生徒だから。子どもだから。
 そんな台詞は聞き飽きた。そう言っておきながら、もう大人なんだから、と言い出す大人は勝手だと思う。



から




「頑なに拒まなくても良いじゃないっスか」

「そこまでしつこくされれば、誰だってそうだろ」


 そんなこともないと思うんだけどな。つーか、しつこくってセンセーも酷いよな。ただ気持ちを伝えてるだけだっていうのに。


「オレが子どもだからっスか?」

「違う」

「じゃぁ、生徒だから」

「オレを犯罪者にでもしたいのか」

「んなワケないでしょ」


 どうしたらそんな考えになるんだ。確かに、教師と生徒である以上、その間には色々あるけど。でも、オレからすればそんなことは関係ない。


「第一、この国の法律では無理だ」

「そんなの関係ないっスよ」

「十分関係あると思うが」


 なんっつーか、センセーて真面目なんだよな。良い意味でも、悪い意味でも。
 実は、このやり取り。初めてではなかったりする。センセーが真面目すぎてな。だから、このまま平行線になることも予想出来る。
 だけど、オレだっていつまでも同じことを繰り返しはしない。


「なら、センセー。数年後にまた答えを聞かせてください」

「は? どういう意味だ」
「オレは卒業したら大学に行きます」


 その発言に、センセーは銀の瞳を大きく開いた。それも無理はない。だって、オレはこの担任に進路は決まってないと何度も話してきたから。


「お前、進学することに決めたのか……?」

「はい。それで教育学部で勉強します」


 今の関係のままでは、ずっとオレの話しを聞いて貰うことさえ出来ない。それならいっそ、同じ立場になってしまえば良い。


「オレもセンセーと同じ、教師になります。教師になれた時に、もう一度センセーに会いに来ます」


 それがオレの出した答え。今は子どもだし生徒だから、って理由を付けられる。でも、オレが教師になる頃には大人になっている。そうすれば、その理由で断られることはない。


「教師と生徒なんて関係ない、同じ立場になって会いに来ます。その時はオレも成人してますから」

「だが…………」

「それでも断られるなら、オレも諦めます。だから、あと一回だけ。お願いします」


 これで続いていたこのやり取りも一先ず終わり。それを最後に、余計な理由をなしに答えを聞きたいんだ。そこで断られたなら、諦めるしかないと分かっているから。最後のチャンスを貰いたい。


「……なぜ、そこまでオレに拘る?」

「好きだからに決まってるでしょ。生徒だ子どもだで諦めたくないんです」


 思ったままに言葉にする。銀色の瞳を、ただ真っ直ぐに見つめる。
 それから暫く沈黙が続いて、声を掛けようかとした時。センセーが先に口を開いた。


「教師になるのは、簡単ではないぞ」

「分かってますよ」

「今みたいにサボっていたら無理だと思うが」

「オレは絶対になってみせます」


 そりゃぁ、センセーの言うように授業をまともに受けずにサボってばかりなら、いつまで経っても教師になることなんて不可能だろう。ただでさえそう簡単になれるものでもないだろうし。
 けど、勉強面に関してはまともにやるか否かの問題だ。オレは絶対に教師になるつもりだ。その為にもちゃんとやって必ず教師になる。


「だから……」

「待っていろ、と言うんだろ。お前が教師になってオレの元へ来るのを」


 途中で遮って言われた言葉。センセーは口元に小さく笑みを浮かべていた。
 まさか、センセーからそんな風に言ってくれるなんて思わなくて。いや、言って貰えるのは嬉しいし、そう言って欲しかったんだけど。先にオレが呆けていると、センセーはポンと頭の上に手を乗せた。


「何年後の話しになるんだろうな」

「大学卒業してすぐっスよ。っつーか、子ども扱いはやめて下さい」

「まだ子どもだろ」

「オレ、センセーと六歳差なんスけど」

「六歳差もあれば十分だ」


 たかが六歳だろ。そんくらいなら兄弟の範囲でも有り得るレベルだと思うんだけど。センセーだって少し前まで学生じゃん。
 まぁ、んなことは良いか。約束をして貰えたんだから。


「約束、忘れないで下さいね」

「忘れてもお前が騒ぎに来るだろ」

「センセーって、オレに対して酷いと思うんスけど」


 言えば気のせいだと言われる。いや、絶対気のせいじゃないと思う。でも、これがセンセーか。


「大学に進学するなら、今から内申は頑張るんだな」

「ホント、キツいっスね……」


 これは自業自得って言われても仕方ないけど。今からでもなんとかなるよな。ちゃんと最低限は稼いでいたはずだし。

 あとは大学受験をどうにかして、そっから確実に教師にならねぇとな。


「大卒ですぐなってみせますから、楽しみにしてて下さいね」


 挑戦的な笑みを見せれば、センセーも口角を吊り上げた。
 さて、物語りはこれから。まだ始まったばかりだぜ!



□ □ □



 桜舞う季節。高校を卒業したオレは、無事に大学へと進学した。
 それから数年。またこの季節がやってきた。校庭に舞い散る桜吹雪。


「センセー」


 赤い髪に銀色の瞳。オレが好きだった色は、変わらずにそこにあった。
 最後に会ったのはオレが卒業する時。四年もの年月が流れた。


「ゴールド、か?」

「第一声から酷いっスね。自分の生徒を数年で忘れたんスか」


 声も変わっていない。当たり前だ。センセーはとっくに声変わりなんて過ぎているんだから。
 どちらかといえば、センセーと出会ってから見て分かるように変わったのはオレの方だ。成長期だし。まぁ、流石にもう終わっただろうけどな。


「ちゃんと大卒で教師になりましたよ」

「全く、こういうことになると真面目だな」

「オレはいつだって真面目ですけど?」

「あの授業態度で良く言う」


 授業は……面倒だったから。でも最低ラインは取ってたし、進路が決まってからはそれなりに真面目にやったと思うんだけどな。
 つっても、三年間の大半は適当にやり過ごしていた訳で。総評しても悪い面を挙げられるのは仕方がない、かもしれない。


「教師になったんで、会いに来ました」


 高校を三年生の時にセンセーに言った約束。教師になったら会いに来る、というのを漸く叶えることが出来た。大学での授業態度は高校時代とは随分違うみたいだって、偶々会ったダチに言われたりもしたっけ。
 それだけオレにとって教師になることは重要だった。大学を卒業してすぐに、教師になりたかったから。
 オレは一日でも早くセンセーに会いたかった。


「オレが高校生だった頃にした約束、覚えてますか?」

「覚えている。だから待っていてやっただろう」


 ちゃんとセンセーも覚えていてくれたんだな。センセーのことだから忘れるなんて思ってなかったけど。約束をしたことはしっかり守る人だ。でも、覚えているって言って貰えたことが嬉しい。


「他の生徒達は学祭等に来ることもあったが、お前は一度も来なかったな。それもお前らしいが」


 学祭に卒業生が来たりというのは良くあることで、オレがこの学校に通ってた時も先輩達が遊びに遊びに来ていた。オレもダチに何度か誘われたんだけど、全部断った。理由を聞かれて適当な言葉を返してやり過ごした。
 それも、全て。


「オレが教師になった時に、センセーに会いに行くって言いましたから」

「そうだったな」


 その前に会うのは反則だろ。だから、会いたいと思ってはいたけど、高卒をしてからは教師になるまで絶対に会わないと決めていた。中途半端なことはしたくなかったから。
 そして、今。あの時に約束したことを伝える。


「もうオレは成人したし、今は生徒でもない。オレは高校生の頃からずっと、シルバー先生のことが好きだ。これからもずっと一緒に居たい」


 余計な言葉は要らない。どんなところが好きか、なんて質問は高校時代に何度もしたやり取りだ。今更それを繰り返す必要はない。だから、あの頃から伝え続けていたこの気持ちを真っ直ぐにぶつける。これが最後のチャンスなんだ。


「……数年振りに会ったのに、お前は変わらないな」


 そう言ってオレ達の間にあった数メートルの距離を一歩、また一歩と詰める。目の前で立ち止まったセンセーは、右手を頭の上に乗せて微笑む。


「背は少し伸びたか。声は大して変わらないな。見た目は大人っぽくなったが、中身はそのままか?」

「だからセンセー。子ども扱いはやめて下さいって何度も言ってるんスけど。それに」

「別に子ども扱いはしていない。久し振りだからな」


 言葉を遮ってそこまで言うと、乗せられていた手が下ろされた。久し振りなのは、オレだって十分過ぎること分かっている。あれから四年の月日が流れているんだから。だけどセンセーの言う久し振りの意味が分からずに銀色を見れば、続いて口が開かれた。


「成長したお前が見たかった。オレがお前に会ったのは卒業式が最後だ。近くで見て触れれば、あれからどれくらい変わったのか分かるだろ」


 だからまた子ども扱い、というかこんなことしてきたのか。確かに、こんなこと何度もやったな。センセーと出会った頃は、身長も全然届かなかった。中学を卒業したばかりのオレが追いつかないのも無理はないんだけど。
 段々と視線の高さが近づいて、今はほぼ同じ。年齢だけは縮まらないけれど、今は身長も近ければ立場も同じ。とはいっても、オレは今年から教師になるからまだ授業をしたことさえないけど。


「もう目の高さも立場も同じですから。そうなるまでに四年間掛かりましたけどね」

「大学なんだから当たり前だ。四年もあれば気持ちも変わるかと思ったが」

「変わる訳ないでしょ。今も昔も、センセーだけっスよ。勿論、これからも」


 よくそんなことが言えるな、って言いますけどねセンセー。オレはこれだけは自信がありますから。それだけセンセーのことが好きなんだ。多分じゃなく、絶対に。この想いは変わらないって言い切れる。


「返事を聞かせてください、シルバー先生」


 オレが伝えたかったことは全部伝えた。後はセンセーの出す答え次第。
 二人の間に流れる沈黙。それがどれくらいだったのかは、正直オレには分からない。ただ、オレにとってはとてつもなく長い時間だった。何と答えが返ってくるのか。断られたら諦めるとは言ったけど、ショックなのに変わりはない。
 その口が、答えを告げるまでの数秒間。胸は尋常じゃない鼓動を鳴らしていた。


「オレは、今まで何度もお前を拒んだ。それでもお前は全然諦めなければ本当に教師になって、言っていた通りに大学を卒業して会いに来た。そしてオレも、お前の言葉を信じて待っていた」


 一つ一つを丁寧に紡いでいく。そして、銀の瞳がこちらを見た。


「間に何があってもお前の気持ちは変わらなかった。今更それを確認する必要はないだろう」


 言い終わると同時に、そっと頬に優しい口付けが落とされた。


「これで別の奴のところに行ったなら、今後一切お前を信用しないがな」

「スッゲー厳しいっスね。言われなくてもセンセー以外のトコになんて行かないっスけど」


 頼まれたって願い下げだ。そう言って、今度はオレから唇に触れた。


「センセーありがとう。オレ今、嬉しすぎてヤバいんだけどどうしよう」

「それで死んだら洒落にならないな」

「物騒なこと言わないでくださいよ!」


 そう言ったらセンセーが小さく笑みを浮かべていて、オレもつられて笑った。こんなやり取りも久し振りで、なんだか懐かしい。でも、これからはまたこんなことをしていくんだろうと思うとまた嬉しさが込み上げてくる。


「これからはずっと一緒に居ましょうね」

「あぁ」


 オレ達の物語は、この学校での出会いから。新任教師と新入生。巡る時の流れによって、今は同じ学校で生徒を持つ者同士。届かなかった身長も今では同じ目の高さ。あの時新任だったセンセーの立場に、今度はオレがなっている。
 ここから先はまだ誰も知らない物語。それを同じ位置で、共に並んで歩みながら作っていこう。










fin