初めのうちはぶつかり合って、徐々にその回数が減っていって。それから二人の距離が縮まっていくと、自然と一緒に居ることが多くなった。いつからか、隣に在るのが当たり前の存在になっていた。そしてある時、胸の内に秘めていた気持ちを告白して特別な場所を手に入れた。
一つ、また一つ。少しずつ近付いていく距離に、少しずつ変わっていく関係。今日もまた青い空の上でお天道様が笑っている。
少しずつ手を伸ばして
学校の屋上。本来立ち入り禁止のその場所にどうして居るかといえば、単純にサボりに来たからだ。そもそもサボることはいけないっていうけど、オレ達にとってはどうでも良いこと。
「なぁ」
ポツリと声を発せば、すぐに隣から「何だ」と返ってくる。校庭の方からは体育教師の大きな声が聞こえているから、今頃は教室でも授業が始まった頃だろう。そんなことをぼんやりと考えながら、いつものように適当な話題を持ち出す。
「今日何の授業あったっけ。っつーか、お前は何に出るの?」
「理科には出ないとクリスが探しに来るだろう。実習をやると言っていたからな」
それより時間割くらい把握しておけ。付け加えられた言葉に、苦笑いを浮かべる。
そんなの一々覚えていられるものじゃない。難しいことじゃないというけどオレからすれば難しいことだ。普通に授業を受けていれば自然と覚えていくとも言われたことがあるが、オレはその授業をサボっている訳で。
どうしてシルバーは把握出来ているんだろうと思う。お蔭で色々助かってるけど。
「実習か……。面倒だな」
逆にサボりたいと思ってしまうが、そうしたら後が怖いだろう。授業の出席率なんて最低限あれば良いと思っているから今更だけど、実習といえば人手が必要な類のものがある。欠席者が出ればどうせ同じだろうと思うのだが、居るなら出なさいというのは学級委員長からのお達しだ。それは尤もな意見である。
サボったら怒られるだろうし、サボらなくてもどうせ探されるに決まっている。それならば諦めて実習に参加するべきだろう。
「他は出ないと不味いのってないよな?」
「特にないが、サボりすぎると後に響くぞ」
「それは分かってる。そのせいで大変な目にあったからな……」
去年の出来事を思い出して、それだけは繰り返さないようにと心の中で誓う。何があったのかというと、簡単にいえば出席率がかなり危なくてギリギリだったんだ。更にあまりにサボるからと追加に課題まで出されて散々だった。サボる方が悪いのだから自業自得といえばそれで終わりだが。
だから二度とそうはならないようにしようと考えてサボっている。サボることを止めるなんて選択肢は最初からない。
「とりあえず理科に出て、あとは適当に出とくか」
一日の予定を立て終えて、シルバーに理科の時間を尋ねる。理科は三時間目らしく、そこから続けて出て昼休みにまた屋上にでも来ようと決める。ふと横を向いた時に合った視線で、お互いに同じ考えであることを知る。それなら二時間目まではこのままゆっくり過ごすことにする。
校庭からは死角になる場所で、オレ達は並んで腰を下ろしている。いつも同じ場所に一定の間隔で座っていて、それが変わることはない。これが屋上に来た時の定位置になのだ。
「………………」
会話が終わった途端にやってくる沈黙。最近はよくこうなることが多い。沈黙の理由は分かっている。友達から恋人という関係になって、あまり意識しないようにしても気になってしまう。そのせいで今までのように会話が出来なくなってしまった。
とはいっても、元々オレばかりが話していたんだけど。何を話そうと考え出すとこのような沈黙がやってくるのだ。沈黙が訪れると、何か話さなくちゃって思うんだよな。必死で頭を動かして、何とか話題を見つける。
「あのさ、今度の休みって暇?」
ありがちな話だけど、この際何でも良いだろう。聞いてみたかったっていうのもあるし。少し考えるようにしてから、シルバーは特に何もないと答えてくれた。何もないなら一緒にどこか行くのも良いよな。どこかっていうのがまた考え所なんだけどさ。まぁ、本当はコイツと一緒ならどこでも良いとは思ってる。本人には言わないけど。
「それなら、二人で出掛けねぇ?」
「あぁ」
よし、取り敢えずこれで休みの日の予定は出来た。問題はどこに行くのかだけど、シルバーに話を振ってもどこでも良いって言われるからな。それ以外の答えが返ってきたことないし。最近行ってない場所ってどこだろう。この間は映画を見に行ったんだよな。
どうしようかとまた考え出すと、そんなオレを見ながらゆっくり口を開いた。
「どこかに出掛けたいのか?」
「いや、そういう訳でもねぇんだけど……」
「お前の家はどうなんだ?」
思わず「え」と声が零れた。だって、まさかそんなことを言われるとは思わなかったから。オレの家にシルバーが来たことぐらいは今までに何度もある。全部オレが家に遊びに来いって引っ張って来ただけなんだけどさ。そういえばここのところは全然家には誘ってなかったか。
………誘わなかったというより、誘えなかったんだけどな。特に深い理由なんてないけど、やっぱり特別な関係になって気軽に呼びにくくなったっていうか。っつーか、こんなこと考えてるのってオレだけなのか?
「オレん家でも良いけど、何もないぜ」
「構わない」
わざわざ言わなくても家に何があるかなんて、もうシルバーは知ってるか。
なんか一人だけ意識してるみたいだよな。沈黙が出来てもシルバーは気にしなさそうだし。オレが話さなくて生まれるだけだもんな。一人でぐるぐるしてるみたいで、シルバーばっかズルい。何がズルいってそんなのオレだって知らないけど。オレばかり振り回されるなんて腑に落ちない。
「じゃぁオレ家に居るから、好きな時に来いよ」
他に予定もないしとそんな風に話す。何度も来てるんだし、決めないと行き辛いということもないだろう。了承の返事を確認して、シルバーは何時頃に来るんだろうなんて考える。これで楽しみが一つ出来た。
そしてまたやってくる沈黙。ああ、もうこうなったらちょっと試してみようか。どんなことをするかって、簡単だけど今の俺には難しいこと。でも、シルバーがどう思っているのか知るには一番分かり易いと思う方法。
少しずつ、少しずつ。距離を縮めて。
あと少し、もうちょっと……。
「ゴールド……!?」
勢いよくこちらを振り向いたシルバーに、つい笑みが零れた。赤く染まった頬を見れて満足だ。
「だって、オレばっか意識してるみたいだったから」
お前の気持ちを知りたくなった。思っていたままに口にすると、赤みが更に増したような気がする。シルバーもこんな顔するんだな。意識していたのはオレだけじゃなくて、シルバーもだったんだな。それを知ることが出来てなんだか嬉しい。
「シルバー、真っ赤」
「…………五月蝿い」
触れ合った手から互いの体温を感じる。オレの手もシルバーの手も温度はあまり変わらなかった。冷たい手先は、きっと緊張しているせい。ぎゅっと手を握ると握り返されて、徐々に体温が高くなっていく。同時に、心も温かくなっていく。
今までもずっと一緒に居たというのに、恋人になった途端にやたらと意識しちゃって。でも、気持ちが通じ合えたことは純粋に嬉しかった。こうして一緒に居るだけの時間も特別なもののように感じる。シルバーもそう思ってくれたら良いのに。
「好きだよ」
あれから伝えたことのなかった気持ちを口にすると、銀色が真っ直ぐに見詰めてくる。小さく笑みを浮かべたかと思うと、手を繋いでいない方の手をそっと伸ばして。
「オレも好きだ」
唇が触れ合った。
手を繋ぐだけでも恥ずかしかったっていうのに、コイツはいきなり何をするんだ……! 心の準備も何もないまま交わされた口付けに、どんどん顔に熱が集まるのが分かる。
「可愛い」
「……ウルセーよ」
立場逆転。今度はシルバーにオレが不意を突かれた。でも、シルバーの頬もまだほんのりと赤みが残っているのに気付いて、微笑んだ。多分、手を握った時のオレもこんな感じだったんだろう。
こういうことをするのも言うのもまだ慣れていないオレ達は、恋人らしいことをするのには恥ずかしさがある。だけど、それ以上に嬉しいと思ってしまう。もっと、なんて思ってしまうくらいには相手のことが好きらしい。
「あー……もう寝るから。授業行く時、起こして」
「分かった」
ふいと顔を逸らして目を瞑る。こんな状況で寝られる訳ないけど、口実には丁度良い。このままコイツのことを見ていたらどうにかなりそうだ。こんな初々しい関係はいつまで続くのか。まぁでも、幸せだから良いか。
手と手は繋がれたまま。いつかは肩を寄せ合って眠ったりするようになるのだろうか。今はまだ無理だけれど、少しずつ距離を縮めていこう。
君の隣は僕の特等席。
fin