今日が何の日か。それをアイツは知っているだろうか。否、今日と云う日に気付いているだろうか。アイツ自身のことなんだから知らないことはないんだ。ただ、覚えているとは思えないというだけで。
 カレンダーは十二月。今日は二十四日だ。








「シルバー!」


 名前を呼べばシルバーがこっちを振り返った。走ってすぐ隣まで並ぶ。それから「待ったか?」と声を掛ける。「いや」と首を横に振るのを見て安心する。
 オレがシルバーに約束を取り付けたのは数日前。ポケギアで今日は空けておいてくれと頼んだんだ。


「なぁ、どこか行きたいトコとかあるか?」

「……お前はどこに行くつもりだったんだ」


 別に目的地がない訳じゃない。そう付け加えれば「そうか」と返事が来た。考えなしに約束をしたとでも思ったのかよ。流石にそんなことはしない、と思う。時々特に用がなくても連絡するけど。ふと疑問に思ったから尋ねてみただけのことだ。
 それから暫くして「別にない」と先程の質問の答えが返ってきた。おそらくそう返ってくるだろうとは思ってたけど。


「それで、どこに行くんだ?」

「そうだな。まあとりあえず行こうぜ!」


 そう言って歩き出す。オレが歩けばシルバーも合わせるようにして足を踏み出した。
 街に出れば所々が彩られている。それも無理はない。この時期になれば自然とそうなるものだ。その辺りは気にせずに、目に付いた所を見ながら過ごしていく。そうしていくうちに時間は自然に流れていくものだ。

 また空の下を歩く頃にはオレンジ色の空が目に映る。楽しい時間は本当にあっという間に過ぎる。高かった太陽も沈み始めている。


「シルバー、今日が何の日か知ってるか?」


 もう時間も時間だ。分かっているだろうかと疑問を投げ掛ければ首を傾げられた。ああやっぱり、って思った。どうせ覚えていないだろうとは思っていたけど。
 そろそろ教えても良い頃だよなと勝手に結論付けて口を開く。


「誕生日おめでとう」


 微笑んで伝えれば、きょとんとした表情を見せた。でも、すぐに言葉の意味を理解したようだった。やっと気がついたのかよ。自分の誕生日くらい覚えておけって。自分のことに疎いのを知らない訳じゃないけどさ。


「それと、コレ」


 言葉と同時に差し出した物をシルバーの掌の上に置く。もう言わなくても分かるだろ。誕生日プレゼントっていう奴だ。一応、オレなりに考えて用意した物。


「お前が何欲しいのかなんて分からなかったけど」


 それでも、オレは何か形に残るものをあげたかった。本当はシルバーが欲しい物を渡すのが一番なんだろうけれど、コイツはあまり物を欲しがったりしない。よく一緒にいるけれど、それでも分からなかったのだから仕方がない。
 だが、シルバーはそんなことを気にした様子はない。ふっと笑ってオレを見た。


「オレはお前がくれる物なら何でも嬉しい」


 ありがとう。
 続けられた言葉の後にはそっと触れる口付け。空気は冷たいっていうのに温かくなる。
 ここは外だっていうのに少しは考えろよ。誰がどこで見ているとも分からないような場所で。恥じらいとかってコイツにはないのだろうか。きっとオレは今、顔が赤いんだろうなと頭の片隅で思う。


「お前な……!」

「人も少ないし大丈夫だろ」

「何が大丈夫なんだよ!!」


 全然大丈夫じゃないだろ。そうは思うもののコイツが楽しそうにしているのを見るとそれ以上は止めておく。今日はシルバーの誕生日な訳なんだし。一つでも多くの幸せをあげたいと思っている。
 ふと空を視界に入れると、ここに来た目的を思い出した。シルバーの手を掴んで走り出せば、突然の行動に驚く声が聞こえた。


「ゴールド、どこに行くつもりだ」

「良いからついて来いよ」


 質問に答えている時間も惜しい。走る距離は長くはないけれど、ゆっくりしていてはダメだから。この時間ではないといけないこと。
 街を出て二人で走って行った先。太陽は殆ど沈みかけていた。どうやら間に合ったらしい。


「ここからだと夕焼けが綺麗に見えるだろ?」


 以前にこの辺りに来た時、偶然見つけた場所。ここは見晴らしが良くて橙の空が見渡せるんだ。
 ポケモンを使えば太陽が海に沈む光景やもっと綺麗な場所にだってすぐに行ける。でも、そうじゃなくてもこんな景色を見ることが出来るんだ。有名なスポットだけが良いって訳じゃないんだから。


「お前に見せたかったんだ」


 この景色を見せるだけなら夕方に待ち合わせでもすれば良かったのかもしれない。だけど、一緒に過ごしたかったから色んな所を見ながらこの時間を待っていたんだ。
 綺麗だ、と口にしたシルバーの横顔を見る。それから思うままに行動を起こした。


「ゴールド……!?」


 目を見開いてこっちを銀色が見ている。ああ、また熱が頬に集まっている。この夕焼けじゃ分からないかもしれない、なんて思いながら。


「シルバー、生まれてきてくれてありがとう。大好きだぜ」


 おめでとうだけじゃ足りない。オレがお前に伝えたいことを全部伝える。こんなことをするのもこんな台詞を言うのも恥ずかしい。でも、今日は特別な日だから。ちゃんと伝えようって思ったんだ。
 微笑めば、シルバーも優しく笑った。それからもう一度唇が触れた。


「ありがとう。オレも大好きだ、ゴールド」


 伝えた分だけシルバーも伝えてくれる。二人だけのここは、オレ達だけの空間。心が温かさに包まれる。
 オレ達が互いに想いを伝え合った頃には、太陽はもう沈みきってしまった。この時期っていうのは、あっという間に暗くなるものだな。だけど、まだ今日は続いている。


「クリスやセンパイ達がお前の誕生日会を開くってさ」

「わざわざそこまでしなくても良いと思うんだが」

「何言ってんだよ。大切な日だろ」


 一年に一度しかない大切な日なんだ。みんなお前を祝いたいって思ってるんだぜ。勿論、オレだって。
 誕生日会は夜にやるからと日中は二人で過ごす。そうしてくれたのはクリスだった。だからオレはこうしてシルバーと二人で一緒に過ごすことが出来た。
 そして残りの時間はダチもセンパイもみんなで。お前を大切だと思っている人達でお祝いする時間。


「行くぜ、シルバー」

「あぁ」


 声を掛けて腰のモンスターボールに手を添える。ポケモンで空を飛び、みんなの待つ場所へ。

 今日という大切な日。最後までシルバーに幸せを贈ろう。
 おめでとう。ありがとう。それから、大好き。

 お前が生まれたこの日に感謝して。精一杯祝おう。
 誕生日おめでとう。










fin