ふわふわとした感覚。辺りは淡い光に覆われている。ここは一体どこなのだろうか。


「良かった」


 声が聞こえたかと思えば光が一点に集まっていく。それが段々と人の形を作っていく。暫くすると、見慣れた姿を捉える。黒髪が揺れ、金の瞳は優しく見つめてくる。


「ゴールド……?」

「何だよ、人を珍しそうに見て」


 疑問系で名をつむぐと怪訝そうな表情を見せる。別にそんなつもりではなかったのだが、わざわざ訂正するほどのことでもない。
 それよりも、ここはどこなのか。どうしてこんな場所に居るのか、ということの方が重要だ。


「難しいことは考えなくて良いぜ」


 シルバーが何かを考えていたのは、バレていたらしい。しかし、その言葉の真意は分からない。


「どういう意味だ」

「そのまんまだけど?」


 答えが返されたところで、これでは全く意味が分からない。第一、そのまんまで分かるなら聞き返したりしない。
 だからと繰り返そうとして、先に口を開いたのはゴールドだった。


「だから、ただ意識をはっきり持ってれば良いんだよ」

「分かるように話せ」

「良いから! 言われた通りにしろって」


 そう言われても、相変わらず意味は分からない。だが、これ以上言い合っても何も変わらない。
 シルバーは溜め息を吐いて、仕方なくゴールドの言葉に従う。といっても、意識くらい今だってしっかり保っているのだが。


「…………シルバー」


 俯きながら呼ばれた名前は、普段より幾らか小さく。違和感を感じながらも「何だ」と返せば、金色が再びその色を見せた。


「いつも迷惑ばっか掛けてごめんな。でも、お前と居られて楽しかったぜ。ありがとな」


 瞳が揺れている。心なしか、声も震えているように感じる。
 明らかに様子がおかしい。さっきの違和感は気のせいではなかったのだ。


「ゴールド、」

「シルバー」


 2つの声が重なる。
 何かを言わなければいけない。そう思うのに、コイツの顔を見たら一瞬言葉に詰まってしまった。
 そして、代わりに聞こえた言葉は、酷く切なく。


「愛してる」


 儚く響いた音。柔らかく微笑んだ表情。
 途端に淡い光が再び辺りを包み出す。その光の意味することなどシルバーは知らないが、頭が赤信号を訴える。


「ゴールドッ!!」


 必死に伸ばした手は、虚しく空を切った。光から何故だか温かさだけが伝わってきて、掴もうとした手には何も残らなかった。
 温かい、と感じているはずなのに。心にはぽっかりと穴が空いてしまったかのように冷たい。


「――――ッ」


 頬を何かが伝う。それが何かなんて考えることもせず、失ってしまった悲しみだけが心を占めている。


「シルバー!」


 すぐ近くから聞こえた声に、シルバーは意識をそちらに向けた。先程より高いソプラノの声と共にこちらを見ていたのは、透き通るような水晶の瞳を持つ少女だった。


「ク、リス……」

「良かった。心配したのよ」


 瞳から零れる涙を拭いながら、クリスは小さく笑みを浮かべた。
 一方で、シルバーは状況が理解出来ずにいた。とりあえず、ここは間違いなく現実世界だ。さっき見たものは何だったのか。否、それ以上に気になることが1つ。


「クリス、ゴールドは!?」


 そう、夢か何か分からない世界で自分はゴールドを失った。これが現実ならば、ゴールドはどうしているのか。
 尋ねられた内容に、クリスは顔を歪めた。それを見て、嫌な予感しかしない。
 迷いがちに瞳を揺らしながら、クリスはある方向に視線を向けた。


「ゴールド…………」


 その視線を辿った先には、ベッドに横になっているゴールドが居た。しかし、いつもの金は瞼に隠れて見えない。体には幾つもの医療器具が繋がっている。
 ゴールドを見たまま動かないシルバーに、クリスはゆっくり口を開いた。


「二人共バトルで怪我をして病院に運ばれたの。あの時の人達は、あの後博士に連絡をして、先輩達が解決してくれたわ」


 簡潔に纏められた説明に、シルバーは漸く事の成り行きを思い出した。
 ああ、そうだ。あの時、一斉に向けられた攻撃をこの馬鹿はオレの代わりに受けたんだ。コイツが倒れるのを見て、捲し立てるようにニューラ達に攻撃の指示をして。
 そこから先の記憶はない。体に巻かれている包帯や腕の点滴を見る限り、無鉄砲な戦い方をしたようだが。


「ゴールドは、大丈夫なのか?」


 自分が何をしたかなんてどうでも良い。それよりも、ゴールドの怪我の具合が知りたかった。
 しかし、俯いたクリスは首を横に振った。治療は施してあるけれど、意識は戻らないまま。シルバーでさえ、数分前に気が付いたばかりなのだから。


「お医者さんが言うには、怪我の手当ては終わっているから、いずれ意識は戻ると思うって……」


 弱々しい声で、クリスはそう教えてくれた。なんでも、あれから数日が経ったらしい。その間、ずっと二人の意識が戻るのを待っていたのだろう。疲労が見るからに分かる程だ。


「とりあえず、少し休んだらどうだ。ゴールドはオレが見ている」

「シルバーもまだ安静にしていないとダメよ。私は大丈夫だから、気にしないで」

「何も動き回る訳じゃないのだから心配するな。お前まで倒れては元も子もないだろ」


 シルバーがそう言えば、クリスも納得してくれたらしい。「それじゃぁ、少しだけ休んでくるわね」と言って病室を後にした。
 病室は静まり、部屋には二人だけ。そっと立ち上がると、ゴールドに歩み寄る。


「全く、人を庇ったかと思えば、ご丁寧に夢にまで出てくるとはな」


 あれが夢だったのだと、今ならはっきり分かる。道理でおかしな空間に居る訳だ。
 おそらく、シルバーの意識を取り戻させるためだっただろう。ゴールドは何かを知っているように話していたのだから。


「自分よりオレを優先してこれか」


 あぁ、そういえば、コイツはそういう奴だったな。時の狭間に飛び込んだ時も、最後は一人で行ってしまった。自分勝手なようで、他人を優先させる。意外と周りを見ていて、良く気付く。
 逆に、自分のことになると鈍い。無茶をすることも屡々。
 未だに目を覚ます気配はない。シルバーは、輪郭をなぞるように頬に触れた。


「……静かだな」


 病院なのだからそれは当たり前で。騒いだらそれこそ怒られる。
 けれど、ゴールドが居るのに静かだというのは珍しく感じる。本人に言ったのなら、失礼だと文句を言われるだろうが。


「クリスが心配している。早く目を覚ませ」


 言い終えて、シルバーは頬に添えていた手を止めた。じっと見つめていても、あの金色を見ることは叶わない。
 手は頬に添えたまま、体を低くする。真っ白な空間で告げるのは、あの時言えなかった言葉。


「愛してる」


 そのまま唇が触れ合う。
 この場だけ、時が止まったかのよう。白い世界にたった二人。


「ゴールド…………」


 甘い囁きは、静かな部屋に響き渡る。名を呼ぶ声は、とてもいとおしく。


「……ん、しる、ばー……?」


 呼応するかのように微かに聞こえた声。同時に、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。間からうっすらと金色が覗いた。


「ゴールドッ……!」


 反応を見せたゴールドにシルバーは思わず声を上げた。一方のゴールドは、まだ状況を理解出来ていないらしい。辺りを見回して銀色を見た。


「ここは?」

「病院だ」

「病院……?」

「クリスがオレ達を連れてきたんだ」


 そこまで言うと、段々記憶がはっきりしてきたらしい。「そっか、あの後……」と漏らされた言葉でシルバーは説明を止める。
 途切れた会話に、手を伸ばしぎゅっと腕を背に回す。その行為に応えるように同じようにして腕を伸ばした。


「お前が無事で良かった」


 どちらともなく発せられた言葉。伝わる体温が、聞こえる鼓動が。互いの存在を教えてくれる。


「あまり無茶はするな」

「そんなつもりはねぇんだけど」

「危なっかしい」

「どっちがだよ」


 言って笑みを溢すと、つられるように微笑んで。どっちもどっち、お互い様だと分かっている。
 咄嗟にとった行動は相手が大切だからこそ。クリスには迷惑を掛けてしまったが何より相手が無事だったことに安堵する。
 大切だから守りたい。大切だから失いたくない。思うことはどちらも同じ。愛してるんだ、こんなにも。お前のことを。確かな存在を確かめ合って。真っ白な世界に彩りが生まれる。

 オレ達の世界はまだ続いていく。互いの存在がある限り。どこまでも。










fin