのことばかり。夏休みの予定はそうやって少しずつ埋まっていく。
 そんな夏休み前日。半日で学校が終わるとみんなぞろぞろと下校を始める。ゴールド達も例外ではなく、ホームルームが終わるなりさっさと教室を後にした。


「明日から夏休みだな」


 やっぱ夏なら海行きたいよな、と言えば行きたいのなら行って来れば良いだろうなんて若干ずれた答えが返ってきた。一人で行ってもつまらないと思うんだけどと話しても、先輩達にでも声を掛ければ良いだろうなんて言われる。
 そりゃあシルバーが人混みを好まないことは知っているが、少しくらい付き合ってくれても良いのではないだろうか。


「じゃあ、どこならお前は付き合ってくれんだよ」

「なぜオレがお前に付き合わなければならない」


 なぜといわれても、友達だからとしか言いようがない。というより、それ以外の理由などいらないだろう。友達だからこそ、この夏休みに一緒に遊びに行きたいと思うのだ。
 それじゃあ海と山だったらどっちが良いか。色んなところを連れ回したりはしないが、せめて一ヶ所くらい付き合ってくれても良いだろう。どちらかだけでも選んでくれと質問すると、シルバーは小さく溜め息を零した。どっちみちどこかしらには付き合わされるのだなと。


「それならお前の好きな方にしろ」


 このやり取りは今に始まったことではない。既に何度か繰り返されていることで、シルバーも半ば諦めている。どうせどこかしらに付き合わされることになるのなら、ゴールドの好きなところで構わない。シルバーは別にどこでも良いから、それならゴールドの行きたい場所に付き合ってやる。いつもこうして二人はどこに出掛けるかを決めているのだ。
 一方でシルバーの返事を貰えたゴールドは、それなら今年は海に行こうと計画を立て始める。夏なんだから一度は海に行っておかないとなと、考えている様子は楽しそうである。


「あ、シルバー。暑いし何か奢ってくれたりしねぇ?」


 唐突に出て来た言葉に金を見れば、こんなに暑いと家まで体力が持たないなんて零した。運動部が何を言っているんだとは思うが、確かにこの暑さは辛いものがある。少しでも早く家に帰って涼みたいと、下校中の生徒達はみんな思っていることだろう。


「何かとは具体的に何だ」


 続いたシルバーの言葉にゴールドは僅かに目を開いた。何だと聞けば、絶対断られると思ってたからと返ってくる。普段のシルバーならどうしてオレがと聞き返しもせずに断っているところだ。ゴールドがそう思うのもおかしなことではない。シルバーだって、今日が今日でなければ想像通りの台詞を口にしていただろう。
 だが、今日は普段の日とは少しだけ違う日なのだ。修了式があったからではない。学生にとって一つの行事であるのは事実だが、特別何かをするような日ではない。今日は終業式以外にもう一つ、別のイベントがあるのだ。それもこの男の友人であるが故なのだが。


「誕生日だろ」


 必要最低限の回答をしたシルバーにゴールドはまた驚かされる。
 確かに今日は七月二十一日。大多数の生徒にとっては終業式という一学期の終わりの日だが、それともう一つ。ゴールドの誕生日でもある。何度も聞かされればシルバーも流石に覚えた。しかし、ゴールドにとってはそれも意外だった。


「覚えてたのかよ」

「毎年祝えと五月蝿いのはどこのどいつだ」


 忘れてたのなら祝わなくても良いかと言われてそうじゃねぇよと否定する。ただ単に覚えていると思わなかっただけで、祝ってくれるのならそれは素直に受け取る。忘れていたとしても主張して祝って貰う。一年に一度の誕生日なんだからと、毎年そう主張されては嫌でも覚えるというものだ。今年は比較的それが少なかった気がするが、それはゴールドの気分次第で変わるのだろう。
 それで何かあるのかと先程の話に戻る。誕生日だから今日くらいは奢ってやっても良いと言っているのだ。いらないのならこのまま真っ直ぐ帰るけれど、そうはならないだろうからさっさと言えと促す。


「何でも良いのか?」

「限度は考えろ」

「誕生日祝ってくれるんじゃねぇのかよ」

「それとこれとは別だ」


 一体何を頼むつもりかは知らないが、せめて常識の範囲内にして貰いたい。同じ高校生なのだからそれくらいのことは分かるだろう。仮にとんでもない額の物を口にしたとすれば、無理に決まっているだろうと何も買わずに終わるだけだが。
 ゴールドだってそんな無理なことを言うつもりはない。せっかく奢ってくれるというのだから、最初に言ったような。暑いからアイスでも奢ってくれれば十分だ。アイスの中ならどれを選んだとしてもその限度を超えることはないだろう。


「じゃあ、とりあえずコンビニ寄ってアイス買おうぜ」


 歩いていればコンビニくらいすぐに見つかるだろう。適当にあったところのコンビニに入ることにして足を進める。
 それは構わないのだが、とりあえずとは何なのか。深い意味がないのなら良いのだが、とシルバーが考えていると金は銀を見るなり口角を持ち上げる。


「そんでそのままオレん家に行こうぜ」


 半日だったから午後は目一杯遊べるし、とゴールドは勝手に話を進めていく。その前に昼飯を食べないのかという疑問は、そんなのウチで食えば良いだろうだけで片付けられる。相変わらず勝手というかなんというか。それがゴールドという男だけれど。人の意見を聞く気はあるのだろうか。一応、聞くくらいはするだろう。聞いた後でどうするかは別問題だけれど。
 このままお前の家に行ったとして、その上にご飯もというのは迷惑すぎる。一度家に帰ってから行けば良いだろうとシルバーは思うのだが、それならそのまま行った方が早いと言うのだ。家が近いのだからそれでも十分遊べる。何をする為に家に来いと言っているのかは知らないが、家に呼ぶのだからそういうことなのだろう。ゴールドが夏休みの宿題をするとは考え難い。


「いくらそっちの方が早くても、お前の母親に迷惑が掛かるだろう」

「大丈夫だろ。シルバーなら母さんも歓迎だろうし」


 そうだとしてもいきなりは悪いだろうと言っても平気だからで話が進まない。お互い幼馴染故に相手の家への行き来は昔からしているけれど、連絡もなしにいきなりで昼食をというのは流石に悪い。あの母親ならゴールドのいうように歓迎してシルバーの分もすぐに用意してくれるだろう。それはありがたいが、家に帰って食事をしても時間が掛からないのだからその方が良いと思うのだ。ゴールドはそう思っていないようだが。
 最終的にオレの誕生日なんだからと訳の分からない言い分で強引に納得させられた。これ以上言い合ってもキリがないし、誕生日だからというのなら今日くらい譲ってやっても良いだろう。


「ついでに夏休みの計画でも立てるか。パソコンで調べればすぐだろ」

「そっちは好きにしろと言っただろう」

「たまには良いだろ。いつもオレが勝手に決めてるんだからよ。たまにはお前も考えるところから参加しようぜ」


 ただし海のある場所だけど、と付け加えたそれに拒否権はあるのだろうか。もしあるならば拒否したいところだが、このままゴールドの家に行くという話自体がその為ならば拒否権などないのだろう。
 二人で決めるにしても、どっちみちゴールドがこれとかどうだと尋ねることになる。それに答えていくだけで結局いつもと大して変わらないのだが、それでも違うとはゴールドの意見だ。それで良いのならもう良いかとシルバーは考えることを止める。


「シルバー、今日は何言っても許してくれたりすんの?」

「アイスを奢るんじゃなかったのか」

「そうだけど、いつもなら断ることも断らねぇから」

「誕生日だから少しは好きにさせてやろうと思っただけだ」


 いつも通りで良いならそうすると言い出したシルバーに、誕生日なんだからそう思ってんなら続けろよとゴールドは止める。
 それならそうしてやるが、何を言っても許す訳ではないということは忘れないでおいて欲しいところだ。そこは限度を考えて貰わなければ当然断りもする。出来る限りは好きにさせてやるつもりではいるけれど。一日くらいならそんな日があっても良いだろう。年に一度だけなのだから。


「よし、一先ずアイスだな。コンビニに着いたことだし」


 早く行こうぜシルバー、と早足で駆け寄ったコンビニの入口で呼ぶ。相変わらず自由な奴だ。アイスは一つだよななんて聞いてくる辺りも含めて。普通に考えて一つだろうと答えれば冗談だと笑ったが、本当に冗談だったのか。
 涼しい空間に居られるのは買い物をする一時だけ。お会計を済ませればまた真夏の太陽の下を歩くことになる。暑い、と反射的に声を漏らしながらアイスを開けるとすぐに二つに割って迷わず片方をシルバーに差し出す。


「お前が食べれば良いだろ」

「何の為にこのアイス買ったと思ってんだよ」


 買ったのはシルバーなのだが、二人で食べる為だと言いたいらしい。大体一人で食べたらこっち溶けるだろ、とゴールドはそのアイスをシルバーに渡した。
 今も太陽の熱で少しずつ溶け始めるそれを、溜め息を一つ吐いてからシルバーも食べ始めた。それを確認してゴールドは一歩分先に進んで振り返る。


「ありがとな、シルバー」


 それはアイスを奢って貰ったことに対してか、誕生日を覚えていて祝おうとしたことに対してなのか。お祝いがそのアイスなのだから両方なのだろう。
 礼を言われるほどのことは何もしていないけれど、お礼を言ったゴールドにまだ伝えていないそれをシルバーも口にする。


「誕生日おめでとう」


 たった一言のお祝い。それでも祝われるというのは嬉しいものだ。おう、と笑みを見せたゴールドにつられるようにシルバーも小さく笑う。
 帰ったら夏休みの計画だなと楽しげに話すから、今回はちょっとくらい意見も出すかなんて思ったりしながら歩く。なぁシルバーと呼ぶこの男に振り回されながらも付き合うのは腐れ縁でもあるが、なんだかんだでコイツに好意を抱いているからだろう。


 年に一度の特別な日。その日くらいはお前の好きにさせてやろう。
 そんなお前に甘えて残りの半日は目一杯遊んで過ごすから。覚悟しとけよ?







Happy Birthday 2013.07.21