顔を合わせれば口喧嘩、とまではいわないけれど二人が言い争いをしている光景はクラス中が見慣れている。主にクリスがゴールドに注意をしているだけだが。ついでにいえばこれは今に始まったものではなく随分と前から、よく飽きないものだと二人のやり取りを眺める幼馴染は思う。
はぁ、と溜め息を吐きながら先程まで言い争いをしていた二人を目で追う。素直になれば良いものをと思っているのはその幼馴染だけではないだろう。本人達も自覚がないわけではないとは知っているけれど、全く困った奴等だとシルバーは席を立った。
「毎度毎度、よく飽きないな」
「ウッセー。ほっとけ」
そう言いながらもどこかに行けとは言われない。いつものことなのだ。
別に本人の言葉通りに放っておいても良いのだが、なんとなく放っておくことも出来ずに結局世話を焼いてしまう。きっと放っておいても自分達で解決するだろうことは分かっているけれど、わざわざ面倒な役を買って出るのはやはり二人の幼馴染だから。早い話がさっさと仲直りしろと言いに来た。誰もこんな状態が長引いてほしいとは思わないだろう。
「どう考えてもお前が悪いと思うが」
わざとクリスが怒るようなことをしているわけではない。だが二人は根本的なところが違うのだ。真面目できっちりしているタイプのクリスとお調子者でその場のノリで動くようなタイプのゴールド。ある意味、ぶつかり合うことは必然なのかもしれない。
それでも幼馴染であり友人でもあり。長い付き合いをしているのだが、成長しているはずなのに二人のやり取りが変わらないのはそれが性格ゆえのものだからだろう。だからこそ、なんだろうが。
「いい加減、素直になっても良いと思うんだがな」
誰がとは言わない。正直なところ両方に言いたいことではあったが、それをこちらに言いに来た理由を説明してやる義理はない。
何より、本人にだって分かっているだろう。視線を合わせないまま幼馴染はそれが出来れば苦労しないと零した。だろうなとはシルバーも思う。素直じゃないのはお互い様、そういうところはそっくりだ。
「手遅れになっても知らないぞ」
「……そん時はそん時だろ」
「本気でそう思ってるのか?」
黙るということはそういう意味なんだろう。どうもこういうことは苦手らしい。苦手というよりは上手くいかないというべきか。どちらにしろ似たようなものだ。
「つーか、そういうお前は良いのかよ」
何のことかは聞くだけ野暮というもの。良いのか悪いのかという問題でもない気がするが、答えるのなら良いになるだろう。
だからそのまま「ああ」と肯定を返す。ゴールドの言おうとしたことは分かる。確かにそういう気持ちがなかったといえば嘘になる。しかし、それ以上にシルバーは二人のことが大切なのだ。一応補足しておくとそれを理由に身を引くという話ではない。だがこれ以上の説明はこの場では不要だろう。
「まぁ、お前が諦めるのなら考えるが」
「誰もそんなことは言ってねぇだろ!」
分かりやすい奴だと思いながら「それならそう言え」と返してやる。言わなければ伝わるものも伝わらない。そんなことはこの男が一番分かっているだろう。いつもそう話すのはゴールドの方なのだから。
核心ばかり突いてくるあたりは流石幼馴染といったところか。分かっていても行動出来ないなんて言い訳にしかならないだろう。とはいえ、恋なんてそんなものじゃないかとも思う。恋愛経験が豊富なのかといえばそうでもないけれど。
意外だろうか。第三者からすればそうかもしれない。可愛いギャルがいればすぐに声を掛けるようなゴールドだ。だが男なら可愛い女の子に興味くらいあるだろう、という意見はそれなりには同意を得られそうだ。
けれどシルバーのように彼を昔から知っていれば意外でも何でもない。それはそうだ、幼馴染の好きな相手もまた幼馴染なのだから。いつまでこの状態を続けるつもりだと言いたいくらいである。
「後悔してからでは遅いぞ」
それだけを言ってシルバーはくるりと背を向ける。これ以上言うことはない、ということだろう。あとは本人次第だ。本当に面倒な幼馴染を持ったものだと思う。そんな幼馴染達のことが嫌いではないから口を出してしまったわけだけれども。
シルバーの後ろ姿を見つめながら「あーくそっ」と吐き捨てながらがしがしと頭をかく。何でもお見通しなのがむかつくなんて理不尽だろう。こちらのために言ってくれていることは分かっている。それでも、それとこれとは別問題なのだ。
「何でアイツを好きになったんだろうな……」
なんてゴールド自身が一番分かっている。ぽつりと呟いたそれはすぐに消えてしまう。誰にも届くことなく、それではいけないと幼馴染はわざわざここまで来た。そんなこと言われてもどうすりゃ良いんだよ、とは自分で考えろと言われるのがオチだから言わなかったが。否、その答えならゴールドも知っている。
シルバーの言う通り、今回の喧嘩はこちらが悪かった。反省して謝れば彼女だって許してくれるだろう。けれど、それだけではいけないのか。いけなくはないだろうが、幼馴染の忠告とも助言とも取れる言葉を思い出すと……。
「ああもう! こういうのは性に合わねぇんだよ」
考えるよりも行動に移すべきだ。その方が合っている。それが出来ないから今に至っているわけだが、そこは素直にならなければいけないところなのだろう。後悔なんてしたくない。
遠くで聞こえるのは授業開始五分前のチャイム。今は一先ず教室に戻るべきだろう。サボったりしたらまた何を言われるか。話をするのは今日の授業が全部終わってから。
□ □ □
ちょっと話したいこともあるから一緒に帰ろうと声を掛ければ少し悩むようにしてから頷かれた。おそらく話したいことの意味を理解したんだろう。そしてそれは向こうも同じ、なのかもしれない。これだけ長い付き合いをしていればお互いのことだってなんとなく分かる。
いつもの通学路を歩きながら、しかし会話が何もないのはどちらも話を切り出せずにいるからだ。別の言い方をすればタイミングを計っている。人通りの多い大通りを抜けて歩くのは河川敷。一歩先を歩くゴールドの後にクリスが続く。
「クリス、その……昼休みは悪かったな」
先に口を開いたのはゴールドだった。その言葉にクリスも私も少し言い過ぎたと謝罪する。今日の昼休みもいつもと同じちょっとした言い争い。どちらかが折れて謝ればそれですぐに仲直り。その程度のもの。
「でも、やらなくちゃいけないことを後回しにして遊ぶのは良くないわ」
「わーってるよ。次からは気を付けるって」
そう言って同じことを繰り返し、また口論になり。それをこれまで何度繰り返してきたことか。アナタの次からは信用出来ないと言われても仕方がない。それでもゴールドだって最初から守るつもりもないことを口にしているわけでもない。
……守る気があっても忘れることはあるから問題なわけだが、その辺のことはお互いに分かりきっている。またやっていると周りが思うのと同じくらい、本人達もまたと思っているだろう。
「謝るだけなら教室でも良かったんじゃない? 寄り道して帰られるよりは良いけど」
「相変わらず真面目だな。高校生にもなって真っ直ぐ帰るヤツなんているかよ」
「アナタの場合、ゲームセンターでずっと遊んでいそうじゃない」
勝手な想像だと言えないのは事実その通りだからだろう。かといって怒られるようなことはしていないし、ゲームセンターで遊ぶなんて誰でもやることだ。クリスだって別に行くなといっているわけではなく、やりすぎないようにという意味で言っている。そこに校則は破らずルールを守ってという意味も少なからず含まれてはいるけれど。
それらを全部理解した上で「何しようがオレの勝手だろ」とだけ答えたのは他に言いようがなかったからでもある。もう、とだけ零してその後に言葉が続かなかったのはさっきの今でまた言い争いになるのは避けたかったから。そしてまた二人の間に沈黙が落ちる。
こういう時、いつもならゴールドが適当な話題を振ってすぐに会話が再開される。そうならないのはそのゴールドが黙ったままだから。それだけならクリスから話題を振るところだが、なんだかいつもと様子の違う幼馴染に声が掛け辛かった。その結果がこの沈黙。
だが、沈黙は意外と早く破られることになった。それはやはり、彼の方から。
「なあ、クリス」
前を向いたまま呼び掛ける。落ち着いたその声にどうかしたのとクリスは先を促す。
そういえば話したいことがあるから一緒に帰ろうと誘われたんだった。話したいことというのは昼休みのことだと思ったけれど、それだけではなかったのだろうか。他にも話したいことがあったから教室で済ませなかったのかと先程の問いに答えがなかったことから考える。その考えは大方当たっている。
不意に前を歩くゴールド立ち止まる。それにつられるように足を止めれば、真っ直ぐな金色が透き通るような水晶を瞳に捉える。
「好きだ」
お前のことが。
たった三文字、けれど意味は十分伝わる。友達として、という意味ではないことくらいゴールドを見れば分かる。そういう意味で告げられた言葉なのだと。
「だから付き合って欲しい」
気持ちを伝えることはそう簡単ではない。けれどいつまでも素直にならなければ時間は流れるだけだ、とこの場にはいないもう一人の幼馴染が教えてくれた。
けれどそれならばどうすれば良いのか。考えたところで答えなんて出なくて、そもそも考えることが得意でもないゴールドは早々に諦めた。ごちゃごちゃ考えるのが性に合わないのなら、余計なことをせずにそのままぶつけるしかないと。
「えっ、と……どうしたのよ、急に」
「急じゃねぇよ。ずっと前から好きだった。けど、お前は真面目でオレみたいな不良なんか興味ねぇだろ。それに幼馴染だしな」
言い出すタイミングなんてなかったし、今更そんなことを言うのも言い辛いというか。シルバーにはバレていたし、ゴールドもシルバーの気持ちには気付いていた。そこはやはり、同じ幼馴染であり男同士だったからだろうか。
尤も、シルバーは後にクリスの気持ちにも気が付いたが本人達は何かあればすぐに喧嘩。シルバー自身もゴールドと揉めることは少なくなかったから人のことを言える立場ではなかったが、彼からしてみれば両思いなのにいつまでそうしているんだという話である。だからこそ今回、わざわざゴールドの方にこの話題を持ちかけた。
「つっても、何もしないまま顔も知らねぇヤツに取られんのも嫌だったから告った。以上」
これで言いたいことは全部言った。何か言いたいことがあるならどうぞとでもいうように金の瞳はクリスを見つめている。
予想外の言葉にクリスは正直、戸惑っていた。まさか幼馴染に告白されるなんて思いもしなかったのだ。冗談などではないことは彼の目を見れば分かる。ただ、突然すぎてどうしたら良いのか困っているとでもいえば良いのだろうか。
けれど、真っ直ぐに気持ちを伝えられたのならやはりこちらも答えるべきだろう。これが彼なりに考えた言葉なら、私も私なりの答えを。
「……ゴールド、私もアナタのことがずっと好きだった。ううん、今も好き。だけど、アナタは私なんかより――」
「オレはお前が良いんだよ、クリス」
ゴールドが先に真面目なクリスは自分のようなタイプに興味はないだろうと言った。だからクリスの言おうとした言葉はすぐに分かった。自分と同じことを言おうとしているのだと。だから話を遮るように伝える。そうでなければ告白なんかしていないと。
「お前はどう思ってんのか。それだけ教えてくれ」
素直になれというのはつまりそういうことなのだろう。全く、本当に自分達のことをよく分かっている幼馴染がいたものだ。幼馴染だからこそ、だろうけれど。
そんなゴールドの言葉にクリスは一度口を閉じる。他の誰かなんて関係ない。これは自分達の問題なのだから変に余計なことを考えずに思ったまま伝えるべき、なのだろう。彼が求めているのもただそれだけのこと。それならもう、答えは一つしかない。
「私もアナタが好き」
その答えを聞くとゴールドは目の前の幼馴染をぎゅっと抱きしめた。これまた唐突な行動に驚きながらクリスはゴールドの名前を呼ぶが、続いて聞こえてきた声にここをどこだと思っているのかなんて言う気も失せてしまった。
緊張なんてしているようには見えなかったけれど、相手が幼馴染といえど告白をするとなれば誰だって緊張する。クリスの返事を聞いて漸く力が抜けたらしい。
「今更やっぱりナシとか聞かねぇからな」
「そんな酷いこと言わないわよ」
人を何だと思っているのか。クリスがそんなことを言う人でないことくらいゴールドも分かっているだろう。それでもつい口から出てしまったのはそれだけ幼馴染である彼女が好きだから。
暫くしてゴールドの方から体を離すと「帰るか」と一声掛けてから再び足を進め始める。遠慮がちに差し出されたその手に思わず笑みを零しながらぎゅっと握り返す。少し恥ずかしいけれど、昔はこんな風に手を繋いで歩いていたこともあった。年齢と共にやらなくなってしまったけれど、なんだか不思議な感じだ。隣にいるのは何も変わらない幼馴染なのに。
「ゴールド」
「何だよ」
「これからもよろしくね」
何も変わらない、なんてことはなかった。年を重ねながら気が付けば恋心を抱くようになっていた。成長しながら確かに変わっていくものがある。でも、この幼馴染という関係だけはいつまでも変わらないのだろう。
おう、と頷きながら進んでいくのはいつも通りの帰り道。
素直に気持ちを伝えて
一歩先の関係に進む勇気を。真っ直ぐなその気持ちは必ず通じるはずだから。