『なんかいつもと違う感じだったのよね』


 高校を卒業して進路は皆別々になった。その頃の友人から電話が掛かってきたのは数時間前のことだった。なんでもその友人も話の人とは久し振りに会ったらしいのだが、どうも様子がおかしかったらしい。それをどうしてこちらに連絡してくるのかと尋ねれば、仲が良いからの一言で片付けられてしまう。
 久しく会っていないのはこちらも同じなんだが、と思いつつ友のことを心配になるのも分からなくはない。偶々今日は時間が空いていたことを思い出すと、様子を見に行ってくるとだけ伝えてその電話は終了した。






 そして現在。授業も終わり他の用も済ませてその友人の家を訪ねた。そこまでは良かったのだが。


「…………一人で全部あけたのか」


 チャイムを鳴らすこと数回。今日は居ないのかと帰ろうとしたところでドアが開き、会話を数回交わしたところで電話で聞いていたように何か違和感はあった。久し振りに話したいからと家にあがると、そこには多分コイツがあけたのであろう酒の缶が幾つもあった。普通に一人で飲むには多過ぎるだろうという量がそこにはある。


「一人でに決まってんだろ。オレ以外誰も居ねぇんだから」


 高校を出てから家からだと学校が少し遠いからと一人暮らしを始め、今この家に居るのは本人を除けばシルバーだけ。となれば、必然的に一人でこの量を飲んだことは明白だ。
 しかし、いくらなんでも飲み過ぎではないだろうか。止める人が居ないとはいえ、普通はこんなにあけようと思わないだろう。


「……何かあったのか?」

「別に? 普段通り、何も変わらねぇよ」


 そう言いながらまた一本開けようとしているのが目に入り、とりあえずシルバーはそれを止めさせる。不満そうな表情が見えるが、これ以上は誰であっても止めに入るだろう。
 それにしても、これだけ飲んでいるというのに呂律は悪くなっていない。話し方を聞いている限り酔いはあまり回ってなさそうだ。一緒に飲んだことなどなかったけれど、ゴールドは相当酒に強いらしいことを知る。それにしたって飲み過ぎなことに変わりはないが。


「クリスから電話があった」

「そういやオレも今日偶然会ったんだよな。お前もいきなり来るし、今日は色んな奴に会う日だな」


 色んな奴に会うというより、シルバーについてはクリスが行く用に頼んだのだがゴールドがそんなことを知る由もなく。とりあえずここに来た目的を達するべく話を進める。


「それで、この空き缶の数はどうした」

「どうしたも何も、飲んだから空になったんだろ」

「お前はいつもこんな量を飲むのか?」


 あまりにも普通に返してくるものだから思わず日常茶飯事なのかと問う。毎日でないにしてもこんな量を度々飲んでいたら体を壊すだろうと思うのだが、どうやらそうではないらしい。時々飲みたくなったら買ってきて適当に飲むだけであり、普段からしょっちゅう酒を飲んでいる訳ではないとのこと。
 それならまだ良いかと思うけれど、この状況を良いと片付けるのは難しい。飲みたくなったにしても、ただなんとなくの量と思えるような数ではない。


「クリスがお前が変だったと言っていた。これだけ飲んで何もないとは思えないが」


 直球で尋ねると、眉間に皺を寄せる。変てどういう意味だよ、と小声で言うのが聞こえてそのままだと答えてやれば、それこそどういう意味だと言い返される。


「アイツが気にし過ぎなんじゃねぇの? オレは何ともないしよ」

「オレもお前に会っていつもと違うと感じたが」


 そう感じたのはクリス一人ではない。シルバーもここに来てそれを感じ取っている。それを言えば、ゴールドは一瞬だけ顔を歪めた。すぐにいつも通りのトーンで「気のせいだろ」と言われたが、その一瞬をシルバーは見逃していなかった。


「言いたくないことか?」

「何もないって言ってんじゃん。余計な心配すんなよ」

「そうは見えないから聞いている」

「本人がそう言ってんだから気にしなくて平気だって」


 だが、と続けようとした時。「もう放っとけよ!!」と声が上がり、話は中断させられる。悲痛な叫びが部屋に響くと、先程までとは一転。会話もなくなり静かな空間へと逆戻りする。
 長い付き合いをしていれば喧嘩なんてことは何回もしたことがある。それこそこの二人の場合は出会った当初なんて毎日のようにしていたぐらいだ。けれど、これは喧嘩というより一方的な拒絶。ゴールドがこんな態度をとることは珍しい。


「何なんだよ、本当。用がねぇなら帰れよ……」


 しんとした空気の中、小さな声がそう紡いだ。用ならあるのだけれども、ゴールドが話してくれなければ分からない。けれど、何かがあることが確実であることだけならもうはっきりした。やはりどこかおかしいのだ。普段のゴールドであれば、少なくともシルバーの前でこんな態度は見せないだろう。
 とはいえ、このままではどうしようもない。今日の所は諦めてまた別の日に話を聞いた方が良いだろうか。そう考えると、シルバーはゆっくりと立ち上がった。


「ゴールド、あまり飲み過ぎるな。また連絡する」


 それだけを言い残して部屋を後にする。こういう時はそっとしておくのが良いのだろう。明日にでも携帯で連絡を一本入れれば、その時には落ち着いているだろうと判断する。


「…………そうやって“また”って言っても、忙しいくせに」


 遠くなっていく距離。玄関の方に歩いていたシルバーに向けられた独り言。ポツリと呟かれたソレは静かな空間に消えていく。
 けれど、その僅かな声はシルバーに届いていた。帰ろうとしていた足を止めて、部屋を振り返る。


「前に会ったのだっていつだっと思ってんだよ」


 小さく零れ落ちた声。それはきっと、ゴールドが抱いていた気持ちなのだろう。
 言われてみれば、前に会ったのは大分前だった。高校を出たばかりの頃はそれなりに連絡も取っていたし、会う約束も度々していた。だが年月が流れるにつれてどちらも頻度は減っていき、会ったのはいつだったか曖昧なくらいだ。連絡を取り合ったのもすぐに出てこない辺り、結構前ということなのだろう。


「元々アイツからってことは少なかったし、こっちから連絡しなければそうなるのも自然かもしれないけど。やっぱり」


 その先の言葉を聞く時には、シルバーはゴールドのことを後ろからギュッと抱きしめていた。なんとなく分かってしまったのだ。いつもと違ったゴールドにどういう理由があったのかということが。


「シルバー……!? お前、さっき帰るって…………」

「すまない」


 驚いているゴールドを気にせずに、まずは謝罪の言葉を。それをいきなりどうしたのかといった表情で見てくる奴に、全部聞いていたと素直に告白した。目を見開く様子に、全然気付いていなかったらしいことを知る。酔っていないように感じていたが、どうやら幾らかはアルコールが回っているようだ。


「色々あって気付いてやれなかった」

「…………別にお前は悪くないだろ。忙しいのなんて知ってたし」


 だから謝るなよ、と言われたがそうもいかない。普段はあんなに騒がしいと言うのに、こういうことはなかなか喋ってはくれない。いつも明るく見えても、そうやって本心を隠してしまうことがあるのだと知っていたのに。それに気付けなかったことが悔しい。


「言えば良かっただろ、オレが来た時に」

「言えるかよ、んなこと」

「お前がそんな風に思っていたなんて知らなかった」


 昔から何かと声を掛けてくるのはゴールドの方から。どこかに遊びに行こうと強引に誘って連れ回されたことが何度あったことか。回数を重ねていくうちにシルバーも仕方なく付き合うのでなく、楽しいと感じるようになり誘いを嬉しく思うようになったのはいつだったか。
 高校を卒業してからもゴールドからは度々連絡があった。向こうからくるだろうと思って何もしなかったのはシルバーだ。実際色々と忙しかったのも本当で、言われるまで何ヶ月も連絡さえ取っていなかったことに気付かなかった。おそらくゴールドは分かっていたのだろう。それでいて、いつも自分から連絡をしていると気付いて何もせずにいたらこんなにも月日が流れてしまった。


「オレばっかお前に会いたいみたいで、馬鹿みたいじゃん」


 仲良くなって大切な人になって、それは一方的なものでないと分かっている。しかしいつも自分からだと気付いてしまえば、どうなんだろうと気になってしまうというのが人の心理。その結果何ヶ月も何もなく、代わりに募っていく思い。あまりにも何もないから、通じ合えていると思っていたのは自分だけだったのかと考えるには十分な時間だった。


「なんっつーかさ、オレは会いたいとか思うのにお前はそんなことないんだって感じてさ」

「それは違う。いつもお前から連絡があるから、それに甘えていただけだ」


 オレもお前に会いたいと思っていた。
 そう伝えると、急に静かになった腕の中。だが、小さく体が揺れていることに気付いて名前を呼びかける。反応がないことを疑問に思い、一度体を離して向き合おうとすると逆に正面から抱きつかれた。


「ゴールド……?」

「ウッセー。お前が悪いんだからな」


 暗にこのままでいさせろと言われ、優しく微笑みを浮かべると宙に投げ出されていた腕を背中に回す。触れ合う体温に懐かしさを覚えつつ、この感覚をずっと手放したくないと思う。


「なぁ。オレ、結構飲んでるから酔ってるんだ」

「あぁ」

「だから、酔っぱらいの言うことで片付けて欲しいんだけどさ」


 本当は言う程酔っていないということくらい、本人もシルバーも分かっている。だが、今はそういうことにしておいて貰いたい。酒を相当飲んでいるのは事実だし、普通ならこんなこと恥ずかしくて言えないから。


「シルバー、好きだ」


 普段は滅多に聞くことのできない言葉。そう、これは酔っているから。それ以外にこんなことを言う理由なんてないのだ。


「お前のことが好きなんだ」

「あぁ」

「ずっと会えなくて、すっげー色々考えて。でもやっぱお前が好きで会いたくて。ずっとこうしていたい」

「お前が望むならいつまででもしてやる」

「うん。大好きだよ、シルバー」

「オレも愛している」


 互いの体温が混ざり合い、互いの気持ちが通じ合い。普段なら言えないけれど、これは全部お酒のせいだからと言い訳をして。素直な気持ちを伝え合う。
 そうして抱き締めていると、気が付けば肩越しに小さく寝息が聞こえてくる。安心したような寝顔に笑みを浮かべながら頭を撫でる。こんな体勢で寝ていたら体が痛くなるだろうから、後で布団に移動させよう。けれど、もう少しだけこのままで居させて。

 さて、朝になったらどんな反応を見せてくれるのだろうか。そんなことを楽しみにしつつ、今は「おやすみ」と一言。そっと唇を押し当てて、もうこんな思いはさせないと心に誓う。
 起きたらまず一番に「おはよう」の挨拶を。それから、今度こそ二人でちゃんと話をしよう。










fin