暖かくなってきたと感じてから日にちはまた進み、新しく捲ったページには四月の文字。いつも見慣れた街の景色。そこに広がる季節の花。桜は今、満開に咲き誇っていた。








「もう満開だな」


 歩きながら道を覆うような木々に目を向ける。こうして話す間にもヒラヒラと白い花弁が舞っている。


「今が見頃だよな」


 尋ねれば、シルバーも桜の花に視線をやった。沢山の桜の木が並ぶこの道は、まるで桜のアーチのようだ。


「一番綺麗なのは七分咲きくらいらしいぞ」

「へぇ。でも、今だって十分綺麗だと思うぜ」


 その方がより綺麗だとしても無数の桜が咲いているこの光景だって十分だ。これを見て綺麗ではないと思う人は多くは居ないだろう。
 強い風が吹くわけでもなく、それでも花弁は舞う。この国ならではの風物詩だ。


「せっかくだし、今度花見でもするか?」


 桜といえば花見――と、繋がる訳ではないけれど花見も連想される一つである。季節の行事でもあり、好きな人なら毎年行う人も居るのではないだろうか。


「どこまで行くつもりだ?」

「桜があればどこでも良いじゃん」


 花見の必需品といえば桜ぐらいだろうか。別に有名な所でなくても桜さえあればどこでも出来る。逆にいえば、有名な場所は人が多い。小さな場所で静かに花見をするのも一つだろう。


「次の土日、お前空いてる?」

「まぁな」

「じゃあ土曜に行こうぜ」


 早く行かなければ桜は散ってしまう。この土日が花見に丁度良いのではないだろうか。
 そんなゴールドの提案にシルバーも了承する。たまには、そんな休日の過ごし方も有りだ。


「いつもと同じで良いよな」

「あぁ」


 待ち合わせ場所を決めて、続けて時間も適当に決める。最後に場所をどうするかという話だが、近場にと曖昧な計画だ。
 そんな風で大丈夫なのか心配だが、花見をするだけなのでなんとかなるだろう。いつだって、しっかりと計画を立てることなど滅多にない。


「あ、今日って何か出すものあるか?」

「地理のレポート」


 シルバーが言った途端、ゴールドは苦そうな表情を見せる。それですぐに隣の男が宿題を忘れたことが分かる。ついでに次に出てくるだろう言葉も把握している。


「写しても意味がないからな」

「良いじゃねーか」

「少し変えてもバレるだろ」


 プリントやワークならまだしもレポートは厳しいものがある。どれも、本来は自分でやらなければいけないものだが。


「面倒な宿題なんて出すなよな、あの先公」

「とりあえず、早めにやった方が良いだろうな」


 嫌だ面倒だと呟く。けれど、出さなければ点数を引かれるのだ。それさえなければ、出さずに過ごしてしまおうかとも思うがそれも出来ない。
 暫く文句を言いつつ、途中で諦めたらしく言葉が切れた。ふと桜を見上げると、一筋の風が通りすぎた。


「春、って感じだよな」

「実際に春だしな」


 ヒラリと舞う桜吹雪。花弁が落ちる中にユラリと宙に桜の花が混ざる。そっと手を伸ばすと、花は掌に乗る。手の上の桜と隣を見比べてふっと微笑んだ。


「シルバー?」


 疑問の声を上げると桜を持った手を動かした。それから笑みを浮かべると口を開いた。


「こっちの花見の方が良いかもしれないな」


 黒い髪に飾った白い桜。黒の上にはその色が良く映える。
 最初は頭にクエスチョンマークを浮かべていたゴールドだったが、ワンテンポ遅れてシルバーのやったことに気付く。すると途端に顔を背けた。


「何馬鹿なこと言ってんだよ!」

「花見には変わらないが」

「違いすぎだろ!」


 何が変わらないというのか。思わず聞き返したくなる。随分というより全く違うと思ったのは、間違いではないはずだ。
 けれど、シルバーは気にした様子はない。それどころかオマケまで付け加えてくれる。


「似合っているのだから良いだろ」

「男に言うことじゃねぇ気がするんだけど」


 どちらかといえば、女の子に言ってあげる台詞ではないだろうか。ここには男二人しか居ないけれど。だからといって、男に向ける台詞でもない。


「花見はともかく、オレはお前が居れば十分だ」


 花見の花が桜の木であれ、目の前の恋人であれど。花見に桜は付き物であるが、それ以上に好きな人さえ居れば十分である。
 そう伝えられて、ゴールドの顔は熱を持つ。良くそんなことが言えるなと思いつつ、ゴールドも同じ気持ちを抱いていた。


「……オレだって、お前と居たいから誘ったんだよ」


 俯きながら、なんとか発した言葉。顔が赤くなっていると分かっているから顔は向けられない。それでも気持ちは伝える。
 ゴールドの言葉にシルバーは優しく微笑む。もう一度手を伸ばして、金色を自分に向けると唇を合わせた。


「花見、楽しみだな」


 更に赤くなった顔を見ながら口角を上げる。何か言いたげな金の瞳を銀の瞳は真っ直ぐに見つめた。迷うように瞳が揺れた後、二つがしっかり交わった。そして、唇には柔らかな感覚が。


「絶対忘れんなよ、花見」


 離れるとまた金の目は逸らされてしまう。けど、それは恥ずかしさからだとシルバーは分かっている。ああ、とだけ返して二人は並んで歩く。二人一緒の道のりはまだもう少し。

 桜が咲き誇る春の日にお花見の約束をする。綺麗な桜に桜を飾った恋人。どちらか一方を、またはどちらもの華麗な桜を楽しむ。
 お花見は楽しむことが大切だ。でも、何より二人で一緒に過ごすことが一番の目的である。

 桜咲く中に君の笑顔。明くる日は、春を感じよう。










fin