素直な気持ちを君に
気持ちを伝える方法は幾らでもある。言葉だったり行動だったりと手段は様々だ。どれにも良い点はあるから、何が良いとはっきりいうことは出来ない。
ただし、何もしなければ気持ちを伝えることは出来ない。これだけははっきりしている。正確にいえば、これも一概に言い切れることではないけれども基本的にはそうだろう。だから人というのは気持ちを伝える為に言葉にしたりする訳で。
とはいえ、得意不得意は誰にだってある。気持ちを表現するのが苦手な奴だって居るだろう。オレは比較的言葉にするタイプだ。思ったことは口にするし、表情にも出やすい方らしい。それなら誰のことを言っているかといえば、今すぐそこで一人読書をしている奴のことだ。
(真剣に読んでるよな……)
赤色の髪に銀色の瞳、白めの肌。オレの目の前で本を読んでいるコイツは、オレのライバルでありダチでもあり。それから恋人なんていう関係でもある相手。
たまには家に遊びに来いよと誘ったのが一週間程前。久し振りにポケモンバトルをした後のことだった。結果がどうだったかはこの際おいておくが、その時コイツは今度行くとだけ答えた。
それで訪ねて来たのが今日。約一時間前にやって来たコイツ、シルバーは現在読書中という訳である。
(予想出来たといえばそうなんだけど、なんつーかな……)
コイツだって初めから本を読んでいたのではない。第一、その本はこの部屋にあった物だ。つまりどういうことかといえば、家に来たシルバーが偶々その本を目にし、読んでも良いかと尋ねた。それに対してオレは良いぜと答えて今に至る。要するに、オレが読んで良いと言ったからシルバーは読書を始めたのだ。
家にある本なんて漫画ばかりだけど全部が全部漫画でもない。その中にある数少ない小説と呼ばれる類の本にシルバーは興味を持ったらしい。読まれて困るような物でもなければ、読みたいのなら読むのは構わない。けれど、考えてみればシルバーが本を読んでいる間オレは暇になる。これでもさっきまでは適当に手を伸ばした先にあった漫画を読んでいたんだけど、それも読み終わってまた暇になったというのが現状。
(読むのを邪魔するのは悪い気がするけど、かといってこのままでも暇だし)
よく活字ばかりの本なんて読む気になるな、なんてぼんやり思う。オレだって読めない訳ではないけれど、文字ばかり並んでいるのはあまり得意ではない。この部屋に置いてあったぐらいだから、オレも一度は読んだこともあると思うけれども。
とまあその辺のことはぶっちゃけどうでもいい。問題はこれからどうするかだ。どうするも何も、家の中で過ごすことは確定している。出掛けるという選択肢もあるにはあるが、家に誘ったのだから家で過ごしたいところだ。シルバーの邪魔をしないのならば、読み終わるまで待つしかないがそれは暇だから却下。そういった中での選択肢なんて大分限られてくるけれど、とりあえずはこちらに意識を向けさせることが先決だろう。
「なぁ、シルバー」
「何だ」
あれ、意外だ。無視されるとばかり思っていたけどそうでもなかったらしい。本を読んでいても少なからず意識をこちらに向けていてくれたんだろうか。それなら話し掛けても大丈夫かもしれない。読むのを邪魔することになるのは変わらないかもしれないけれど、真剣に読んでいるなら今の時点で無視をされている筈だ。自分の中でそう結論付けると、オレはこのままシルバーに話し掛けることにする。
「あとどれくらいで読み終わりそう?」
「まだ結構かかると思うが」
「結構って?」
「……数時間はかかるんじゃないか」
数時間ね。ま、聞かれても正確に答えられるようなものではないか。残りのページ数で多分これくらいだろうと予想することしか出来ないのだから。
時間なんて聞いてみたけれど、手元をよく見れば残りがどれくらいかはオレにも予想出来る。ここで本を閉じてくれたならラッキーだなとは思ったけど、そう簡単にはいかないようだ。
「いつまでそれ読むんだよ」
「読んで良いと言ったのはお前だろう」
それはそうだ。だけど、ずっと本を読まれていてもこちらは暇になる訳で。勝手なことを言っているのは百も承知だが、かといってそれを止めるつもりはない。ここで引いたら本を読み終わるまでの残り数時間、オレは一人で適当に過ごさなければいけなくなる。せっかく久し振りに二人で過ごせるというのにそれは如何なものか。本なんてオレは読まないんだから持って帰っても全然構わない。むしろ持って帰って読めよと言いたい。
だって、本はいつでも読める物だろ。けれど、オレとコイツが一緒に過ごす時間というのは限られている。それもいつだって出来るといえばそうだが、シルバーにも色々あるのだからそう頻繁に会える訳でもない。だからオレとしてはこの時間を二人で過ごしたいと思うのだ。
……と、それを口にはしないけれど。とにかく、この貴重な時間を有意義に過ごす為にその本を置いて貰いたい。
「シルバーが本を読んでる間、オレは暇なんだけど」
遠まわしに言って伝わらなくても面倒だからここは直球。回りくどいことが嫌いだからっていうのもあるけれど、直球でいくのが一番分かり易いだろう。だから、今思っていることをそのまま口にした。
それを聞いたシルバーはといえば、そんなことを言われても困ると言いたげな表情を浮かべた。邪魔をするなと言われていないだけ良かったけれど、それだけではまだ駄目だ。
「本なんて後回しにして別のことしようぜ」
言えば「別のこととは何だ」と返されたが、特に考えてもいなかったから「何でも良い」と答えた。それでは分からないと言われるものの何でも良いものは良いのだ。オレはこの時間をシルバーと一緒に過ごしたいと思っているだけ。ただ一緒の空間で過ごすだけというのは、この一時間で飽きてしまった。
「何かでは分からないのだが」
「何でもいいっつーの。とりあえず本を置けよ」
もう面倒になって本来の目的をそのまま告げる。恋人が一緒に居るというのに本にばかり夢中になるとはどういうことだ。自分で考えながらそれはどうかと思ってしまったが、本に夢中になるシルバーが悪い。
はっきり言ってやれば、銀の瞳が少しばかり開かれた。それから口元に小さく弧を描きながらシルバーは呟く。
「素直じゃないな」
僅かに聞こえたそれに「何がだよ」と聞き返す。すると、何やら含みのある笑みを浮かべながら今度ははっきり声にする。
「オレに構って欲しかったのならそう言えば良かっただろう?」
「別にそんなんじゃねぇよ!」
いきなりそんなことを言われて思わず大きな声を出す。違うのかともう一度繰り返されて、どうしてこんな話になっているんだろうと頭の片隅で考える。
正直に言えばその通りだ。だけど素直になれなくて否定した。否定をしたところで、シルバーにはきっと御見通しだろう。そう思うと、オレが否定することも面白がっているのかもしれない。そこまで考えて、それならいっそと。
「せっかく二人きりなのに、恋人を放っておいて本に夢中っていうのはどうなんだよ?」
言葉にしなくても気付かれている。それならいっそ、あえて言葉にしてやろう。普段はあまりこういうことを形にはしないけれど、たまには言ってみるのも良いだろう。何より、シルバーの反応が気になった。
そのシルバーはというと、ここまではっきり言われると思わなかったのか目を丸くしてこちらを見た。これでオレの言いたいことは全部伝わっただろう。さて、後はどう返されるのか。
「……全く、我儘な恋人だな」
「オレの性格くらいお前はとっくに知ってんだろ?」
「そうだったな」
出会ってからどれくらいの時間が流れたのか。ジョウト中を旅して、ぶつかり合っていた頃が懐かしい。今でも喧嘩をすることはあるけれど、オレ達の関係も随分と変わったものだ。初めは互いの頃なんて碌に知らなかったけれど、今は違う。オレもシルバーもお互い相手のことは大分理解しているつもりだ。
「いつもこれくらい素直だと良いんだが」
「それならお前も素直になれよ」
素直でないのはどちらだ。言葉にしないシルバーより、オレの方がよっぽど素直だろう。好きという言葉一つさえ、シルバーは滅多に口にしないんだから。
「それより、結局どうすんだよ?」
段々と話が逸れてしまっていたから軌道修正する。本を置いて貰っても、また本を開かれては意味がない。オレはこの後の時間を有意義に過ごせるようにここまでしたんだ。これだけ言ったんだから、これ以上の言葉は不要だろう。
パタリと閉じられた本は、そのまま近くのテーブルへと乗せられた。すぐ隣にやってきた銀色は楽しげに微笑んで。
「一緒に過ごしたいんだったな」
優しげな声色に乗せてそっと唇を寄せる。
本当、言葉にはしないくせに行動には出してくる奴だ。言葉だろうと行動だろうと、互いの気持ちが同じだというのなら構わないけれど。
「たまには素直になれよ」
「素直になっているだろう」
違いは言葉か行動か。たったそれだけだ。言葉にして貰いたい時もあるんだけどなとは思ったけれど、今はこれでも良いかと言葉を呑み込んだ。相手を好きだと思う気持ちは変わらないのだから。まぁ、時々は言って貰いたいけどな。
テーブルに置かれた本は帰りにでも貸してやろう。そんなことを考えて、二人きりの時間を過ごす。
素直な気持ちを形にして。
大切な人と、特別な時間を。
fin