「先生」

「どうした?」

「聞きたいことがあるんですけど」


 体育教師への質問は大方授業中に聞かれる。それは主に実技の授業だからだ。テスト前は例外だけど今はそんな時期ではない。それ以外の質問も生徒に聞かれることもあるにはある。
 でも、コイツから話し掛けるなんて珍しい。というより、滅多にない。だから何が気になるのかと不思議に思った。
 それがまさか。予想を遥かに上回る言葉だとは思いもしなかったけど。






 さてと、どうしてこんな状況になってんだろうな。オレにもさっぱりだ。
 オレのクラスの生徒に会ったのは廊下。話していたのも最初こそ廊下だった。今は場所を移して近くの教室。


「突然、何なんだよ」


 思わず口から出た疑問。
 だって、言いたくなるだろ? オレじゃなくても誰だって言うはずだ。


「そのままの意味ですが……」

「そうじゃねぇだろ!」


 付き合っている人が居るのかと聞かれたのが最初の会話。そして、その次に聞かれたのが。


「どうして付き合おうって話しになるんだよ!」


 絶対おかしいだろ、これ。どこをどうしたらそうなるんだ。少なくとも、オレには理解が出来なかった。
 一応言っておく。相手は生徒、オレは教師。ついでにオレもコイツも男というオマケ付きだ。


「それは、先生が恋人は居ないと言ったからです」

「いや、もっと根本的なことがあるだろーが」


 どうも話が上手く噛み合わない。オレは間違っていないはずだ。オカシイのはコイツの方。
 成績優秀、容姿端麗。そんな生徒がこんなことを言うなんて誰が予想出来たのか。予想外にも程がある。


「あのな、オレはお前の担任だ。ついでに男なんだけど」

「知っています」

「普通に考えて、無理だろ」


 普段はあまり自分から人と関わろうとしない。だからオレとも必要最低限でしか話すことがない。オレが声を掛けても短い返事で終わり。
 それがオレ達の関係。つまり、まともに話した数など殆んどないようなものだ。


「あのさ、シルバー」

「何ですか」


 呼べばすぐに返ってくる。銀色の瞳はオレから全然外れない。
 透き通った銀。華麗に靡く赤。その容姿は初めて見た時から綺麗だと思っていた。それは言葉を失うほどに。今は関係ないことだけど、やっぱり頭の片隅では綺麗だと思った。


「どうしてそんなことを言うんだ?」


 頭に浮かんだことを押し退けて尋ねる。
 普通、という概念でくくって良いのかも分からなくなってきたけど。一般的にはそんな考えを持たないだろ。それでもオレに言ったってことは理由があるはずだ。


「オレは先生が好きだからです」

「お前はオレの何が好きだって言うんだよ」


 一番の疑問はここだ。付き合おうなんて言い出すくらいだ。好きと言われるのはまだ分かる。だけど、オレにはシルバーがオレの何が好きなのかが分からない。
 オレがそう思う一方で、シルバーは迷うことなく口を開いた。


「いつも騒がしいほどに明るくて、元気で前向きで。他人のことなのに自分のことみたいに真剣に考えて、それでいて自分の決めたことは何だって絶対にやりきる」


 ちょっと待て。どっからそんなに出てくるんだよ。言葉が溢れるように出てくる。
 それが堪らなくて、途中から段々と耳に入らなくなる。出来るならこの教室から出て行きたいくらいだ。


「金に輝く瞳も、漆黒の髪も。太陽のような存在の先生が、オレは好きだ」


 沢山の並べられた言葉にオレの頭は付いていかない。多分、全部は頭に入らなかっただろう。
 恥ずかしさに銀から逃げて床を見たのはいつからか。あまりの恥ずかしさに思わず右手で顔を覆った。火照る感覚が、妙に分かりやすかった。


「顔、真っ赤ですよ。先生」

「誰のせいだよ」


 よくこんなこと言えるよな。オレには絶対に無理だ。
 それより、コイツはオレのことをそんな風に思ってたのか。シルバーの担任をして一年以上経ったけど、初めて知った。


「可愛いな、アンタ」

「誰が!」


 男に可愛いなんて嬉しくもない。それも、相手も男で。ああ。頭が混乱する。


「それで、アンタは?」


 何がとは言わない。分かりきっている。シルバーが尋ねているのは、オレの答え。


「オレ、お前の担任なんだけど」

「そうだな」

「しかもオレもお前も男」

「知ってる」

「生徒に手を出すとか、ダメだろーが」

「オレは気にしない」

「あのな」


 お前が気にしなくてもオレが気にするだろ。大卒で教師になったとはいえ、何歳差だと思ってるんだよ。


「オレはアンタが好きだ」


 いつも通りの口調で言われる。一応、これでもオレは教師なんだけどな。最初こそ敬語だっただけ。あえて、そうしてたのかと今更ながらに思う。珍しいとは思ってたけど。


「お前さ、面倒なこと嫌いだよな」

「これは面倒じゃないからな」

「後悔するぞ」


 言えばすぐに否定された。シルバーが本気なのは凄く伝わってくる。言葉に瞳、全てから。


「どうなんですか、先生?」


 都合の良い時ばっかり先生って呼びやがって。全く、困った生徒を持ったものだ。
 でも。第一印象から感じたこと。他の生徒とは違う素っ気ない態度に、振り向かせたいと思ったこと。何より、お前の言葉が。
 もう、オレの心を占めていたんだ。


「……オレも、お前が好きだよ」


 そう伝えると、目の前の生徒は口角を上げた。それから。


「    」


 また、熱が集まるのが分かった。
 チラと視線をあげれば、銀色とぶつかった。シルバーは小さく笑うと、チャイムの音に書き消された言葉だけを残して教室を後にした。


 本当に、大変な生徒を持ったな。全く、明日からどうやって過ごしていけば良いのだろうか。まだ一年は長いのに。
 そんなことを考えつつオレも教室を後にした。


 誰も居ない教室。そこには温かな橙色の光が優しく差し込んでいた。
 部活動の音が響き渡る中。帰宅部の生徒の帰りを促すチャイムが響いた。

 そんな放課後の出来事。










fin